譲れないもの


「あ――っ!玲奈さん!!」


 海南バスケ部の練習終わりに体育館へ顔を出すと、まず初めに元気よく出迎えてくれる子がいる。私の前でぴょーん、と飛び跳ねたのは期待のルーキー、清田君だ。

 いちいち言動に目を離せなくて、見てるといつの間にか笑顔にさせてくれる、不思議な子。


「清田君、お疲れ!練習終わったばっかりなのに元気ね」

「はい!なんたって俺は神奈川NO.1ルーキーですから!それに玲奈さんに会えたんで!」

「あはは、相変わらずヨイショが上手いよね、清田君は」

「いえ、ヨイショとかじゃなくて、俺は――」

「あ、紳一!!お疲れ!」


 清田君と喋ってると、紳一が貫禄たっぷりにこちらにやって来た。清田君もそうだけど、紳一のTシャツも汗を吸ってビショビショだ。首に掛けたタオルで汗を拭っているが、拭いても拭いても汗が出てくる。


「悪い、待たせた。玲奈」

「いいよー、今日委員会だったし。一緒に帰れる?居残り練習する?」

「今日はこのまま帰るさ、玲奈もいるしな。着替えてくるからここで待ってろ」

「はーい」


 そう言うと、紳一は部室の方へ歩いていった。
 元々紳一は近所の幼馴染でずっと友達だったのだけど、まさか高校で友達以上の関係になるとは。人の関係っていつどうなるか分からないものだ。


「あ、あの!玲奈さん!」


 清田君が私に話しかけていたことを思い出し、慌てて清田君に向き直る。


「あ、ごめん清田君。何?」

「さっきの話の続きなんスけど、俺は本気で玲奈さんが――」

「はい、ストップ。信長」


 清田君の後ろから神君が顔を出し、清田君の口を手で塞いだ。ていうか近くにいたことに気付かなくてちょっと驚いた。


「神君もお疲れ様。…清田君のソレはいいの?」

「いいんです、兵藤先輩が気にしなくて。これから居残り練するんで、信長借りますね」

「あ、うん。私も清田君と話し込んじゃってごめんね。練習頑張って」


 口を塞がれてモガモガいってる清田君を引きずりながら、神君は体育館奥へ行ってしまった。





**********




 その体育館奥で、神さんの腕をドンドンと叩き手を口から離させると、俺はやっと息苦しさから解放された。


「――神さん!苦しいっすよ!!」

「ごめんごめん。信長が兵藤先輩に余計な事言いそうだったから、つい」

「余計ってなんすか!!」

「兵藤先輩に告ろうとしてたろ?」


 俺はうっ、と押し黙ると、下を向いて呟いた。


「……悪いんすか」

「兵藤先輩には牧さんがいるだろ?学校中公認、付き合ってるって知らない者はいない仲良しカップル」

「……でも俺、それでも、分かってるけど諦めらんないすよ!」


 俺は玲奈さんと出会った時の事を思い出していた。海南バスケ部に入ってすぐの頃、ハードな練習を死に物狂いでやった後に体育館に姿を見せた玲奈さんはとても綺麗で、他の女子なんて目じゃない、一瞬でそう思った。

 ――のに。


 その玲奈さんの視線の先には牧さんがいて、牧さんと話す玲奈さんを見て一瞬で悟った。

 一目で好きになった人は、俺の尊敬する海南バスケ部キャプテンの恋人だと。



「…信長は弟みたいにしか思われてないって」


 神さんが吐く言葉は鋭く心に刺さるけど、俺を気遣って優しく静かに言ってくれている。


「すぐにとは言わないけどさ、兵藤先輩は諦めなよ」


 分かってる。神さんが言いたい事も、これからどうしないといけないのかも。

 でも、まだ、俺は。


「――神さあん!やっぱり俺、自分の気持ち伝えて、ちゃんと振られてから諦めるっす――!!」


 玲奈さんがいた体育館出入り口を見ると、すでに玲奈さんの姿は無かった。牧さんが迎えに来たんだな!

 俺は勢いよくその場から走り出した。


 今日決着をつけたい。振られるのは分かってる。でも何もしないまま諦められっかよ!!


「あっ、信長!!」


 神が声をかけた時はすでに遅し、清田は物凄いスピードで走って体育館を出て行った。


「……知らないよ、もう…」


 神の声は、清田に届いてはいなかった。








**********




 俺は玲奈と合流すると下校するため歩き始めた。玲奈の隣にいるだけですごく安心する。恋人の関係になってからより一層その気持ちは大きくなった。

 今日あった事を玲奈から聞きながら歩いていると、ふと何かの気配に気付く。


「…どうかした?」

「――ああ、いや…何でもない」


 後ろに誰かいるような気がする。でもここは学校敷地内だから、変な奴ではないはずだ。――誰だ?

 俺は玲奈に悟られないように後ろに目をやると、植樹された木の陰に明らかに誰かいるのが分かった。

 ……ん?あの服に髪型は――清田か。


 清田なら俺達に隠れる必要はないだろうに。しかし清田はそこから動く気配がない。


 俺はその時、直感した。野生の勘か、本能か。


 清田は玲奈に――想いを告げにきたんじゃないか?


 清田が玲奈に好意を持っているのは前々から気付いていた。というか丸分かりだ。そんな清田に時々神が気を遣っているのも分かっていた。でも俺は玲奈が好きだ。誰にも譲るつもりはない。たとえ、可愛がってる後輩でも。


 ――これは清田を牽制する、いいチャンスかもしれないな――


 ここ最近は清田の玲奈に対する行動も大胆になってきていたので、俺も密かに気になっていた。

 玲奈は、俺の女だ。


「?紳一?」


 しばらく黙っていた俺を不審に思ったのか、玲奈が俺の顔を覗き込んだ。

 周りには、清田以外運良く誰もいない。



 俺は玲奈の腕を掴んだ。玲奈は驚いて俺の顔を見上げる。

 その瞬間、俺は唇で玲奈の口を塞いだ。


「!!――っ、んぅ…」


 玲奈は俺の身体を押して唇を離そうとするが、長年鍛えた俺の身体はビクともしない。それをいいことに、俺はキスをどんどん深いものにしていく。

 玲奈には息継ぎの間しか与えない。唇を離してもまたすぐに吸いつく。どのくらいそうしていただろうか。俺は目の端で清田が呆然と立ち尽くしているのが分かると、わざと清田に見せつけるようにした。


 清田は今まで見たことのないような複雑な顔をしていた。でも俺も引く気は無い。清田ならこれで分かると思い、俺は玲奈とキスをしたまま清田に目で合図をした。


 悪いが、玲奈は諦めてくれ――



 清田は俺と目が合った後、下を向いて何かを堪えるように仁王立ちしていたが、バッと顔を上げると俺に礼をして走って去って行った。

 清田は、泣いていたような気がする。


 清田の姿が見えなくなると、俺は玲奈から唇を離した。
 玲奈は顔を真っ赤にして俺の胸を拳で叩く。


「――紳一!!ここ学校!なんでいきなりっ…」


 玲奈はまだ完全に息が整っていなかった。上気した顔も可愛いが、そんな事を言ったら尚更逆上しそうだから止めておく。


「…俺なりの、意思表示だよ」

「……え??」


「玲奈は、俺のだって」



 俺の言葉を聞いた玲奈は口をパクパクしたまま何を言っていいか分からないようだった。

 こんなとこで悪かった、帰ろうか。と俺は玲奈の背中に手をやり、歩くよう促した。
学校では嫌だからね、というそんなに怒ってはいない玲奈の言葉を聞いて俺は苦笑した。


 清田には悪いが、バスケ以外にも譲れないものがあるってことだ。







(50000HIT記念リクエストより:牧と幼馴染で恋人のヒロインを清田が気に入り、ちょっかいを出すが牧との仲を見せつけられる)

2015.1.27







×
「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -