14 影 2
牧はバスケ部の練習が終わるとすぐに玲奈との待ち合わせ場所に向かった。急ごうと走り始めて暫くたった時、前方に見知った姿を見つけた。以前付き合っていた早織だった。
「――久し振りだな。元気か?」
黙って通り過ぎる程仲が悪い訳ではない。牧は立ち止まって話しかけた。
「うん、元気。紳一、突然で悪いんだけど今時間いいかな……?」
「今か?悪いが人と待ち合わせしてて――」
「――兵藤玲奈さんでしょ?実はさっき会ったんだ。兵藤さんに紳一を貸してもらえるように了解ももらってる。だから、少しだけでいいから――」
早織が易々と話した内容に牧は度肝を抜かれた。何故かは分からないが玲奈ちゃんと早織がいつの間にか会っている。どんな話をしたのか――牧の心中はざわめいた。
「玲奈ちゃんは、帰ったのか?」
「うん、ついさっき。今日は帰るって――」
牧はあまり気が進まなかったが、早織と近くの喫茶店に入った。玲奈の事だけが気になって仕方がなかった。
店に入ってから牧は、早織に今でも好きだという事、もう一度付き合いたい事を告げられた。
「兵藤さんに、紳一にまだ好きだって言ってもいいかって聞いて、OKもらった」
「……」
「今、兵藤さんていう彼女がいる事も分かってる。でも、どうしても伝えたくて――」
少しの沈黙の後、牧は早織を見据えて口を開いた。
「……俺がまだ早織を好きなら、玲奈ちゃんと付き合ったりしない。早織の事は嫌いじゃないが、もうそういう対象として見られない」
早織は暫く牧を見つめていたが、俯いて呟いた。
「……2番さんでも、いいんだけどな……」
「!!早織、自分を落とすような事言うのはやめろ。早織には、幸せになって欲しい。俺じゃない、もっといい男に――」
「……ありがとう。紳一。話、聞いてくれて……」
早織は顔を上げて感謝の意を表した。
「いいよ、紳一。言いたかった事は全部言ったから……あ、雨降ってる……。どしゃ降りだ……いつの間に――」
早織の言葉に弾かれて外を見ると、激しい雨が窓や道路を叩きつけていた。
「うわー……最悪だぁ」
玲奈は早織と別れた後、海に立ち寄った。暫く海を眺めた後、駅に向かう途中で雨が降ってきたため、屋根がある道沿いの店の前で雨宿りをしている。
走って駅に向かう人もいたが、玲奈は杖を使っているため早く走れない。ずぶ濡れになるのは明らかだったので、雨が小降りになるまで大人しく待つことに決めたのだった。
――牧さんと早織さんは今頃どうなってるんだろうか?
嫌いになって別れた訳じゃない。早織さんみたいに美人で潔い人だったら、きっと牧さんも……。
玲奈は牧から何を告げられても受け入れる覚悟を決めようと思った。この天候が思考をどんどん後ろ向きにしていく。
早く、雨止まないかな……。
一時待っていると、雨が弱まり小降りになりだした。玲奈はこの調子なら歩き始めてもいいかと思った。
足を一歩前に出した時、玲奈の左腕が強い力で引っ張られた。
何事かと思い引っ張られた方を見ると、肩で息をして雨で濡れた牧が其処にいた。
「な、んで……早織さんは……?」
玲奈は思わず牧に尋ねた。濡れ髪からは雫が垂れて服もしっとりと濡れている。玲奈は慌ててバックからタオルを取り出し牧の頭を拭こうとした。
玲奈が伸ばした手が牧に掴まれる。
「――どうして、先に帰る?」
「ごめんなさ……い。早織さんから、頼まれたから……」
「――俺と早織が会うことに何も思わなかったのか?嫌な気になったんじゃないのか」
「……だって、人を好きな気持ちって他人がどうこう言っても変わらないと思うから……。早織さんは遅かれ早かれ、牧さんに思いを告白してたと思うし……。私に了解をとるなんて逆に潔いなって感心しちゃったくらい。流石、牧さんの元彼女さんだな、って」
玲奈の言葉を聞いた牧は暫く玲奈を見つめた後、軽く息を吐いた。
「……早織とは、付き合うことは出来ないとはっきり言った。俺が今付き合ってるのは、玲奈ちゃんだ。早織に恋愛感情は無い」
「……本当に、私でいい……?」
「……何が、言いたいんだ?」
「……早織さんみたいな、美人で良い人、私よりもずっと魅力的だと思うけど……わっ!」
牧は玲奈を自分の胸にひき寄せた。
「――そういう事を言う、玲奈ちゃんの方が器がデカイと思うがな……」
「え、そうかな……?そんな事ないと思うけど」
牧は玲奈の身体を少し離すと、玲奈の顔を真正面から見据えた。
「俺は、玲奈ちゃんが好きだから」
玲奈はその言葉を聞いた後、顔を真っ赤にして下を向いた。
「――前から思ってたんだけど、牧さんて絶対天然だよね……?ここ道路なんだけど……」
「今回の事に関してはなりふりかまってられないからな……。頻繁に会えないんだからこれ位はいいだろ」
「ここ海南から近いんだから、噂になっちゃうよ?」
「まあ――いいさ。玲奈ちゃん絡みなら、どんとこいだな」
牧の発言が何故か可笑しくて玲奈は笑った。その笑顔を見て牧も微笑む。
いつの間にか雨も上がっていた。
2012.1.19