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 ※この作品は少々シリアスです。不妊をテーマにしております。苦手な方は閲覧をお控えください。




 彼と結婚して6年が過ぎようとしている。牧 紳一という夫の存在は、私にとって何にも代えがたい宝物だ。世界で一番――大切な人。
 大切だから、困らせたくない。私の側はリラックスできる、心落ち着ける場所であって欲しい――そう思っているのに。


 2年位前から、私は彼に気を遣わせることしか出来ないでいる。



 私と紳一が結婚して3年経った時。周りから「そろそろ赤ちゃん欲しいんじゃない?」なんて聞かれていた。私も紳一との子供は是非欲しかったので、紳一にそれとなく聞くと彼もすぐさま同意してくれた。それまでも身体の関係はない訳ではなかったが、子作りを意識し始めたのはこの頃だ。

 でも、妊娠には至らない。次第に排卵日だの高温期だの気にし始めるようになる。妊娠に関する書籍を見たり、ネットで関連サイトを調べて勉強した。

 紳一にも協力してもらったりしたけど、一向に妊娠に辿り着かない。


 毎月生理がくるとガッカリする。街を歩けば赤ちゃんを連れているママに自然と目がいき、自分の現状に落胆する――そんな毎日。

 子作りを始めて1年以上経った時、私と紳一は不妊治療に踏み切ることになった。

 お互いに検査をして、不妊の原因は私にある事が分かった。





 どうして自分のところに赤ちゃんが来てくれないんだろう。私が母親になる資格が無いから?

 考えてもどうしようもない事ばかり、頭の中に浮かぶ。
 そんな気持ちをいつも和らげてくれるのが、紳一だった。


 あまりにも妊娠しないから、紳一に不安定な気持ちをぶつけてしまう時もある。

『…そうだよね、こんなイライラしてる人のところに赤ちゃんも来たくないよね…』


 そう言うと、紳一は困った笑顔で、私の頭を撫でて優しい言葉を掛けてくれる。そして罪悪感に駆られる。紳一にこんな思いさせて申し訳ないと。不妊治療に付き合わせてしまって――。

 私じゃなく、別の女の人とやり直した方が、紳一も楽になれるんじゃないかな…。

 思わずポロっと自分の思いを呟いてしまった時、紳一は私を抱きしめてこう言った。


「俺は玲奈が好きで結婚したんだ。玲奈と一緒にいたいからだ。玲奈を幸せにしたい、一緒に幸せになりたい。まずその気持ちからだったろ?玲奈じゃないと駄目なんだ、俺は」


 優しすぎて、どんどん泣けてくる。この愛しい人を解放してあげたいって、心からそう思った。



 その後2人で話し合い、区切りをつけて治療を終わらせることに決めた。まだもう少し日はあるし、その時まで頑張ってあとは自然に任せよう――。
 途端、私の心はとても軽くなった。この時、自分が張りつめていた事にようやく気付いた。すごく楽になった気がする。もう十分頑張ったしね、と自分で自分を褒めよう。
 見える景色も色鮮やかな気がする。とても清々しい気持ちで一杯だった。紳一も、心からの笑顔を私に見せてくれた。


 そして数ヵ月後に、1つの奇跡が、私に訪れることになるなんてその時は全く分からなかった。





「……え?」

「おめでとう、妊娠してるよ。モニター見える?心臓動いてるよ。今8週目ってところかな。もうすぐつわりも始まると思うから」

 主治医から言われた言葉に動揺が隠せない。


「ほ、本当ですか?」

 不妊治療を終えてから数ヶ月。なんの自覚もなく、ただ生理が来ていないのも治療しなくなったからバランスが崩れたのかな、なんて勝手に思っていたのに。不安になって受診したら先生からの思いがけない言葉が。


「じゃあ、母子手帳もらって、またおいでね」

 淡々とこれからの手続きについて説明を受けている間も放心状態だった。内診室のモニターで見た赤ちゃんの心臓の動きと、今手にしている子宮内部の写真がリアルを伝えていた。



 受診後、紳一が仕事中と分かっていたけど報告せずにはいられなかったから、電話で妊娠を伝えた。その日の夜、紳一がいつもより早く帰宅した。

 私は紳一にエコー写真と母子手帳を見せる。


「8週目だって。ごめん、私全然気付かなかっ――」


 言い終える前に、紳一がものすごい勢いで私を抱きしめた。


「――良かったな、玲奈――」


 紳一が安堵の息を漏らした。紳一の腕の中にいると、今までのことが走馬灯のように浮かんで、私は泣きじゃくった。
 紳一が指で私の涙を拭ってくれる。


「頑張ったな、玲奈。妊娠おめでとう」

 笑顔で言う紳一を見ると、益々涙が溢れてくる。自分の気持ちよりも、先に私を気遣ってくれる彼に、私は頷いた。


「――うん、妊娠も嬉しいけど、違うの」

「ん?」

「――紳一が、旦那様で、良かったなあ、って…!今まで、気を遣わせてばっかりで、ごめん、なさい…!!」


 私は泣きながら、今一番の心からの気持ちを言葉にする。
 妊娠も、パートナーがいて成り立つもの。紳一を選んで本当に良かったと、妊娠の嬉しさよりもまずそれを最初に伝えたかった。

 紳一は私を抱きしめたまま、互いに顔を合わせる。


「俺も玲奈と結婚して、良かった」


 まだまだ泣きやまない私を、彼はずっと抱いてくれた。
 今日だけは泣いてもいいと、赤ちゃんも思ってくれる筈。――いいよね?私と紳一の天使ちゃん。









(10000HIT記念Request:牧との不妊を乗り越えて幸せになるヒロイン)
2013.7.8




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