追いつめられる
ここ連日残業が続いていた。チームで手掛けているプロジェクトの作業も山場を越え、とりあえず一段落着いた。まだする事はあるけれど、長かった毎日に及ぶ深夜残業からは解放された。
「お先に失礼しまーす」
定時では上がれなかったが久々に早い時間で帰宅できる。携帯をバッグから取り出し、時計表示を見ると8時前。
少し足早に廊下を歩いていると、同じ課の先輩である藤真さんと出くわした。
「藤真さん、お疲れ様です」
「お疲れ、兵藤上がり?」
「はい。藤真さんは?まだ仕事ですか?」
「いや俺も帰るとこ。兵藤、これから何か予定ある?無かったら飲み行かね?」
藤真さんの突然のお誘いに吃驚するも、忙しさからの解放感からすぐさまOKする。
廊下で暫く待ってると、鞄を持った藤真さんと合流し、会社近くの居酒屋に入った。
「じゃ、兵藤んとこの仕事も一段落したということで、お疲れー」
カチン、とビールジョッキを合わせて乾杯する。藤真さんも私も生ビールを注文した。仕事終りのビールってなんでこうも美味しいのか。
ぷはー、と半分くらい飲んだジョッキをテーブルに置くと、藤真さんがぷっと笑った。
「飲みっぷりが豪快だな」
「だって飲み屋とか来るの何ヶ月ぶり?てくらいですもん。あ、藤真さんにも仕事手伝ってもらったりして、ありがとうございました」
「俺はあのプロジェクト関わってなかったけど、同じ課だしな。手伝いぐらいはするだろ」
「うー、やっと人間らしい生活ができる〜。ビールも美味しいし幸せー」
私の言葉に藤真さんが笑う。いちいち表情が整ってて、綺麗。男にしとくなんて勿体無い顔だ。
「――兵藤って男いないのか?」
いきなりの質問に私は飲んでいたビールを吹きそうになった。ゴホンゴホンとむせながら藤真さんの方を向く。
「なっ……い、いませんよ!!いたら仕事終りにすぐ連絡とるとかしてますって!藤真さんこそどうなんですか?」
話の矛先をそらしたい私は逆に質問を投げかけた。
「彼女はいねぇよ。……好きな奴はいるけどな」
「えー、藤真さんなんて女がほっとかなそうだけどなあ。藤真さんに想われるなんてその人幸せですね。社内の人ですか?」
私は少し酔っ払ってきて、普段会社では絶対に聞けないことを問いかけた。
私の質問に一瞬目を見開いた藤真さんは、人差し指を1本立てると私の方に向けた。
「――お前」
「え?」
「俺の好きな奴」
「へー、そうなんで……ってえ――!!?」
今度は食べていた枝豆を吹きそうになる。口を押さえて藤真さんの方を見ると、藤真さんは至って真顔だった。
「な、何で私……?じょ、冗談ですよね??藤真さんにはもっと可愛い女の人が似合うと……」
藤真さんの表情は変わらないままだ。
「――俺に似合うかどうかなんて、俺自身が決めることだろ」
「だ、だって、何で私なのか、全然分からない、です――」
「……同じ部署で、兵藤の仕事に対する一生懸命さとか、ふとした時の表情とか見てたら、自然と好きになってたんだよ」
どストレートに告白されて、私の顔は真っ赤。落ち着いて座っていられなくて、下を向いてしまう。
「――男いないんなら、俺と付き合わないか?」
「え、と……」
「他に好きな奴いるのか?社内恋愛が嫌だとか――」
「!好きな人はいません!!社内恋愛も嫌とかじゃなくて、ただびっくりして――」
入社して、社内でも1,2を争う忙しい課に所属してから仕事を覚えてついていくのに精一杯で――恋愛なんて考えられなかった。ましてや社内でも断トツに格好いい藤真さんを、恋愛対象になんて、とてもとても。
「……お前の飾らないとこが好きなんだよ。一緒にいてえな、って思うんだ。だから……」
「わー!!もういいです!分かりました!分かったからー!」
もう頭がついていかない。ここはお酒で誤魔化すしかないと、ジョッキの中身を一気飲みした。
ジョッキを持っていた手に、藤真さんの手が重ねられてぎゅっと握られる。
「……返事は?」
「……!!」
「イエスか、ノーか」
「えと……、っ!!」
握られた手をグッと引っ張られたと思ったら、藤真さんの唇が私の唇に重ねられた。
もう、頭の中はボー然。
「――決まり、な。嫌がってねえって事は、そういう事だろ?」
この押しが強い頼れる先輩に、私が勝てる筈もなかった。
2012.10.9
あとがき
藤真で妄想すると、何故か社会人設定になってしまいます。
監督だから?
管理人も昔忙しい時で3ヶ月休み無しとかありましたねー。東京で働いてた時ですが。懐かしい。
いやー、それにしてもこのシリーズ楽しい(笑)