desperately 1
※このお話は牧連載『Love Song』の番外編としてもお読み頂けます。その際は主人公の名前を「絵梨」に、友達の名前を牧連載の主人公の名前に設定して下さい。 高校に入ってから忘れていた感情が、じわじわと蘇ってくるようで胸がざわめく。
こんな気持ちになるのは、親友に恋人が出来たからに違いない。バスケをする恋人が――。
だから、思い出すだけだ。あいつの事を。
中学校に入学して私はバスケット部に入った。理由は親友がバスケをやっていて、一緒になって遊んで楽しかったから本格的に習ってみたくなったからだ。その親友とは校区の関係で中学校が別れてしまったので、バスケ部に知り合いの人間もいなかった。
入部してすぐ、練習中に隣のコートで歓声が上がった。目を向けると男子バスケ部の練習中で、短髪を逆立てた男の子が2人がかりのブロックを避けながらシュートし、いとも簡単にゴールを決めた。
「うわーめっちゃ上手いね」
「仙道でしょ?小学校の時から上手いって評判だったよ。先輩立場無しじゃん」
隣で同い年のチームメイトが話しているのを聞いた。どうやらブロックしようとしたのは先輩で、仙道という男の子は私達と同じ1年生らしい。
確かに上手いと思ったが、親友の兄もバスケが上手く高度なプレイを目の当たりにしていた私は、そこまで驚きはしなかった。
その時私は、仙道 彰という存在を知ったのだ。
仙道は同い年の割には背も高くバスケも上手い。そして人を惹きつける風貌のためか、だんだんと女子に人気が出て先輩女子までがキャーキャー言うまでになった。
1年でレギュラー入りもしてしまったため、男子バスケ部の先輩からは妬まれているらしかった。
私も女子バスケ部の1年の中では上手い方らしく、秋の大会でレギュラー入りが決まった私は、部活後に2年の先輩数人に個人的に呼び出された。呼び出しの理由は「1年でちょっと調子に乗ってんじゃないの」的な内容だった。
先輩を差し置いて……という事が言いたかったんだろうが、自分達の実力が及ばないだけなのに私にあたらないでほしい。そう言おうと思ったが火に油を注ぐだけなので止めておいた。
腕を組み私を睨んでいる先輩から不意に尋ねられた。
「男子からカワイイって人気みたいじゃん。子どもモデルやってたって噂があるけど本当なの?」
「……母親の希望で小学3年生くらいまでしてましたが、それが何か?」
「ちょっと可愛くてバスケが出来るからって、いい気になんないでよね」
……全然いい気になんてなってませんが。
散々言いたい事を言ってすっきりした先輩方は私に謝罪の言葉ひとつ無く帰って行った。私は怒るよりも哀れに思った。
深く溜息をついてから、部活後の片づけがまだ残ってるんじゃないかと思い体育館に戻ろうとする途中に、仙道に出くわした。
「あ……お疲れー」
「おー。――大丈夫か?」
何が大丈夫なのか一瞬戸惑ったが、先輩に呼び出された事に気付いてるんだと分かったので苦笑した。
「んー、別に気にしてない。あれでストレス発散してるんじゃないの?仙道の方が大変そうだよね。難癖つけられて殴られたりしてない?」
「俺?殴られたりはしてないな。よけてるし、寸前で逃げてるから」
この言葉に目が点になったが、場面が想像できてしまってすごく面白くてぷっとふき出してしまった。私が笑った後に仙道はふっ、と笑った。
仙道の眉毛が真一文字から「八」の字に垂れ下がるのに何故か目を奪われた。
この時初めて仙道と会話をした。この出来事の後から、仙道と私は顔を合わせれば自然と会話をするようになっていた。仙道と話すと、すーっと緊張が解け、リラックス出来るのを感じていた。
そんな関係が続き、私達は一緒にいる時間がだんだんと増えていった。「好き」なのかは敢えて考えないようにしていた。それを自覚することで仙道との距離感、一緒にいる時の空気感が変化するのが怖かった。仙道と2人でいる時の時間の流れがすごく好きだった。
お互い「好き」や「付き合う」なんて言葉は一切出なかったが、2人でいる事が増えキスをするようになり、中3の初めになし崩しにセックスもした。同じ年頃の女の子と違って私はセックスをする事に夢も希望も何も無く、ただ彼がしたがったから応えてあげたかった、ただそれだけだった。
仙道との付き合い方も変わらないまま、部活も引退した中3の初冬に、仙道がバスケ推薦で神奈川の高校に行く、という噂を聞いた。
その日のよく晴れた5限の授業前、絶対いるだろうと確信がある屋上に行き、仰向けで寝転がっている仙道を見つける。
「やほー」
「ん……玲奈?」
「うん。隣いい?」
「んー」
私は仙道の横に腰を下ろした。
「――高校、神奈川の学校に決めたの?」
「あー、聞いた?」
「うん。何ていう高校?」
「――陵南高校、てところ」
「……他にも東京の高校やら色々スカウト来てたよね。何で神奈川?」
仙道はムクっと起き上った。
「……陵南高校って、海がすぐそばにあるんだって。だから」
「……だから?」
「釣りとかできそーじゃん。バスケも出来るし、釣りも出来る、サイコーだと思わない?」
あまりにも仙道らしい回答に笑ってしまった。それでこそ仙道彰だよ、と思った。
「……っ、そっか!神奈川でも頑張ってよね、東京から応援してるよ」
私はスカートの後ろをポンポン叩きながら立ち上がった。
「……玲奈、だから俺、高校から神奈川で暮らすから」
「……うん、分かってるよ。高校行ったらバスケほっぽり出して釣りばっかしないようにね。じゃね」
私は仙道の方を振り返らずに屋上を後にした。
こうなる予感は前々からあったから別にショックではなかった。元々束縛しあう関係でもない。「彼氏」「彼女」の関係ではない。私に意見する権利なんてありはしない。
中学を卒業したら、終わってしまう関係――なのだから。
そうして中学を卒業し、高校入学と共に、私と仙道が会うことは無くなった。
「――海南で練習試合?」
部活終りに監督からこんな話を聞かされた。
私は現在高校2年、女子バスケ部員だ。私がバスケをするきっかけとなった親友と同じ高校で相変わらずバスケを続けていた。
監督の大学時代の先輩が、神奈川の海南大付属高校で女子バスケ部の監督をしていて是非今度練習試合を、てことになったらしい。
なんと私の親友――愛美は海南の男子バスケ部キャプテンであり神奈川MVPでもある牧紳一と付き合っている。これはまたタイムリーな……と思っていたら、つんつん、と肩をつつかれた。
「――何?愛美」
「海南との練習試合終わったらさ、……行く?」
「行くって……何処に」
「……陵南高校」
中学の時仙道と曖昧な関係であった事を知っている愛美は遠慮がちに小声で聞いてきた。
私は愛美の頭をペシ、と叩く。
「そんな事気にしなくていーよ。愛美は牧さんと会える事考えてな」
いきなり考えもしなかった事を言われて一瞬慌てた自分がいた。今迄心の奥底に封じ込めていた思い出が顔を覗かし始める。
海南との練習試合の後、私はどうするんだろうか、と他人事のように考えている自分がいた。
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2012.6.24