17 日常


 試験休みの土曜日、玲奈は牧に抱かれた。玲奈にとっては初めての体験で無我夢中だったが、牧のたくましい胸元と息遣いが妙に記憶に残っていた。



「ただいまー……」

「おかえりー」


 牧の家から帰りついたのは夕方で、玲奈の母が出迎えてくれた。


「ごめん、先にお風呂入ってもいい?何か、疲れた……」

「いいよーまだ誰も帰ってないから、先に入ったら?」

「やった、ありがとう」


 玲奈は試験勉強をしに出かける、と母に言っていたが誰とかは言っていなかった。別に悪いことをしてる訳ではないが何となく母と顔を合せづらかった玲奈は、自分の部屋着を取りに行くと脱衣所へ逃げ込んだ。妙にそわそわしてしょうがなかった。

 服を脱いで浴室に入る。一番風呂だから湯気もたっておらず鏡や窓にくもりも無かった。
 身体を洗おうとお風呂椅子に腰かけた。玲奈は目の前の鏡に映る自分の身体を見つめると、違和感を覚えた。

 胸の辺りに痣がある。4、5つ。どこかでぶつけたっけ、と考えたが、そんなことは無かったよなと思い直すと今日の出来事が一瞬で頭の中に思い起こされた。


 ……―――っ!!!


 原因が分かった途端玲奈の顔は真っ赤になる。誰に見られてる訳ではないが身体を丸めて膝を抱え、自分の身体を隠そうとした。

 その時はいっぱいいっぱいで全く気付かなかったが、この痣は牧につけられたものだった。
 ゆっくり身体を起こすと、玲奈は指で痣にそっと触れてみる。


 ぎゃ――!!は、恥ずかしい――!!


 急いで髪やら身体を洗うと湯船にじゃぼんと浸かった。鼻から上だけを湯船から出す。真っ赤な顔はお風呂で身体が温められたからだということにしたかった。否が応にも牧との情事を思い出してしまう。


 巷のカップルは、皆あんな事やってるのか……


 玲奈はその事実に頭がクラクラしてきた。あまりの恥ずかしさに忘れたいけれど、忘れたくない。そんな気持ち。


 今度牧さんに会う時、どんな顔すればいいんだよぅ――……!


 玲奈はブクブク音をたてながら、暫くお風呂に浸かっていた。








  月曜日の体育の授業前、玲奈は更衣室で着替えていると、親友の絵梨が自分を凝視しているのに気が付いた。


「――絵梨?何?」


 絵梨は体操服に着替えている途中の玲奈の首元をぐいっと引っ張ると、上から玲奈の服の下を覗いた。


「な、何!?」


 絵梨は暫く玲奈の服の下を眺めた後、小声で呟いた。


「……へぇー、牧さんて痕つけるタイプなんだー」


 玲奈はその言葉の意味を理解すると一瞬で顔を赤くした。


「おめでと。で、どうだった?感想は?」

「か、感想って……!!」

「今、更衣室人少なくて良かったね。牧さんリードしてくれた?玲奈が初めてじゃないんでしょ?」

「……前に彼女いたのは聞いてたから……。それに、絶対初めてじゃない……」


 玲奈は下を向いて呟いた。


「え?そりゃ元カノいたなら経験あるでしょ」

「いや、そういう事が言いたいんじゃなくて……!!なんか、慣れてたし、それにフェロモンていうか、なんかこう、雰囲気が……!!」

「……雰囲気が?」

「……なんか、夜の帝王っていうか……!!初めての私じゃ、敵うわけないじゃん!あんなのにー!!」

「……あんなのって……彼氏に対してなんつー言い方を……」


 玲奈は自分でも何を言ってるのか分からなくなったが、絵梨には玲奈の混乱は伝わっていた。
 やれやれと思った途端、絵梨は後ろから肩を抱かれた。


「なーに話してんの?玲奈の彼氏がなんとか聞こえたけど?」


 玲奈と絵梨の友達の朝子だった。高校からの友達で、何となくウマが合い仲良くしている。


「何でもなーい!!私杖使うから先行くね!」


 挙動不審のまま玲奈は更衣室を後にした。絵梨と朝子は玲奈の後姿を見つめながら着替えを再開する。


「バスケ部連中が騒いでたけど、玲奈って彼氏できたんでしょ?別に隠さなくていーのに」

「恋愛に関しては初心者だからねー。どうしていいか分からないみたいよ、自分でも」

「……陰で泣いてる男も結構いるそーじゃん。サッカー部の斎藤とか、野球部の松江とか、その他諸々」

「あー、あの子その辺全く気付いてないからね。自分に恋愛感情向けられてるなんて考えてもいない」

 絵梨は苦笑いだ。それを聞いた朝子は腑に落ちない感じで首を傾げる。


「他人の感情には敏感なのにね。落ち込んでる子とか様子がおかしかったりする子はすぐ気が付くのに、何でかね」

「――直で告白されてないから分かってないんじゃない。玲奈を好きな奴って本気の奴ばっかりだから、言ってないんでしょ、玲奈に。だから気付かない」

 ご愁傷様と言わんばかりに朝子は胸の前で手を合わせた。






**********




「よー、まーきくん。プチ遠距離恋愛は順調なのかー?」


 月曜日の昼休み。牧は昼食も食べ終わり、とんでもない呼ばれ方をして何事かと振り返ると武藤だった。


「遠距離恋愛って……東京と神奈川なら遠距離にならんだろう。遠距離恋愛中の人達に失礼だろ」

「……相変わらず変な返しをするなお前は……。で、どうなんだよ」

「――別に普通だよ」


 牧は適当に切り返して話を変えようとしたが、土曜の事を思い出してしまい一瞬うろたえた。
 いつのまにか清田や神まで傍に来ていたのに気付かなかった。


「牧さ――ん!玲奈さん元気っすか??」

「あ、ああ。この前会ったが元気だったぞ」


 武藤と清田がじゃれているのを横目に、牧は玲奈を抱いた時を思い出していた。

 自分が思っていた以上に白い肌、吐息に切なげな表情、行為中の声――牧はその時完全に理性の糸が切れていた。

 同じ学校ではないから頻繁に会えない。だから少しでも証を残しておこうと――玲奈の身体にたくさんの印をつけた。


「……思い出すとまずいな……」

「――何をですか?」


 ひとり分からないように呟いた筈だったが、神につっこまれた牧は内心慌てていた。


「いや、何でもない」

「兵藤さんの事ですか?」


 絶対に誰のことか分かっているだろうに敢えて言わせようとする神に牧は溜息をついた。玲奈の名前を聞いた清田もすぐさま寄ってきて顔をわくわくさせている。

 牧は居心地が悪くなって清田に睨みをきかせた。


「清田……お前テストで赤点なんてとってみろ。選抜に出場させないからな」

「うっ……!!が、頑張りますよ!!」


 清田は青ざめて顔を強張らせた。それを見た牧は話を上手く逸らせたと安心した。神は牧さんかわいいとこあるな、と心の中で苦笑していた。




2012.9.24


 



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