願い事
外に出れば冷たい空気が身体にまとわりつく。昼間とはいえ1月1日―元旦の午後は寒かった。晴れていて日が射しているのが救いだ。
「楓ちゃん、早く行こー!」
「くぁ…ねみぃ……」
「そう言うと思ったから午前中じゃなくて午後にしてあげたんだよ、初詣!!ほら!」
私より遥かにデカい男の腕を引っ張りながら、近くの神社へと足を運ぶ。近くの神社といっても比較的大きく、元旦ということもあり参拝者の数も多い。神社へ向かう人と帰る人で周辺はごった返していた。
私と楓ちゃんは幼なじみだ。家も近く家族ぐるみで仲が良いが、それ以上の関係はない。同い年だが「ちゃん」呼びなのは、幼少期からの癖が抜けないからだ。
まあ、私は、楓ちゃんが好きなんだけど。
楓ちゃんは、私の気持ちに気付いているのかいないのか、よく分かんない。だってバスケの事しか考えてない、あの楓ちゃんだもの。
私達は手を清めた後、参拝客の列に並んだ。お参りするにはまだまだ時間がかかりそうだ。
私は隣にいる楓ちゃんをちらっと見上げた。
並んでいる人達より頭一つ抜き出ている身長。幼稚園の頃は私とそんなに変わらなかった。それが小学生でバスケをやり始めてからどんどん背が高くなっていった。
一緒にお手て繋いでいた時が懐かしい。楓ちゃんは今では全日本ジュニアにまで選ばれるほどバスケの腕を上げている。私の遥か先を駆け抜けていってて、私はポツンと取り残されている――。
「楓ちゃんは、何をお願いするの?」
ちょっと気分が落ち込みかけたので、テンションを上げようと楓ちゃんに尋ねた。
「ん――、別に……特に無い」
「えー?何かあるでしょ?バスケの事は?」
「そんなの神に祈るまでもねー。自力でやる」
「あははっ。楓ちゃんらしいね」
「……何をそんなに叶えて貰う事があるんだ?そいつの努力が足りねーんじゃねーのか」
真顔で言い切った楓ちゃんに言葉を返すことが出来なかった。
だって私は『楓ちゃんとこれからも一緒にいられますように――』ってお願いしようと思ったから・・。
告白したらこの関係が崩れるかもしれない。それは嫌だから、気持ちを伝えずに今までズルズルと幼なじみというポジションに収まってきた。
私は私なりに色々考えて、頑張ってきた……つもりなんだけど、な。
「……頑張ってるけど、それでも何かにすがりつきたい、っていうのはあるんじゃないかな……?」
私はボソッと呟いた。それを聞き逃さなかった楓ちゃんは私の方を見る。
「――おめーは何かあるのか?願い事」
「えっ……あ、うん。まあ、一応……」
「何だ?」
「え、ええっ!?」
まさか聞き返されるとは思わず声が裏返った。今ここで楓ちゃんに言うと、それこそ告白と同じ事だ。まだ心の準備なんて全く出来てない。
「……願い事って口に出すと叶わなくなる、って言うでしょ?だからナイショー」
自分でも上手い事言った!と思った。笑って楓ちゃんを見ると、一瞬顔をしかめたが「ふーん」と呟いて目線を前に戻した。
下から楓ちゃんの顔を見つめる。さっきの楓ちゃんの言葉が心の中で繰り返された。
『そいつの努力が足りねーんじゃねーのか』
私もここらで覚悟を決める時なのかもしれない。現状を壊したくなくて怖がってばかりいたら、何も変わらない。端から見たら行動してる事にならないんだから。
楓ちゃんから見たら、今の私は努力してる事にならないんだろーな。
でも、今年の私は違うんだから。
「……覚悟してろよっ」
楓ちゃんにも聞こえないように、そっと呟いた。心の中でじゃなく、声に出して。
2012.1.1