20 新天地
「――牧、俺は運命の出会いをしてしまったぞ」
5月。関東大学バスケットボール選手権大会会場の体育館で、試合前の準備をしていた牧の前に仁王立ちになった男が得意そうに言い放った。何の事だかさっぱり分からない牧は顔を上げ、目の前にいる大柄な男に聞き返す。
「?何の話だ?」
「さっき廊下の曲がり角で可愛い女の子とぶつかった。これは運命の出会いとしか言いようがない」
「そうか。その女の子は大丈夫か?河田にぶつかったんなら無傷じゃすまんだろう」
「それは大丈夫だ。勢いもそんなについてなかったしな」
そんな牧と河田の側に、ボールを抱えたもう1人の男が溜息をつきながら近づいてきた。
「……突っ込むとこはそこじゃないだろ、牧」
「おう、諸星。聞いてたのか」
「ああ。河田も準備手伝えよ、……で、そんなに可愛い子だったのか?」
少し興味があるのか、諸星が河田に尋ねる。
河田はうんうん、と頷きながらしみじみと語った。
「何より笑顔が良かった。俺の事も知ってた。『元山王の河田さんですよね?』って言われたから俺のファンなんじゃないか?」
秋田から東京に出てきて俺にも春到来か……、と嬉しそうに呟く男は山王工業高校出身、2mセンターの河田雅史である。その姿を怪訝そうに見る男は愛和学院出身の諸星大。高校時代全国大会常連だった彼らは大学No1である深体大にスカウトされ、チームメイトとなった。
「ファンって……ポジティブ過ぎるだろお前。ぶつかったくらいで運命とか言うなよ、誰か違う奴を見に来たんだろ。俺らまだレギュラーじゃないから試合出ないんだぜ?」
喋りながら試合前の準備を進める。高校3年から大学1年生となった彼らには練習にブラスして雑用仕事もこなさなければならない。
「いーや、杖ついて足を怪我してる子だったからな。これは俺にその子を守れと神様からの思し召しだと……」
「杖?」
今まで河田と諸星の会話には加わらずに黙々と話だけは聞いていた牧だったが、あるフレーズが耳に留まり聞き返した。
「お?牧も気になるのか?でも駄目だぞ、最初に会ったのは俺だからな」
準備も終わり、ひとまず体育館を出た3人は選手控室に向かって歩く。そして角を曲がったところで河田が声を上げた。
「!あの子だぞ。さっき言ってた子!」
牧と諸星は、廊下に設置されている自販機の前で飲み物を取ろうとしている女の子を見つけた。
「……何か見たことあるな」
「――やっぱり」
2人同時に違う言葉を呟く。
諸星と河田が「え?」と牧に振り向くと、牧は女の子のいる方へすたすたと歩いて行った。
その女の子は飲み物を片手に顔を上げ、牧に気づいた。
「あ、紳くん!!」
ぱあっと笑顔になったその子に、牧は微笑む。
「玲奈、試合見に来たのか?」
「うん、部活もちょうど休みで、周兄と聡兄の試合どっちもあるから。深体大も試合あるから紳くんに会えたらラッキーだなって思ってたんだ。へへ、ラッキー」
仲睦まじい様子の2人の間に河田が割って入る。
「牧、知り合いなのか?」
玲奈は河田と諸星に気付くと、ペコリと頭を下げた。
「さっきはすみませんでした。河田さん……と諸星さん、で合ってます?」
「お、おう」
「紳くんから色々話聞いてたので、お会いできて嬉しいです」
ニコニコしている玲奈の隣で、牧は口に手を当て軽く咳ばらいした。
「河田、諸星、こちら兵藤玲奈さん。兵藤兄弟の妹で、俺の彼女だ」
「「な、なにィィィ!!」」
2人同時の大絶叫が廊下にこだました後、河田と諸星は牧に詰め寄る。
「牧、俺の上京初めてのロマンスをどうしてくれんだ」
「……あ!どこかで見たことあると思ってたらインターハイだな。女子決勝の」
「ん?インターハイ?俺は知らねーぞ」
「山王は湘北に負けただろ。表彰式まで残ってないから知らねーんだよ」
「その時からすでにチャンスを逃してたのか俺は」
「しかし兵藤兄弟の妹と牧が付き合ってるとはな。いつからだ?きっかけは?」
頭に?を浮かべている玲奈。噛み合っているようで噛み合っていない河田と諸星の会話をよそに、牧は「気にしなくていいから」と玲奈に目くばせする。
玲奈は戸惑いがちに頷くと、廊下の時計が目に入り声を上げた。
「紳くん、そろそろ戻らないとマズイんじゃない?私も客席行くから、またね!」
はたと我に返る男達。玲奈は河田と諸星に「それじゃあ失礼します」と挨拶すると、階段のある方へ歩いて行った。
牧は河田の肩にポン、と手を置いた。
「……という訳だ。スマン、玲奈は諦めてくれ」
河田も流石に牧の彼女には手を出す気にはなれず、ふうっと息を吐いた。
「短かったな……俺の春」
「傷が浅い内で良かったな。牧、後で詳しく話聞かせろよ」
諸星は河田を慰めると、3人は深体大の控え室まで急いだ。
2014.5.30