19 卒業


 3月、牧は3年間の高校生活を終えた。大学バスケ部の練習に参加してはいるものの、未だ春休みのため時間に余裕はある。もうすぐ4月になろうかという練習終わりの午後、牧と玲奈は深体大と玲奈の高校とちょうど中間くらいの距離にある街のカフェで会っていた。玲奈も牧同様、女子バスケ部の練習を終えてからだが、ジャージでは恥ずかしいので制服姿だ。


 お互いの近況話に花が咲いていた時、玲奈が切り出す。


「――牧さん、改めて卒業おめでとう。……これ」


 玲奈は牧に手の平サイズの箱を差し出し、テーブルに置いた。牧はその箱を凝視した後、無言のまま玲奈を見つめる。
 玲奈は顔を少し赤らめ慌てた。


「あ、あの本当に大した物じゃないんだけど、卒業お祝いと入学お祝いを兼ねて、私からプレゼント!気に入らなかったら、しまってくれてたらいいから!!」


 牧は玲奈から綺麗にラッピングされた箱に視線を戻す。


「開けていいか?」

「あ、はい!どうぞ!」


 牧は包装を剥いで箱を開けた。中には黒革のブレスレットが入っていた。留め金部分はシルバーのシンプルなもので、よく見ると革の表面は黒だが身体に触れる内側の部分はナチュラルなブラウンになっている。

 中身を見ても未だ無言の牧に玲奈は動揺し、聞かれてもいない事をペラペラ喋り始める。


「し、趣味じゃなかったらごめんね!!でもこれ見た途端、牧さんに似合うな、って思って!オールシルバーよりも革とかの方が落ち着いてていいかなって!着けても邪魔になりにくいし――あ、巷の『ブレスレットをあげるのは束縛したいから〜』とかじゃ決してないから!!気に入らなかったら捨ててくれていいし!!」


 何も反応が無い牧に、玲奈は益々うろたえ、早口でまくし立てた後は息も荒くはあはあ言っている。

 すると牧が手の中のものを見つめたまま口を開いた。


「……すごく気に入ったよ。ありがとう」


 牧はブレスレットを手に取った。


「着けていいか?」

「え、あ、うん、どうぞ」


 牧は口角を上げ、留め金を外した。そして今まで気付かなかった留め金の内側部分に何か彫られているのを見つけ、再び凝視する。
 牧が注目している箇所に何があるか思い出した玲奈は、顔をさらに赤くしてまた慌て始めた。


「あ、それは、私の願望――っていうか、大学でポジション変わっちゃうかな、とも思ったんだけど!私の中では牧さんは、そこに書いてある言葉通り――ってか、余計な事しちゃってホントごめん!!ダサいよね!そこそんなに見なくていいから〜!!」


 シルバーの留め金の内側部分には、こう彫られていた。



 『NO.1 PG』



 ブレスレットを見たまま動かない牧に、玲奈はパニックを起こしていた。余計な事してもらうんじゃなかったと、激しく後悔した。恥ずかしくてしょうがない。
 牧の手にあるプレゼントをひったくって返してもらおうか、と考えていた時。


「――いや、俄然やる気出た。本当にありがとう」


 穏やかな、でも静かな闘志に満ちたその低い声に、玲奈は動きを止め、声のした方を見つめた。牧はいそいそとブレスレットを身につけている。


「これから毎日着けていいか?」


 着け終わった後嬉しそうに聞いてくる牧に、玲奈は先程とは違った感情にまた顔を赤くした。


「……もうそれは牧さんのだし……好きにしていいよ」


 玲奈は恥ずかしくて目を逸らすと牧の手首に着けられてるものが目に入り、下を向くしかなかった。


「俺だけもらうのも悪いな。玲奈は欲しいもの無いのか?」


 玲奈は上機嫌の牧に再び向き直る。


「無いよ、それじゃお祝いの意味ないでしょ?」

「――玲奈の誕生日もまだ先だしな……うーん……」


 真剣に悩み始めた牧を見て、玲奈は何だかおかしな気分になった。
 そしてふと、1つの想いが玲奈の心に浮かぶ。


「……じゃあ、牧さん」

「ん?」


 牧は玲奈を見つめた。


「私が杖無しで歩けるようになったら……牧さんと手を繋いで歩きたい。欲しいもの、これにする」

「…………」

「ダメ……かな」


 意志のこもった強い瞳で見つめてくる玲奈に、牧はニヤリと笑った。


「いや、悪くないな」

「へへ、ありがとう。――それとね、牧さん卒業したから……」

「?」

「呼び方……『紳くん』でいい?呼び捨てはやっぱり、私の中で何か違うから……」


 選抜の大会後に交わした約束を思い出し、牧は今日一番の笑顔になった。


「ああ。いいよ」

「ありがとう。――紳くん、これからもよろしくね」

「こっちこそ」



 2人は笑顔で見つめ合う。

 そして、2人にとって勝負の1年が始まろうとしていた。




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2013.5.2




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