21 焦燥 1


 親友の絵梨がいつだったか私に言った。


 『鈍感も度が過ぎると只の無神経だよ』


 その言葉が急に頭の中を支配して、玲奈は溜息をついた後唇を噛んだ。







「進路調査票まだ出してない人は明日までだぞー、以上」


 担任の一声で帰りのHRが終わると、皆ガタガタと席を立って動き始める。玲奈も机の中の教科書類を引っ張り出して帰る準備をしていると、前の席の女友達が振り返って玲奈に話しかけてきた。


「玲奈出した?進路調査票」

「んー、一応。1学期っていっても3年だから頻繁になってきたね、進路調査。明日もテストだし」

「玲奈は進学だよね……スポーツ推薦?」

「まさかー。足こんなだし。受験するよ」

「えー……何か勿体無いね。バスケで全国行ってんのにさあ……」


 悲しそうにちらりと怪我をしている足を見られた玲奈は、首をくすめた。



「大学入ってもバスケできる保障ないしね、いつ治るか分かんないし……。もし足が悪くなくても大学でバスケする気は無いんだ。実は」

「えっ…そうなの??」

「うん、勉強したいこと見つけちゃったんだよね。だからそんな悲観的になること無いよ」


 にこっ、と玲奈は微笑む。安心した友達は、じゃあまた明日と言って教室から出て行った。
 友達の後姿を見送った後、バックを机の上に置いて、手が止まった。


 嘘は言ってない。けど……


 玲奈は今やらなければならない事を心の中で列挙した。受験勉強、選手としては出れないけれどインターハイ予選に向けてバスケ部のサポート、それとリハビリ……

 最近はリハビリの事を考えると気分が落ちていく。何回か波はあったが、それを乗り越えながらも足の状態は少しずつ回復していった。だが、中々杖無しで歩けるようにならない。玲奈自身も覚悟はしていたが、まさか普通に歩けるようになるまでにここまでかかるとは思っていなかった。

 今はやることなすこと全てがオーバーワーク気味で、成果が比例しない。焦りがどんどん強くなっていく一方だった。


 今日は病院の日だから、と暗くなっていく気分を無理矢理押し込めて帰り支度を再開すると、前の席の椅子が誰かに引かれた。


「兵藤、今ちょっといいか?」


 顔を上げると、去年今年と同じクラスのサッカー部の斎藤が立っていた。


「あ、うん、ちょっとならいいけど。何?」


 斎藤は引いた椅子に座ると、背もたれに肘をつき横を向いたまま玲奈に話しかけた。


「……何かあった?――最近」

「……え?別に、何も」

「……元気なくねえ?」

「――そうかな?色々忙しいから疲れてたのかも」


 あはは、と苦笑する玲奈とは対称的に、斎藤は全く笑わない。


「見る度思い詰めた顔してる。切羽詰まった…っていうかさ。だから何かあったんじゃないかと思って」

「……そう、見えた?」

「ああ」

「…そっか。じゃあ私もまだまだだね」


 自嘲気味に呟くと、教室の前を何人かの女子が通り過ぎた。どうやら後輩みたいで、こそこそ話すようにしているが「きゃー、斎藤先輩がいるー」と丸聞こえだ。


 斎藤はサッカー部だし、モテるって聞いたことある。


「――今の聞こえた?斎藤モテるんだね〜」


 話の矛先をそらしたかった玲奈は、敢えて茶化すように斎藤に問いかける。そしてふと、気付いた。


 この状況、どこかで―――。






「……別に俺の事はいーんだよ、今は兵藤の話だろ」


 少しイラついたように話す斎藤に、玲奈は疑問だった。



「こんな兵藤初めて見たから、気になるんだよ」

「―ホントに只疲れてるだけだよ。大丈夫だからさ、斎藤が気にする事じゃないよ」

「……ここまで言ってまだ分からねーか?」

「……?何が?」

「俺、お前のことが好きなんだよ」





 心の奥底でシグナルが鳴っている。この状況は、

 紳くんと、海にいた時と―――同じ――







「………嘘、でしょ?」

「こんな嘘ついて誰が得すんだよ」

「……」


 玲奈の頭の中はパニックだった。今までずっと友達だと思っていた男子からの突然の告白。
 いつの間にか教室には誰もいなくなっていた。



 ……いつから?
 私は、友達だと思っていた。
 でも斎藤は――違った?


「……ごめん。私、付き合ってる人が――」


 玲奈は微妙に視線をずらした。斎藤の目を見て話す事が出来ない。


「……それも知ってる」

「――え」

「知ってて、言ったんだ。兵藤の彼氏は、今のお前の状態知ってんのか?」


 玲奈と斎藤の目が合う。玲奈は斎藤の言わんとしている事がよく分からなかった。


「兵藤が学校で男と2人でいるのなんて見たことねーから、他校の奴なんだろ?兵藤がここ最近様子がおかしい事なんてそいつは知らねーんだろ。兵藤もそいつと会う時はいたって普通を装って会ったりしてんじゃねーのか」


「…な、何が言いたいかよく分からないよ。皆それぞれ悩みの1つや2つくらいあるでしょ?それぞれの生活もある。それに今の私の悩みは彼には関係ない。自分自身の問題なんだから――」

「彼女が苦しい時に支えてあげられないなんて彼氏って言えんのかよ」


 斎藤は淡々と喋っているが、言葉の端々に怒りを含んでいるのを玲奈は感じ取っていた。


「――俺、兵藤に彼氏が出来たって噂で聞いて、兵藤の事諦めようと思ったんだよ。気持ちも、――言うつもりなかった。でも最近ひとりになると辛そうな顔ばっかしてる兵藤を見て――我慢できなくなった。なあ、彼氏は兵藤の事ちゃんと大事に思ってんのか?」


 斎藤を見た玲奈は息が詰まった。決してふざけて言ってる訳じゃない。時折見える傷ついたような表情に、玲奈の心臓がドクドクと高鳴る。
 玲奈は両手をぎゅっと握った。


「……紳くんは、大事にしてくれてるよ。でも向こうは大学生になったばっかりで、練習も高校とは比べものにならないくらいキツイだろうし…迷惑かけられない。私は受験生で、紳くんは新一年で――。お互いの生活が違い過ぎるんだから、仕方ないじゃない……」


 玲奈の言葉を聞いた斎藤はしばらく黙って玲奈を見つめると、席を立った。


「……今ので兵藤が彼氏の事どんだけ好きか分かったし、別に邪魔するつもりはねーよ。ただな、自分の悩みとか、頼れる奴にちゃんと話せよ。俺は、苦しそうな兵藤はこれ以上見たくねえから…」


 時間とって悪かった、と謝ってから、斎藤は教室から出て行った。

 玲奈は手を握ったまま、しばらくそこから動くことが出来なかった。
 唇を噛みしめて、固く目をつぶった。




2014.9.26



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