18 鼓動


 季節は過ぎ、高校バスケのシーズン最後の全国大会である冬の選抜優勝大会が始まった。玲奈の高校はインターハイ優勝校のシード枠での出場となったが、玲奈の怪我による不出場も響き、3回戦で敗退となった。

 しかし大会最終日、玲奈は大会会場にいた。チームメイトは傍におらず、1人で。牧を見るためだ。

 牧率いる海南は県大会を勝ち抜き、全国でも順調に勝ち進んだ。そしてとうとう決勝戦――山王工業との一戦が始まろうとしていた。

 玲奈は牧のプレイを生で見るのは今日が初めてだった。兄と1ON1をしているのを見た事はあったが、試合は観戦した事が無かった。
 満員の観客の中、コート上では両校のスターティングメンバーが紹介されている。


 自分の試合より緊張するな……。兄貴達の試合でもこんなに緊張したこと無かったのに……


 玲奈は握りこぶしを胸に置き、これから起こる戦いに備えた。








 試合終了のブザーが鳴った。
 試合は山王工業の勝利で幕を閉じた。僅差の戦いを繰り広げていたが、最後はインサイドの地力の差が響き、海南は一歩及ばなかった。
 両校に惜しみない拍手が注がれる。玲奈は席を立った。



 玲奈は会場外の通路ベンチに座った。これから表彰式が行われるアナウンスが流れるが、玲奈はそこから動く気になれなかった。表彰式後に牧に会うかどうかもためらわれた。

 どういう顔をして会っていいのか分からなかった。「準優勝おめでとう」などとは言う気にはなれなかった。先程まで優勝を賭けて闘っていた牧にそんな事は言えない。どんなに悔しいか分かるからだ。思いつく言葉全てが上っ面で、牧を傷つけるような気がした。


 ねぎらいの言葉なんて、私には言えない。素直に、私が感じた事を……


 玲奈は心の中でそう結論づけると、表彰式を見ることなくその場に留まった。




 急に会場外が騒がしくなって玲奈はハッとした。表彰式が終了したようで、多くの観客が出てくる。観客に交じって選手の姿も見えた。


 今からチームで集合して解散だろうから、牧さんに会うのはその後かな……


 玲奈がそんな事を考えていた矢先、混雑する人の中、黄色と紫のカラーが玲奈の目に入る。海南のジャージの色だった。
 手を振って自分がいる事をアピールするのも恥ずかしいので、玲奈はその場はやり過ごそうと思った時、偶然にも牧と目があった。

 牧は驚いたようで目を見開き、隣にいた清田と二言三言言葉を交わすと、玲奈の方に近づいてきた。海南の選手達は玲奈のいる場所とは反対の方向に消えていく。
 

「玲奈、来てたのか?」


 少し慌てた様子で牧は玲奈に尋ねる。
 玲奈はさっきまでコートで駆け回っていた牧を思い出し、泣きそうになるのをぐっと堪えベンチから立ち上がった。


「うん、牧さんには言ってなかったけど……牧さんの決勝戦、見たくて」


 玲奈はなんとか笑顔をつくった。それを見た牧は左手を腰にあて、小さく息を吐く。


「……高校では全国制覇できなかった。これで俺も引退だからな……玲奈に見られた試合が負け試合ってのも格好悪いな」


 自嘲する様に軽く笑った牧に、玲奈は首を振った。


「……そんな事無い、格好悪くなんてないよ。牧さんのプレー……凄かった。興奮を抑えれなくて、やっぱり私バスケが好きだ、って思った。ありがとう、牧さん。お疲れ様」


 目を潤ませながら笑顔で言いきった玲奈は、牧に手を差し出す。牧は目を見開いた後、玲奈と握手を交わし、微笑んだ。


「……ありがとう、玲奈。……そう言えば、俺ずっと気になってた事があったんだがな」


 急に声のトーンが変わったので玲奈はきょとんとする。


「何?」

「……俺はいつまで牧さん、なんだ?」

「へ?」

「俺は玲奈、って呼んでるだろう?」


 あまりに唐突な話の転換に玲奈は一瞬唖然とした。全国大会の決勝戦が終わった後に、会場でする話だろうか、と思ったが、牧は真剣な顔で玲奈を見つめている。


 つまり、紳一、と呼べと……。


「……――うーん……」


 玲奈は下を向き唸った。牧は釈然としない様子で玲奈に尋ねる。


「……そんなに俺を名前で呼ぶの嫌か?」
 

 玲奈はその言葉に弾かれるように顔を上げ、手を顔の前でぶんぶんと横に振る。


「違うの。……初めて会った時から、牧さんは私の中で『牧さん』っていうイメージ、っていうか――それ以外の呼び方で呼ぶ、って全然考えたこともなかったから。何か上手く言えないんだけど――」


 玲奈はどう表現したらいいのか分からず慌てた。伝わっているだろうか、と恐る恐る牧を見上げると、案の定牧は腑に落ちない表情をしていた。


「……いまいちよく分からないんだが」

「やっぱり、そうだよね」


 玲奈は焦りながらうーんと考え込むと、ある考えに辿り着き牧に聞く。


「……牧さんが高校を卒業するまで、『牧さん』呼びでいい?卒業したら、名前で呼ぶから」


 牧は何故今すぐじゃ駄目なのか理解できなかったが、これ以上粘るのは無駄だと思い諦めた。


「……じゃあ、俺が卒業したらな」


 玲奈の顔がぱあっと明るくなる。


「――うん!あ、呼び方は私が決めたのでいい?」

「ああ」


 お互いが笑顔で見つめ合った時、海南の選手が牧を探す声が聞こえた。タイムリミットだ。


「玲奈、気を付けて帰れよ」

「うん、時間割いてくれてありがとう」


 手を振って別れる。玲奈はちょっと牧に申し訳なかったな、と思ったが仕方がなかった。
 それにしても好きな人を名前で呼ぶのがこれ程恥ずかしいとは。やっぱり自分は恋愛初心者だな、と玲奈は軽く息を吐きだした。




2013.1.12




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