sweet candy 2




 兵藤さんの発表会に行く約束を取り付けた3週間後の日曜日、俺は部の練習後に会場に向かっていた。ピアノの発表会に着て行く服なんて持ってないから、制服で。髪は一応纏めておいた。
 兵藤さんに渡す花束は愛美さんが持ってきてくれるって言ったので甘えた。第一ピアノの発表会なんて行くのも初めてだから、完全に愛美さん頼りだ。


「清田くん、こっちー!」


 会場が見えてくると、愛美さんを入口前で見つけた。愛美さんは黒のワンピースに白のストール?(だっけか?)兵藤さん肩にかけている。俺は愛美さんの元に駆け寄る。


「すんません!待たせました?」

「んーん、私も今来たとこ!紳一も来れればよかったのにね」

「牧さん家の用事があるって……。でもホントありがとうございます、愛美さん。俺が無茶言っちゃって」

「あはは、全然!私もひとりじゃ心細かったから。じゃあ、中入ろっか」


 俺と愛美さんは並んで歩きだした。


「……でも清田くんが玲奈を好きになるなんてねー」


 愛美さんが呟くと、俺の顔は真っ赤になった。


「玲奈に今日清田くんが見に来るって言った時、びっくりしてたけど、嬉しそうにしてたよ?」


 俺はその言葉を聞いた時、心がじんわり温かくなるのを感じていた。じわじわと、嬉しさが込み上げてくる。


「そっすか……良かった。嫌がられてないかな、とかずっと思ってたんで」

「それは無いよ。どっちかっていったら好印象の方だと思う」


 愛美さんはそう言うと俺の背中を軽く叩いた。愛美さんなりの激励だったみたいだ。



 会場の席に着くと、貰ったプログラムに目を通す。兵藤玲奈、あった。出番は中盤くらいだ。


「玲奈の通ってる教室って結構大きくて、ピアノだけじゃなくてバイオリンやらの弦楽器とかも教えてるのね。だから出演者も結構多いし」


 俺ははっきり言ってクラシックの音楽を聞いたらすぐ眠りに落ちれる。今日も兵藤さんの演奏までに目を開けていられる自信がない。

 でも、それでも、見たいんだ。兵藤さんが弾くところを。





**





「……清田くん、玲奈の出番、次だよ」


 案の定寝てしまった俺の肩を愛美さんが叩いた。眠らないようにと気を張っていたのに、練習後にこんな子守唄のような曲を聞かされたら即寝だ。最初の方のカワイイちびっこ達の演奏から記憶がない。

 愛美さんがいて、良かったぜ……。ホッと息を吐く。


 パチパチ……と拍手の音が聞こえ、今ステージに上がっていた女の子が退場すると、水色のドレスを身に纏った女の子が登場した。


 兵藤さんだ……!!


「わ……!玲奈、可愛い!」


 愛美さんが思わず呟く。俺は声も出せず見入っていた。くるくるさせた髪の毛はアップしてまとめていて、兵藤さんがピアノ前の椅子に近づこうと歩く度ふわふわ揺れる。


 本当のお姫様、みたいだ……。


 俺は目の前の光景が未だ信じられなかった。この前会った、兵藤さんなのか?ホントに?


 兵藤さんは着席すると、ピアノを弾く体勢をとり、鍵盤に指を落とす。

 俺はその一挙手一投足(だっけか?)に目を奪われる。兵藤さんの動きはいちいち目を引いて仕方がない。

 兵藤さんが弾き始めた。俺はその曲がどういった曲なのかさっぱり分からない。
 でも、確かに兵藤さんの演奏は俺を、観客を惹きつけていた。全然眠くもならない。

 バスケの試合会場で会った兵藤さんのイメージはどこにも無く、凛として、堂々と演奏する兵藤さんが、そこにいた。

 すげぇな……


 俺は兵藤さんの演奏が終わるまで、一言も言葉を発せずに、只々目の前の光景を見つめていた。






「清田くん、凄く良かったね、玲奈!!」


 愛美さんの言葉でハッと我に返った。兵藤さんの演奏が終わり、兵藤さんは立ち上がって客席に向かってお辞儀をしている。俺はこれでもかという位手を叩いた。

 鳴りやまない拍手の中、兵藤さんが顔を上げる。その時、兵藤さんと目が合ったような、気がした。ほんの、一瞬だけど……。





「清田くん、玲奈のところ行ってみようよ」


 発表会が終わった後、愛美さんが花束をちらつかせて俺を誘ってくれた。俺は是非!と返事をし、緊張しながら出演者控え室へと向かった。

 控え室へ向かう廊下で、遠くに水色のドレスを着た女の子が目に入った。兵藤さんだ。

 スーツを着た男と仲良さそうにしながら、笑顔で喋っていた。俺はそれを見て固まってしまった。
 俺たちは兵藤さんに近づいているが、兵藤さんは気づいていない。兵藤さんは持っていた楽譜をその男に手渡すと、また笑顔で喋り始めた。


「玲奈!!」


 愛美さんが兵藤さんを呼んだ。(俺的に)何とも絶妙なタイミングで。


「あ……愛美!」


 兵藤さんは俺達に気付くと、スーツの男に何か言った後、駆け寄ってきた。

 俺の心の中は、自分でも分からないもやもやしたものが渦巻いていた。


「来てくれてありがとう!」


 兵藤さんは愛美さんと俺に笑顔を向けてくれた。

 俺にとってそれが嬉しくないはずないのに。さっきの男とのシーンが頭に焼きついて離れない。

 俺が見たこともない、笑顔だったから。


 愛美さんと兵藤さんが楽しそうに話しているのが遠くで聞こえてるみたいだ。俺も兵藤さんに感動したことを伝えたいのに、言葉にできない。身体が動かない。
 俺は棒立ちで、その場に立ちすくんでいた。


「清田くんも、来てくれてありがとう」


 兵藤さんは俺に向かって話しかけてくれた。演奏後だからかこの前よりもテンションが高いように感じた。俺が「いえ……」位しか言えずにいたら、兵藤さんが不安げな顔になった。


「……クラシックばっかりだったから、退屈じゃなかった?……つまらなくなかった……?」


 俺はその言葉でハッと我に返った。慌てて「そうじゃないっす!!ホント感動しました!!」と言っても、兵藤さんは笑顔にはならなかった。


 こんな顔、させたいんじゃないんだ、俺は……!!


 俺は自分の手をグッと握った。もどかしい気持ちで一杯で、どんどん自分が情けなくなる。



「……玲奈、清田くん、私飲み物買ってくるから、2人で話しといて!すぐ戻るから」


 不意に愛美さんはそう言うと、俺を一瞬見て目配せした。愛美さんは俺の気持ちが分かってるようで、気を遣ってくれたんだと……思う。

 愛美さんは俺らから離れていった。
 俺と兵藤さんの間には静寂が訪れる。


 愛美さんに気を遣わせて、兵藤さんに不安な顔をさせて、このままでいいわけないだろ……!


 俺は自分自身が一気に冷静になるのを感じた。


 
「……兵藤さん、本当に凄かったです。演奏に……見惚れました。俺ピアノは分かんないけど……兵藤さんが弾いてる姿見て……」


 兵藤さんが俺の顔を見上げた。



「俺、兵藤さんが好きです」




 兵藤さんの目が驚きに見開かれ、それを見た途端、俺は体中が熱くなって今自分が言った言葉を頭の中で繰り返した。


 お、俺、今、なんつった……!?


「あ、いや、今のは違……、いや違わなくて、あの……」


 俺は手を横に振って兵藤さんに訴える。兵藤さんは俺をじっと見つめたまま微動だにしない。俺は頭をガシガシとかいた。


 こんなに早く言うつもりはなかったんだ!兵藤さんが困るだろうから、もっと友達として仲良くなって、それから言おうって……


 自分の口から出た言葉に俺自身が一番動揺していた。

 でも、もう言ってしまったから――。


 その気持ちは、嘘じゃない。

 ちまちま悩んで行動出来ないなんて、俺じゃねーだろ!!

 玉砕したくないけど、精一杯勝負してこそ、俺だろ!



 俺はクリアになった気持ちで、兵藤さんに向き直った。

 もう何も、迷いは無い。



「……この前バスケの会場で会って、一目惚れしました。会場の帰りに一緒に帰っただけだけど、すごく楽しくて、兵藤さんをもっと好きになりました。ただ……」


 兵藤さんの顔がみるみる赤くなるのが分かるけど、俺は自分で自分を止められない。


「……さっきの男と話してるの見て、やっぱ同じものを好きな男の方が……俺はピアノの事は全然分かんねーから、あいつみたいな奴の方が兵藤さんをもっと楽しくさせられるんじゃないか、とか色々考えたけど……」


 俺は兵藤さんの目を見つめる。


「やっぱ兵藤さんを他の野郎に渡したくない、と思ったから!だから……俺と」


 これでこそ、清田信長だろ!!


「俺と、付き合ってくれませんか?」


 兵藤さんは真っ赤な顔を下に向けて俯いた。


 俺はとてもスッキリして、ダメで元々、と覚悟を決めた。

 しばらくは、立ち直れないかもしれないけど。

 後悔は、微塵もない。


 俺は上を向いて、フー、と息を吐きかけた時。


「……はい」


 小さな声が聞こえた。


 ……え?


 俺はバッと兵藤さんの方を向く。兵藤さんも俺を見上げていた。


「……今、何て言った?」


 恐る恐る聞くと、兵藤さんは顔を真っ赤にしたまま微笑んだ。


「――私も、清田くんとお付き合いしたいです」


 今度は俺が真っ赤になる番だった。さっきまでの冷静なのはどこへやら、汗がぶわっと噴き出る。


「え……、ホントに?えーと、俺や牧さんに気を遣ってとかじゃない……すよね?」


 動揺のあまり訳が分からない事を口に出してしまう。兵藤さんは頷いた。


「私も、この前会ってから清田くんの事少し気になってて……。愛美に清田くんが発表会に来てくれるって聞いた時も、私のピアノ聴いてもらえると思って嬉しくて……。今も清田くんの気持ち聞いて、私の方が夢見てるんじゃないか、って」


 こんな事ってあるんだろうか、俺も夢、みてんじゃないのか?


 でも兵藤さんの顔を見ると、現実なんだ、と確認する。
 兵藤さんの手を取って、出来る限り優しく、握った。
 兵藤さんは驚いた様だったけど、俺に笑顔を向けてくれる。


 俺は今日手に入れてしまった。


 俺を甘く甘く蕩けさせる、キャンディみたいな女の子を。






(1000HIT記念Request:甘酸っぱいお話)
2012.8.31
 


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