※このお話は牧連載『Love Song』の番外編としてもお読み頂けます。その際は主人公の名前を「絵梨」に、友達の名前を牧連載の主人公の名前に設定して下さい。





desperately 2






 海南との練習試合の後、私はチームメイトと別れ、駅で立ち止まったまま考えていた。

 考えている事とは、陵南高校に行くか行かないか、だ。行って私は何がしたいのか、全く答えが出てこない。


 仙道に会って、……どうしたいのか?


 何でどうしたいのか分からないのか、それを解決するために、私は陵南に行こうと決めた。







 陵南の最寄駅で電車を降りる。駅員に高校までの道を聞いてから歩いていると、かすかに潮の香りがした。

 東京の地元にいると、感じない、匂い。


 潮の香りを嗅いですぐ、陵南高校が見えた。正門前で立ち止まると、ダムダムとボールが跳ねる音が聞こえる。
 体育館の方向も大体分かったが、他校の生徒が勝手に入っていいものだろうか?――まあ、バレたらバレた時か。

 お邪魔します、と心の中で呟いて、校門をくぐった。
 


 体育館があるだろう方向に歩いて行く。何とも不思議な気持ちだった。何で私はこうまでして仙道に会いに行ってるのか……。未だ何も答えは出てなかった。


 体育館が見えてきた。体育館の出入り口前にはバスケ部を見学している女生徒の姿がちらほらいる。バスケをしているのが女子だったらどうしようか、という杞憂はここで消えた。
 私は見学している女生徒からは少し離れたところで立ち止まった。


 きゃあきゃあ言っている女子の声が大きくなったので出入り口の方を見ると、男子バスケ部員がぞろぞろと出てきた。見慣れない制服の私をじろじろ見る部員もいる。ま、当然か。

 見学の女子が「仙道君!」「仙道せんぱーい」と口に出し始めた。私の心臓が大きく跳ねる。
 女子に人気あるのは相変わらずなんだな。中学の時も同じ光景を毎回見ていたので何も驚きはしなかった。


「仙道!!お前のせいだからな!練習の最後に外周走らされるとかたまったもんじゃねえぜ!」

「――わりぃ」

 身長が170cm前半位の男の子が悪態をつきながら出てきた後、中学の時よりも凄みを増したツンツンヘアーの男が顔を出した。

 仙道は女子に軽く手を上げて前を通り過ぎようとしていたが、少し離れた場所で立っていた私と目が合う。


「……え、玲奈!?」


 あ、眉毛下がった……。


 仙道は私のところまで走ってきた。ここ2年半くらいご無沙汰だった、リアル仙道。
 この瞬間私はどんな気持ちになるんだろう、なんて考えたりもしたっけ。

 仙道の声が若干上ずっているように聞こえたが、お構いなしに仙道が尋ねる。


「何で、ココにいんの?」

「海南と練習試合があったから、その帰りに寄ってみただけ。顔見たら帰ろうと思ってたから」

「え、もう帰んの?ちょっと練習終わるまで待っててよ」

「……何で。てかランニング行かないとマズイんじゃないの」


 先程まで仙道の隣にいた男の子が、遠くで怒鳴りながらこちらを見ていたので、仙道は走り出した。捨て台詞を残して。


「――絶対帰んなよ!」


 その場に取り残された私は、仙道ファンの女子に睨まれたのは言うまでもない。
 ……慣れてるけど。




 その後仙道の練習が終わるのを待つと、何故か一緒に帰ることになった。
 久し振りに会った同級生に気でも使ったんだろうか。
 思っていたよりも早く制服に着替えてきた仙道と一緒に校門を出た。

 私は仙道をじっと見上げた。


「――ん?」

「背、伸びたね。今どのくらいあるの、身長」

「190――だったかな」

「……すっご。身体もごつくなったよね。相当鍛えてんだ?」

「どこ見てんのー?玲奈チャンのエッチ〜」

「……はいはい」


 溜息混じりに受け流す。意外と普通に話せてる自分に感心していた。


「……こっちで釣り、してるの?」

「え?やってるよ。今日の練習最後のランニング、釣りで練習に遅れた罰だから」

「……案の定、だね。チームメートに同情するわ……」

「でさ、無理矢理練習に引っ張ってこられたから、釣り道具一式海に置いてきたままなんだ。取りに行くから付き合ってくんない?」


 私は目が点になったが、この男に関わるとこんな事はしょっちゅうだったのを今思い出した。



 少し歩くと海が見えてきた。潮の香りに思考が鈍る。
 仙道は上手く隠していた釣り道具を拾い上げると、堤防の端に座り釣り糸を垂らした。
 私はポカンと口を開ける。


「今から釣る、の?」

「ちょっとだけ。……帰るか?」

「……いい。続けてよ」


 私は海に身体を向けて座っている仙道と背中を合わせるようにして座った。仙道の体温を背中越しに感じる。

 じわじわ、じわじわと私の身体に仙道の温かさが入り込み、ようやく気付いた。

 仙道に会いにきた、理由。




 「何も無い」――からだ。

 高校生になってから、私と仙道の間に、「何も無かった」――から。


 「何も無い」――ことになるのが、怖かったんだ。




 私は涙が出そうになるのを、ぐっと堪える。
 馬鹿みたいだ――だって、仙道とは付き合ってる訳でもなくて。
 ひとりで勝手にこんな事を思って。


 ――言葉が欲しい、なんて。


 あれだけ必要ないと思っていた、「好き」や、「付き合って下さい」の言葉の類を。

 今になって……――何故??



 私の身体は微かに震えていた。私は仙道に気づかれまいと自分の身体を抱きしめる。
 仙道から背中を離せばいいのに、それは出来なかった。

 私は自分の膝を抱えて顔を伏せた。



「……ごめんな、玲奈」


 後ろから、低い声が聞こえた。


「え……、なんで……?」


 私は顔を上げて背中を合わせたまま後ろを見た。仙道は海に顔を向けたままだ。


「俺、玲奈だったら大丈夫かな、って思ってたんだ。俺が玲奈に甘えてたんだ。玲奈だったら、俺の事分かってるから、だからいいかな、って」


 直接言葉にはしてこないが、仙道の言いたい事は伝わっていた。仙道も私がここに来た理由が分かってるんだろう。仙道はさっきよりも少し重く私の背中に体重をかけてきた。
 私を慰める為に、抱きしめる訳でもなく、手を握る訳でもなくて。

 ただ、彼の重みを感じる。


 私の目からは涙が零れていた。



「私、仙道が欲しいの」



 この言葉を言えるまで、どの位かかったのか。何で、中学の時に言えなかったのか。

 でも、これが私の、不器用な私達の必要な時間だったのかもしれないと、思った。


 仙道は、私と背中を合わせたまま、私の左手を強く握った。






「――今度、実家に帰るよ」


 手を繋ぎながら帰る道の途中で、仙道が私の顔を見て言った。


「……期待しないで待ってるね」


 笑って仙道の顔を見ながら言うと、仙道が今まで見た中で一番綺麗に微笑んだ。






(1000HIT記念Request)
2012.8.1



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