FAKE IT


 私は絶対に悟られたくない。
 彼にその他大勢の女の1人と思われたくないのだ。






「神くん、おはようー!」

「ねえねえ、神くんこれ差し入れ!部活前にでも食べてー!」

「神くん部活頑張ってね!今度応援行くから!!」



 毎度毎度学校内で繰り返される似たような会話。
 全国でも強豪のバスケ部に在籍し、いかつい部員が多い中でも童顔で甘いマスク、人当たりもいい彼は校内でも有名人。
 毎日と言っていい程女子生徒からお声がかかる。
 そして彼は少し微笑んで言うのだ。


「ありがとう」


 それを見た女子は完全にノックアウト。


「こちらこそ受け取ってくれてありがとー!」

「神くんまたねー!」


 きゃあきゃあ言いながら廊下を駆けて去っていく。




 ……おめでたいことで。

 神に熱を入れている女の子達は精一杯の可愛さを振りまいているつもりなんだろうが、はたから見れば草食動物を狙う鼻息を荒くした肉食動物にしか見えない。
 かなり怖いんですけど。全然可愛いと思えないんですけど。雌豚にしか見えないんですけど。

 熱い激励を受けた神は、自分の席に着いた。


「……相変わらず朝っぱらから大変だね」


 私は身体を90度回して廊下側を向くと、後ろの席の神に呟いた。
 私達の席はベランダ側から2列目。
 神の席は絶対に一番後ろ。身長が高い彼は授業の障害物になってしまうからだ。かくいう私は席替えでのくじ運が強く、2年になってからは今まで一番後ろか、後ろから2番目の席しか引き当てていない。
 その所為か神と近くの席のことが多く、普通に喋る間柄になった。


「もう慣れたから、そうでもないよ」


 鞄から教科書類を取り出し、机の中にしまいながら彼は答えた。


「……神ってああやって言い寄ってくる女の子の中でいいなって思った子いないの?」

「……んー……、いないかな?特に何も感じなくなってきた」

「……ふ――ん……」


 それを聞いた私は一瞬固まった。


 海南女生徒の皆さん、聞こえてまーすかー!(○バンナ八木風)
 貴方達が思ってる神くんは『優しくてー、笑顔が可愛くてー』だろうけど、所詮この程度にしか思われてないって事なんだよっ!!

 恋は盲目、とはよく言ったもんである。

 特に女は都合のいい事だけを受け入れる性質がある。「私神くんの事、ずーっと見てるから知ってるもーん」なんて言ってる奴に限ってその人の本質なんて見えてないのだ。
 白馬の王子様だと皆が思っている神宗一郎は、こうやってちらちらと毒を吐く野郎だって分かってて好きなのか?これははっきり言ってまだ序の口だぞ?

 私は知っている。会話を交わすにつれ見えてきた、神の本性を。

 人当たり良く接することで自分への被害を最小限に食い止め、自分の過ごしやすい環境をしれっと形成して生きる、操り魔王みたいな奴なのだ。


 神の微かな毒舌を聞いた直後に、担任が教室に入ってきたので私は前に向き直った。
 HRの担任の言葉を頭の隅で留めながら、思う。


 そんな神でも、私は好きなんだ。

 2年で初めて同じクラスになった直後は、特別な感情は無かった。でも打ち解けていく度に惹かれていく自分に気づいた。神の本性が分かってきても、幻滅することは無かった。
 逆に安堵して、ますます興味を持った。

 全てパーフェクトのような存在に、人間らしい一面が垣間見れた事に。

 女の子が思っている「理想の王子様」なんて、現実にいる筈無い。そんな完璧な人間、いたら逆に怖いとさえ思う。


 でも神にアピールをする気は到底起きない。きゃあきゃあ言ってる子達を嫌悪してる自分もいるし、そんな子達と一緒の『その他大勢のひとり』には決してなりたくなかった。


 私が神を「神くん」と呼ばないのは、周りの女の子と一緒にして欲しくない、私の精一杯の足掻きなんだ。







**







「よ――っし、終わった!!」


 月末の放課後に行われる各委員会会議の後、各々分担された仕事を同じクラスの男子委員である斎藤と教室で作業していた。教室に残っているのも私達2人だけだった。


「思ったよりかかったな」

「やっと帰れるね。あ、そうだ斎藤これ約束してたやつ」


 私は通学バックから数冊の漫画本を取り出した。

「おー、サンキュー。読みたい漫画、大抵兵藤が持ってるから助かるわ」


 私は女子だが少年漫画好きで、男子と貸し借りすることが多い。


「結構好きな漫画の好み合うよね」

「だよな。……そういや兵藤って彼氏いんの?」

「え!?いないよ。何急に」

「いや、俺ら趣味合うじゃん。よかったら俺と付き合わねえかな、と思って」


 あまりに突然の告白に私の眼は点になる。


「……は!!?う、嘘でしょう!?」

「……嘘じゃねーよ。実は、ずっと気になってた。……好きな奴いんの?」


 斎藤は苦笑しながら、でも目は真剣で私は思わず目をそらす。
 冗談かと思っていたのに、違うんだと分かったから私は正直な気持ちを話す。


「――いるよ。好きな人……」

「……それってもしかして、神か?」


 予想外のドンピシャ大正解に、私は顔を上げ斎藤に向き直る。


「な、なんで分かるの!?」

「……ずっと気になってたって言ったろ。――兵藤を見てたから分かるよ」

「……誰にも分からないようにしてたのに……」

「他の奴は気付いてないと思うぜ。……やっぱり神がいいか?」


 神と斎藤の事が頭の中で駆け巡る。斎藤の気持ちは嬉しい。けど――

 私はコクリ、と頷いた。


「……ごめん」


 斎藤に申し訳なくて顔を上げられない。


「――いいよ。玉砕覚悟だったからな……。じゃあこれからも友達として仲良くしてくれないか?漫画もあてにしてるからな」


 私は斎藤の気遣いにふっと笑った。


「……うん。私の方こそよろしく」

「よし。……悪いけど、俺もう帰るわ。気を付けて帰れよ」


 流石に居づらいのか、斎藤は先に教室を出て行った。私はそれを見届けると机に突っ伏して大きく息を吐く。

 まさか、告白されるとは……
 何で気付かなかったんだろう――

 すぐに帰るという気になれなかった。溜息をまたひとつ吐いた時、ガラ、とドアが空いた音が聞こえた。

 誰だろうとドアの方を向くと、教室に神が入ってきた。


 じ、神様降臨、キタ――――!!!


 何でこんなタイミング!!?
 もしかしてさっきの会話、神に聞かれたんじゃないだろうかという不安が瞬時に頭をよぎる。


「ど、どうしたの、忘れ物?」


 ああ、思いっきり不自然なドモリ!!冷静にしないと、冷静に……!


「……うん、委員会終わって部活行こうと思ったらサブバッグ忘れたのに気付いて取りに来たんだ」

「……あ、そうなんだ。私も今委員会の仕事終わったところ」


 私は自分の席に座っていたので、振り返って神の席を見ると机のフックにバッグがかかってあった。

 神は机にかかってあるバッグに目をやると、そのまま椅子をひいて席についた。

 あれ?


「……神、部活行かないの?」


 不審に思って神に尋ねると、神は机に片肘を置き頬杖をついた。


「……斎藤と何かあったの?」


 神にいきなり確信をつかれ、冷静になり始めた心がまた動揺を始める。


「え?……別に、委員会の仕事一緒にしてただけだよ」

「斎藤と何話してたの」


 私は途端に雲行きが怪しくなってきたのを悟る。他の女の子には分からないかもしれないが私には分かる――神が少しキレているのを!!
 淡々としているように見えて、目の奥が笑っていない!な、何で!?


「流行ってる漫画の話とか、だけど……」

「その後の話」


 ……その、後?

 私の顔は瞬時に真っ赤になった。

 き、聞いてたんじゃないか――!!!分かってるんだったら、聞いてこないでよ!!

 で、でも今の神は魔王が少し降りている!逆らったらどうなるか分からない!!


「き、聞こえて、た?」

「……うん」


 やっちまったあ――!!!!

 とうとう私の気持ちが不本意なタイミングで知られてしまった。どうしよう。どうしよう。
 私は神とどうこうなりたいなんて気持ちは無い。ただ好きなだけ。神が他の人のものにならなければ良かったんだ。

 ここは、神が気にしなかったら済む話……だよね?


 私は精一杯の愛想笑いをつくった。


「べ、別に神を困らせる気なんてさらさら無いから!忘れてくれちゃって全然OK!仲良い友達でいてくれればいいから!!じゃ、じゃあまた明日!」


 私はさっさとこの場から逃亡しようと立ち上がると、前のドアから出ていこうとした。
 数歩歩いたところで、後ろから神に腕を引っ張られる。

 声を上げる間もなく、私はベランダ側の窓がない壁に身体を押し付けられた。


「じ、神!?どうし――」


 どうしたの、と言おうとしたのと同時、私の唇に柔らかいものが触れた。
 神の唇だと分かるのに時間はかからなかった。


「――――!???」


 何で神にキスされてるのか分からない。抗議の声を上げようとしたら、その隙をついて口内に舌を捻じ込まれた。


「んっ……ふっ……」


 角度を変えてのキスが続く。出るのはエロい声ばかり。しかも神とのキスがだんだん気持ち良くなってきてる自分がいる。マズイ、マズイよこの状況――!!

 私の身体の力が完全に抜けたところで、神の唇が離れた。

 私は壁を背にしたままズルズルとその場に座り込む。

 神は屈んで床に片膝をついた。私は恥ずかしすぎて顔が上げられない。


「……さっき話してたこと、俺の顔を見て言って欲しいんだ」


 なんで。なんで。私はぶんぶんと首を振る。こんな顔、到底神に見せられない。

 神が私の顔を持ち上げようと頬に手を添えてきたので振り払う。


「……今の顔、見られたくない。……神に寄ってくる雌豚達よりも、ヒドイ顔してるから」

「……相変わらず凄い言葉を選ぶね、兵藤は」


 神がふふっ、と笑った声が聞こえた。再度頬に手を添えられ、神の方を向かされる。


「……今すごく可愛い顔してるよ?もっと見たいんだ」


 神の目には魔王降臨の跡は無く、優しい、でも少しぎこちない瞳をしていた。


「俺も、同じ気持ちだから」


 私は驚きで目を見開いた。聞き間違いじゃ、ないのか?


「言ってよ、兵藤」


 神の目を見ると、嘘を言ってるようには思えない。私は益々体温が上昇するのを感じた。


「お、同じなら神から言ってよ」

「先に言い出したのは兵藤でしょ?」

「ず、ずるい……」

「俺がこういう奴だって、兵藤知ってるだろ?」


 神は目を閉じて、額を私の額にくっつける。


「で、俺のことなんだっけ?」


 神は追及を止めない。もう逃げられない。

 隠せない。隠す必要もない。


「―――神が、好き。す、き―――」


 言葉の最後を言い終わる前に、また神に唇を塞がれた。
 しばらくの間、私達は唇からお互いを確かめ合っていた。






<後日談>

「じ、神さん!!」

「ん、何?信長」

「な、何か神さんが昨日教室でキスしてたっていう噂が流れてんスけど……」

「あ、うん。した」

「え!!?マジっすか!!?……誰、と?」

「彼女。」

「え!!神さん彼女いたんスか!?」

「うん。昨日からだけどね」

「……(昨日からってことは……神さんスゲエ……)」




(10000HIT記念Request)
2013.10.22



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