22 焦燥 2


 調子の悪い時は立て続けに嫌なことばかり起きる。
 斎藤に告白された玲奈だったが、その週末には対外模試。気落ちしているのもあってか、やはり成果はイマイチだった。

 ちょっと気分転換でもしようと、玲奈は模試の帰りに制服姿のまま大型書店が多い街に立ち寄った。大学が多いこの街は書店が充実していて、良い参考書も見つかって少し気分が浮上した。携帯の時計表示を見て時刻を確認すると、もう夜の7時前。少し遠出したのでもう帰ろう、と駅に向かって歩いている時だった。

 玲奈が歩いている道と車道を挟んで反対側に、背が高く体格のいい人達が集まっていた。
 道もそこまで広くなく、身長が高い人が6、7人いるのもあってとても目立つ。この辺りは飲食店や飲み屋も多いので、これから飲み会でもあるのかな、と玲奈が思っていると、とても見覚えがある後姿を見つけて思わず立ち止まった。


 紳くんだ。


 よく見てみると諸星の姿もある。他の男の人は牧の先輩っぽい感じだ。そして彼らの傍らには、同じくらいの人数の女の人がいた。雰囲気からして女子大生のようだ。

 合コンかな……。


 大学生になればそんな集まりが増えて当然だろう。女の人達も、みんな綺麗に化粧して着飾っていて玲奈の目をひいた。玲奈は目線を外して俯くと、自分の制服が目に入った。

 かたや制服で杖をついてて、牧の周りを見れば綺麗な女子大生――。

 玲奈は急に場違いに感じて、牧に声をかけずに帰ろうと思った。最近気落ちしているのもあってか、今牧に会いたくない。

 車道を挟んでいるから牧は気付いてない。今のうちに帰ろう、と玲奈が足を進めた時。


「あれ、玲奈ちゃん」


 玲奈の後ろから声がしたので振り向くと、見上げないと分からないくら高い位置にある顔。でもその姿は玲奈には見覚えがあった。


「……河田、兄さん」


 玲奈に声をかけたのは牧のチームメートの河田だった。


「ん!?兄さんてなんだ、玲奈ちゃん」

「いえ、週バスに下に弟さんがいるって書いてたので」

「ああ、いるけどこの場にはいねえから――雅史、でいいぞ。玲奈ちゃん」


 河田は玲奈の空いている手をキュッと握った。玲奈は何故手を握られているのか、と思ったが今は牧に見つかりたくない、という気持ちが上回った。


「か、河田兄さん!なんかあそこで皆さん集まってますよ!早く行った方がいいんじゃ……」

「え?ああ、あれな。玲奈ちゃん牧に声かけたのか?牧呼んでこようか」

「いやいやいや、いいですから!私もう帰るので!」


 玲奈はぶんぶんと首を横に振る。早々にこの場から立ち去りたい。


「…そうか?――あ」

「え?」

「……俺目立つからなあ。玲奈ちゃん、牧こっち来るわ」

「――!!」


 玲奈が振り返ると、河田のデカい図体に気付いた牧が車道を渡って玲奈と河田の方に走ってきていた。


「牧」

「河田、と玲奈だろ?玲奈、どうしてこんなところに……」


 玲奈はもう逃げられない、と観念して牧に向き直ると、お互いの目があった。

 久しぶりに見る、牧。驚いたような瞳に、高校を卒業してからこの数ヶ月の間にまたたくましくなったんじゃないかと思わせる体躯。牧が大学に入ってからメールや電話で時々連絡は交わすけれど、実際に顔を合わせたのは先月の大会会場以来だった。

 玲奈は牧の顔を見ると、最近の苛立ちが嘘のように自分の身体から削ぎ落ちていくのを感じた。すーっと、じわじわと、今の悩み事などどうでも良かったかのようにゆっくり温かい気持ちで満たされていく。玲奈は不思議だった。牧に一目会っただけで、模試の結果だとか、男友達を傷つけたとか、リハビリの進捗などの不安な感情が昇華されていくのはどうしてか。


 その時ピリリ、と携帯の着信が鳴り、河田がポケットから携帯電話を取り出し電話に出ると、その場から離れた。


「玲奈?」


 玲奈が放心状態なのを不思議に思った牧は少し膝を曲げ、玲奈の顔を真正面から見れるように屈んだ。


「…最近ちょっと色々あって、ヘコんでたんだ、けど……」

「うん?」

「…何やってもイライラしたりしてて……でも、今、分かった」

「……何が?」


 玲奈の状態が少し変な事を心配した牧は、玲奈の言葉を聞き逃さないようにゆっくりと聞き返した。


「…私、紳くんが、足りなかったんだなあ、って…」


 牧は驚いたように目を見開いたまま固まった。玲奈は口にした言葉が、今まで燻っていた悩みを解消したようでとてもスッキリしたが、牧の微動だにしない顔を見て途端に我に返る。


「…今、私口に出してた…よね?」

「…ああ」

「あ、あの紳くんは気にしなくて、いいから…」


 自分の発言を思い返し急に恥ずかしくなった玲奈は下を向いた。牧は姿勢を正しても尚押し黙ったままだった。

 ちょうどその時電話を終えた河田が牧と玲奈のところに戻ってきた。


「牧、まだ集まってない奴後から来るから先に店入ってろってよ」

「――ああ、河田。――悪いけど、俺玲奈を送ってくるから今日パスする」


 その言葉を聞いた玲奈は驚いて顔を上げた。


「…え、ええっ!?」

「今から先輩達に言ってくるから、河田、玲奈とここにいててくれないか」

「おー、いいぞ。行ってこい」

「し、紳くん!あの集まりって先輩命令とかじゃないの?だったら…」

「今日のは人数多いから1人抜けたって大丈夫だよ。玲奈ちょっと待っててな」


 玲奈の抗議の声を余所に、牧はまた走って戻っていく。玲奈は河田に慌てて尋ねた。


「私1人で帰れるのに…」

「今日の集まりは先輩達から無理矢理連れてこられたから、俺ら。人数集めるからって女子大との合コンセッティングしたみたいだからよ。玲奈ちゃんは気にしなくていいぞ」

「いや、でも…」

「牧の穴は俺が埋める!からよ。玲奈ちゃんも牧が合コン出てたらいい気しねーんじゃねーのか」

「…先輩命令なら、しょうがないんじゃないですかね…」

「お、牧戻ってきたぞ」


 颯爽と走って牧がこちらに向かってくる。玲奈はちらっと牧の先輩達の集合場所に目を向けると、女子大生のお姉様達が玲奈をちらちら盗み見ていた。男達に分からないように指をさして、コソコソ何か喋っている。


 やっぱり紳くん狙いの人がいるじゃないか〜!


 諸星がこちらに向かって手を振っていたので、玲奈は軽くお辞儀をした時、牧が玲奈のところに到着した。


「じゃ河田。さっきの電話のこと先輩に伝えておいたから。俺ら帰るな」

「おう。じゃあ玲奈ちゃんまたなー」


 河田はすたすたと集合場所に歩いて行った。牧は駅の方向に歩いて行こうとするので玲奈は声を上げた。


「紳くん、私1人で帰れるからいいよ!」

「いいから。これから暗くなるし、人も多くなる。危ない」

「でも紳くん抜けたらまずいんじゃ…」

「玲奈」


 声のトーンが低くなったので玲奈は牧を見つめると、牧は真剣な顔つきをしていた。


「…俺も、会いたかったんだから」


 玲奈はそれ以上何も言えずに、2人並んで駅へと歩き出した。





2014.11.15




×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -