26 一転 3


 玲奈の足を気遣って牧はゆっくり歩く。2人は手を繋いではいるけれど、時折会話をするだけでぎこちない空気が漂っていた。


 深体大の学生寮が見えてくると、玲奈の手に力が入った。握った手から牧もそれを感じ取る。


「…やっぱり、部屋に入るの嫌だ」


 玲奈は先程の光景がフラッシュバックして、また牧の部屋に向かうことを身体が拒否する。


「…もうさっきの子はいない。諸星が送ったから――玲奈、早く傷口を洗おう」

「……」


 玲奈は言葉にはせずに頷いて了承すると、手を引かれたまま牧の部屋に入った。




 牧が部屋の扉を開けた瞬間、玲奈は目をぎゅっと瞑った。一瞬ののち目を開けると、そこにはあの女性もいなかった。でもベッドにはあまり目を向けたくなくて、玲奈は下を向いた。

 靴を脱ぐと玲奈は傷を洗うため浴室を借りた。ユニットバスだったが傷を洗う程度ならすぐに済む。牧は玲奈を手伝う、と言ったが2人も入ると狭いため、玲奈は苦笑いで断った。


 そんなに心配しなくても大丈夫なのに。


 膝を洗い流す時に痛みが走るが、玲奈はそれには気にも留めずに膝から落ちる水の流れを黙って見ていた。


 自分の身に降りかかっている事なのに、玲奈は牧とこれから何を話すのか、考えなど一切まとまらずやたらぼんやりしていた。










 牧が用意してくれたタオルで足を拭いて浴室を出れば、牧はベッド前に座って心配そうな顔で玲奈を見ていた。


「――大丈夫か?」


 こんなに慌てている牧は見たことがなくて、玲奈は不謹慎ながらも笑ってしまう。


「大丈夫だよ、そんな心配しなくても。転んだだけだし」

「痛めてないか?」

「うん、歩けるよ。ただ傷がひきつって痛い、ってだけだから――」


 玲奈は牧の傍まで歩くと、牧にベッドに腰掛けるよう促された。膝を気遣ってのことだろうが、玲奈は先程のことは敢えて思い出さないようにベッドを直視せずに座る。

 牧は玲奈の隣には座らずに、玲奈の膝元に移動した。玲奈が浴室にいる間に用意していたのだろう、消毒液や絆創膏を手に取り、てきぱきと玲奈の怪我の処置をした。
 それが終わり玲奈が「ありがとう」とお礼を言うと、牧は跪いた体勢で玲奈の両手を取り、優しく包み込むようにきゅっと握った。


「玲奈、杖取れて良かった――おめでとう」


 牧の心からの言葉に玲奈は嬉しかったが、「ありがとう」も言えず頷くことしか出来なかった。



「――本当にすまない…杖取れて来てくれたのに、あんなとこ見せてしまって」


 心底申し訳ない、といった表情で謝る牧に、玲奈は頭を振った。


「…いいって。紳くん、あの女の人に触ってなかったじゃん。…上には乗られてたけど。――女の方が冷静なのかな、意外とそーいうとこちゃっかり見てるんだよ」


 衝撃を受けながらも玲奈はちゃんと目の前の光景を認識できていた。牧はあの女性に指1本触れていなかった。

 玲奈の言葉を聞いた牧は少し驚いた様子を見せた後、再び玲奈に謝って事の詳細を話した。諸星に話した時よりも詳しく。


 それを聞いても玲奈は怒りも湧いてこなかった。逆に牧も被害者だろうことが分かったからだ。


「…殴ってもいいんだぞ、俺の事」

「…え?」

「――普通怒るだろう。何で玲奈は怒らない?あの時もそうだったろう――早織の時も」


 早織――牧が海南生の時、彼女だった人だ。

 牧は玲奈の返答は待たずに話を続ける。


「俺が逆の立場だったら、相手の男殴ってるな。…玲奈、俺に言いたい事あったら、言ってくれて構わないんだ」


 牧は玲奈の手を握ったまま告げた。玲奈は牧の言葉で色々と思い返してみるが、牧を責める言葉が全く思い浮かばない。


 早織さんの時は「また紳くんに告白する」って言われただけだし、今回も一方的に迫られてたから――


「…別に、紳くんに文句とか無いよ?浮気した!とかならともかく紳くんから手、出してないし…仕組まれたんでしょ?先輩に」


 だから大丈夫だよ、と玲奈が笑って伝えても牧の表情は晴れない。


「…俺は玲奈から責められて楽になりたいだけかもしれないな」

「……紳くん?」

「あの子に抱きつかれても、手を出したいなんてひとつも思わなかったのに――玲奈は1秒でも早く抱きたいって思ってる」

「…え?」

「玲奈」



 牧は愛しい人の名前を呼んだ後、立ち上がると玲奈をそのままベッドに押し倒した。
 玲奈は突然の出来事に頭が真っ白になる。


「し、紳くん?ここ寮だよ!?」


 玲奈は流石に寮で身体を重ねるなんてしたくない。ましてやあんな事があったばかりで、とてもそんな気分にはなれなかった。
 玲奈は腕に力を入れ、牧を押し返そうとするけれどびくともしない。


「紳くん、やめ、っ」


 玲奈の手を押さえたまま、牧は玲奈の唇を塞いだ。身体の自由がきかない玲奈がどれだけ抵抗しても、牧は行為を止めようとしない。


 微かに香水の香りがして、玲奈は一瞬動きを止めた。さっきまでここにいた女性の香りがするベッドで牧に抱かれたくない。
 
 そう思うと、玲奈の目から涙が零れた。それに気付いた牧はすかさず玲奈の涙を舐め取る。玲奈が泣いていても牧は玲奈を離さない。




 玲奈は逃げないように強く牧に押さえつけられているが、不思議と恐怖は感じていなかった。それは牧のキスや唇、舌使いがとても優しいからだった。


 抵抗できない強い力も感じる反面、牧の優しい愛撫も感じる玲奈は、心と身体がばらばらになりそうだった。









2015.6.26





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