sweet candy 1
「清田くん、この子は友達の兵藤玲奈。私の出る試合見に来てくれたの」
牧さんの彼女から兵藤さんを紹介された時、俺は微動だに出来ずに固まってしまった。――あまりの可愛さに!
牧さんの彼女である愛美さんは女子高のバスケ部員で牧さんの1つ下。牧さんと俺が一緒にいるところに、愛美さんが同じクラスだという兵藤さんを連れ立って来た。
背も150cm前半?くらいで小さい。ふわふわの髪の毛が腰の上まで長く伸びていて、伏目がちの目に(それは俺が上から見下ろしてるからだろうが)長い睫毛。
なんか、お人形さんみたいだ……。
「兵藤玲奈です。初めまして……」
兵藤さんは牧さんと俺とは視線が合うことなくお辞儀をした。その様子を見た愛美さんが俺らに笑って言う。
「ごめんね、玲奈は人見知りするんだ。慣れてない人はちょっと苦手なんだよね?」
愛美さんが隣に顔を向けると、兵藤さんは顔を少し赤らめて頷いた。
か、可愛すぎる……!!
同じクラスの女子とは雰囲気も全然違うし!なんつーか、ふんわりしてるって言うのか!?
兵藤さんに見惚れ続けていた俺に、愛美さんの声が飛び込んできた。
「玲奈、帰りどうする?私紳一と帰るんだけど、一緒に帰ろうか」
「えっ……、いいよ。邪魔しちゃ悪いし……。私1人で帰れるから」
「でも、玲奈に男が声掛けてきたりするじゃない。心配だから」
その会話で兵藤さんがモテることが分かった俺は右手を真っ直ぐに上げて、自分でも驚くくらいに声を張り上げた。
「じゃあ、俺兵藤さんを送ります!!」
その言葉に何故か牧さんがしかめっ面になった。
「清田……今の話聞いてたか?兵藤さんは慣れてない人は苦手だって言ったろう。今初めて会ったお前だと兵藤さんも緊張するだろうが」
「でも1人だと危ないじゃないですか!」
自分でもこんなに必死になってるのが不思議だけど、このチャンスは逃しちゃいけねぇって俺の直感がそう言ってる!
「玲奈……どうする?清田くん、ああ言ってくれてるけど……」
愛美さんが兵藤さんに問いかける。牧さんも「気を使わなくていいから」と付け足した。
「……じゃあ、途中までお願いします……」
軽く会釈してそう言った兵藤さんに、皆が目を丸くした。俺も含めて。
え、いいの?ホントに?
「「……」」
一緒に帰ることになったのはいいものの、俺らの間には無言の時間が続く。喋ったのは、最寄駅はどこか、という事だけ。
試合会場近くの駅から、電車に乗ってもまだ無言だった。
てゆーか、何か喋ることあるだろ、俺!!
焦る気持ちが益々思考を鈍くさせる。
その時、俺の隣から小さく声が聞こえた。
「……愛美に、清田君のこと聞いてたの。あの海南で、レギュラーなんでしょう?すごいね」
「……え?俺のこと……すか?」
「うん、牧先輩からよく清田君の話聞くって言ってた。1年でレギュラーって牧先輩以来だって」
「いやー、それほどでも、ないっすよ」
違うだろー俺!!「俺が神奈川NO.1ルーキーだ!」って自分で言ってるだろ!何でいつもみたいに言えないんだよー!!
「……でも私はバスケの事あんまり分からなくて……。ごめんね」
「そんな事……!兵藤さんは部活とかやってるんすか?」
「――私、ピアノやってるの。小さい頃からそればっかり」
「ピアノっすか!確かに小さい時から女の子ってピアノやってますよね!小学生の頃周りの女の子が話してるの聞いたことあるっす」
「あ、じゃあバイエルとか、聞いたことある?」
バイエル……何だ!?ウインナーか!?いや今はピアノの話をしてるんだよな。わ、分かんねえー!
「――あ、分からないよね……。ごめんね、調子にのって喋っちゃって……」
兵藤さんが下を向いて謝ったので俺は慌てた。
「兵藤さんは謝らなくていいんすよ!俺もバスケしか分かんねえし、ピアノの事あんま知らなくてすんません!」
自分でも言ってる事が滅茶苦茶だって分かってるけど、兵藤さんの悲しそうな顔だけは見たくなかった。
「……なんか清田君は話しやすいから、つい……。愛美からいつも話聞いてたから、初めて会った気がしないっていうか……」
下を向いたまま言われた言葉を聞いて、別に褒められた訳じゃないけど嬉しい気持ちになった。
「――あ、次で最寄り駅だから……ここまででいいよ……ありがとう――」
俺は家まで送ると言ったけど兵藤さんに断固拒否された(それも悲しかったけど)。今日が初対面なのに流石に申し訳ないという理由だった。
電車が最寄り駅に電車が止まると、兵藤さんは一瞬笑顔を見せて俺にバイバイと手を振った後電車を降りていった。
あ、俺バイバイって言ってねえや……
こういう気持ちを夢心地っていうんだろうか……。
俺……恋しちゃったかもしれねえ……。
でも今日別れたら兵藤さんとの接点が……!と思ったけど、直ぐに牧さんと愛美さんの顔が思い浮かんだ。
よーっし!俺のツキはまだ残ってんぞ!
俺は興奮が抑えられず胸の前でガッツポーズを作った。
**********
「なあ、この貝みてーなマーク何て言うんだ?」
「……は?貝って……ト音記号の事?」
「じゃあこの四角の中に丸が4つあるけど、何でこっちは2つしかないんだ?」
「……清田、今まで音楽の授業何してたの」
選択授業の時間中、同じクラスの女子に変な顔をされたが関係ねえ。兵藤さんが好きなものは俺も好きになりてえ!運良く音楽選択で、やっぱり俺はツイている!!
この日の放課後、部活に行く途中に牧さんと出くわした。牧さんは携帯で電話しているところだった。たぶん愛美さんとだ。
暫くしてから、牧さんは電話を切った。
「電話、愛美さんすか?」
「ああ」
「何話してたんすか?」
「何でお前に言わなきゃならない……、あ、今度兵藤さんのピアノの発表会があって見に行く時の服装をどうしようかとか言ってたな」
俺は聞き間違いじゃないかと自分の耳を疑った。気づいたら牧さんに詰め寄ってた。
「牧さん!!愛美さんと電話してもいいっすか!?」
「は……?何で」
「その話を詳しく聞きたいんです――っ!!」
「清田……まさかお前、兵藤さんに……惚れたのか」
「そのまさかです!!お願いします!牧さん!」
俺の熱意に負けたのか、牧さんは「これ使っていいから」と携帯を俺に差し出した。
牧さんにお礼を言って、愛美さんと電話で話した。なんと俺は、兵藤さんの発表会に愛美さんと行く約束をしたのだった。
このチャンス、絶対掴んでみせるぜ――!!
(1000HIT記念Request:甘酸っぱいお話)
2012.5.9