27 一転 4
牧と肌を重ねた後玲奈は眠ってしまった。最初は牧に迫っていた女性の残り香が気になっていた玲奈だったが、行為が進むにつれ上がる熱と牧の匂いにそんなことはどうでもよくなっていった。
ここでは嫌だ、と思っていたのに、牧のことしか考えられなくなる感覚ばかり与えられる玲奈は、かろうじて働く頭でここが寮だと気付くと、声を出さないようにするのがやっとだった。
口を押さえている玲奈の手を退けた牧は、代わりに自らの唇で玲奈の口を塞ぐ。息継ぎしかさせてくれない牧の執拗さに、玲奈は牧の熱い感触だけしか感じれなかった。
牧が玲奈に挿入した後も、キスが出来そうなものならすぐさま唇を触れ合わせる。久々に受け入れた牧自身に、玲奈は初めての時程ではないが少しの痛みを感じた。蕩ける熱さと、痛み、振動が、余計に玲奈にリアルを伝えていた。
玲奈はゆっくりと目を開けると、部屋はカーテンが引かれ薄暗く、自分が使っているものよりも広いベッドが視界に広がった。事後に牧に優しく抱きしめられながら横になったことまでは覚えている。牧の匂いがする布団に包まれて、玲奈は思いのほか爆睡してしまったようだった。
身体を起こすと、牧の気配が無く姿が見えない。あれ、と思った玲奈が部屋の時計を見るともう夕方だった。ベッド傍にあるテーブルにメモが残されているのに気付く。
“急に部のミーティングが入ったからちょっと出てくる。
遅くはならないと思う
部屋は好きに使っていいから
絶対に1人で帰るなよ”
……流石、分かってらっしゃる…
メモを読んだ玲奈は苦笑した。玲奈の行動パターンは既に把握済みの牧が先手を取るように書置きしていた。
起こしてくれても良かったのに…
そんなに眠りが深かったのか、と玲奈は牧に申し訳ない気持ちだった。牧が出て行った事にも全く気付かなかった自分に呆れる。
だんだんと覚醒してきた玲奈は自分が裸だという事に気付き大いに慌てた。電気を付けて、誰もいないが急いで衣服を整えベッドに腰を下ろした。
今日、ここに知らない女の人がいたのかと思える程に、玲奈はここで見た衝撃的な光景が随分と昔の事のように感じた。
あの場面を見て、逃げだして、転んで、紳くんに見つかって、また部屋に戻って――抱かれた。
本当に1日で起こった事か、と玲奈は思い返しながら失笑した。でもあの時――嫌な、不安な気持ちでこの部屋に戻って来た時とは遥かに今は精神状態が違っている。
紳くんがいっぱい、伝えてくれたから。
玲奈の心は驚くほど安心感で満たされていた。言葉で、身体で。牧が嘘偽りなく伝えたかったものは玲奈にちゃんと届いていた。
やはり牧に直接会ったり触れ合うと、不安な思いが解消される。学校も違い、学年も違うから尚更だ。
牧も同じように思ってたりするのか、と玲奈が考えていた時、部屋の鍵が開く音が聞こえドアが開いた。
「――玲奈、起きてたのか」
少しほっとした様子の牧が、玲奈の元に駆け寄った。
「うん、ごめんね。寝ちゃってた…」
「――ああ、いいよ。疲れたんだろうし…無理矢理で、悪かった」
「え、あ、うん」
謝罪の言葉より、牧の言う「疲れたんだろう」の意味合いを考えて動揺する玲奈を、牧は不思議そうに見やる。
「ていうか、起こしてくれてよかったのに」
「…あんなにぐっすり寝てる玲奈を起こせないよ。寝顔も飽きずにずーっと見れたから気にするな」
「ねっ…寝顔!?ちょっ、やだ!」
「ミーティングに呼ばれるまでずっと見てた」
玲奈が慌てて牧をポカポカと叩いても、牧は笑ってるだけだった。やっといつもの調子が戻った玲奈に笑顔を見せた牧は、玲奈の頬に触れる。
「――今日は嫌な思いさせてすまなかった」
「……もう、大丈夫」
無理して作り笑いをして出た言葉とは違う。玲奈は勿論分かっていたし、玲奈の言葉で牧もそれを感じた。
そんな玲奈に牧は自然と顔を近付け、触れたりついばんだりのキスを幾らか交わした。
「――じゃあ送っていく」
「う、うん」
「これ以上してるとまずい――帰せなくなる」
「!!」
ポロっと飛び出す牧の爆弾発言に玲奈は顔を赤らめた。牧はしれっとこういうことを言うからタチが悪い…玲奈は心底思った。
他の寮生にばれないように部屋を出ると、2人は手を繋いで駅まで歩いた。
「あ、私ね。紳くんにもう1つ言いたい事があってね」
「――うん?」
「…進路のこと。私、将来は…リハビリをサポート出来るような職業に就きたいんだ」
自分が怪我をして、初めて感じた苦労。それを支えてくれた先生達。
そんな人達を見て、玲奈は自然と「自分もそうなりたい」と考えるようになっていた。
「自分が支えられたように――私も怪我で悩んで苦しんでいる人の力になりたいなあ、って」
「玲奈……」
「あ、もちろんプレーヤーも諦めてないよ!いずれバスケの試合にも出る!」
胸の前で握りこぶしを作り「打倒、牧紳一!」と息巻いている玲奈に、牧は愛おしい気持ちでいっぱいになった。
「――玲奈ならやれるさ。応援してる」
こんなに人を愛しいなんて思ったことがない。そんな気持ちが少しでも伝わるように、牧は玲奈の手を優しく、少しだけ強く握り返した。
2015.7.2