師走のpresent
「――これからしばらく忙しい日が続くけど、宜しくお願いしまーす!」
12月初旬、店長からこんな言葉で仕事開始を告げられる。私は居酒屋でホールスタッフとしてバイトしている。最初の頃はヘトヘトで続けられるか分からなかったけど、何とか1年近くやってこれた。地道に頑張ってれば何とかなるもんだな、と自分で自分を誉めたい位だ。
12月は忘年会、クリスマス、同窓会etc……1月は新年会もあるから居酒屋や飲み屋は繁忙期だ。従業員総動員で、バイトもめちゃくちゃ駆り出される。これから気合いで乗り切る位でないと、正直身体がもたない。
「失礼します。お待たせしましたー。シーザーサラダです」
注文の品を大人数用の部屋に持っていく。大学生のクラブサークルの忘年会だろうか。宴会も終盤のようで、ベロベロに酔っぱらった男達が大騒ぎしている状態だった。
「えーー?俺らこんなの頼んでないよー?持ってっちゃってよー」
伝票を見ると確かにオーダーはされている。私と応対している男の人も顔が真っ赤で完全にできあがっていた。
「――本当に頼んだ方はいらっしゃいませんか?」
そう尋ねると、赤ら顔の男は頼んだ人はいないかと大声を張り上げたが、周りの仲間達は思い思いに騒いでおり反応は無かった。
厨房にいるスタッフにはとても申し訳ないが引き返そう、と思った時、どうした、と低い声が聞こえた。
「牧さん!これ、誰も頼んでないっぽいんすよ」
牧さんと呼ばれた色黒でガタイの良い男は、伝票を確認すると顔をしかめて、私と話していた男を叱りつけた。
「伝票にはちゃんと書いてあるだろ。誰かが酔っ払って頼んで忘れてんだろ」
牧という男は私に向き直り、少し頭を下げた。
「ご迷惑かけてすみません。こっちで食べますから」
厨房に持って返っても再利用なんて出来る筈はない。食べてくれるのが一番なのだ。
「それ、美味しいですよ。ごゆっくりどうぞ」
牧に笑顔でそう言うと、私を見て微笑んで男達の中に入っていった。
あの集団の中ではすごく大人びた人だったな。しっかりしてて、頼りがいのありそうな感じ。
戻る途中に私はそんな事を考えていた。牧の事が頭に焼き付いてしまっていた。
「兵藤さん、レジお願いー」
「はーい」
途中でレジを任され会計処理をしていると、さっきの大人数の団体様が通って行く。伝票をカウンターに置かれ、ありがとうございますと声をかけてから相手をみると、先程の牧だった。
「男ばっかりで五月蝿くしてすまないな」
「いえいえ、楽しんで頂けたのなら何よりです。大学のサークル・・ですか?」
「サークルっていうか、バスケ部なんだ。大男ばっかりだろ?」
「バスケ部!すごい、私も大学生ですけど体動かすこと何もしてないから尊敬します」
「ちゃんと働いてるじゃないか。そっちの方が尊敬するよ」
突然誉められたので嬉しくなった。今の疲れも吹き飛ぶくらい。お会計の金額を伝えて、お金を受け取りお釣りを渡す。
「またお越し下さいませ。これは次回使える割引券です。宜しければどうぞ」
目一杯の笑顔でそう言うと、牧さんはありがとう、ご馳走様。と言って出ていった。
またお店に来て欲しいと思った。欲を言えばまた会いたい、って。
急に訪れた出会いと感情に驚きながらも、
心がウキウキしているのを感じていた。
「お疲れ様でしたー。お先に失礼します」
やっと仕事が終わった。店の外に出ると芯から冷えるような寒さが身体を襲う。
「寒ー・・」
でも今日は牧さんに出会えたし、イイコトあったな。どこの大学なんだろう。部長っぽい感じだったし4年生かな?
落ち着いてたし、彼女いるんだろうなあー……。
明らかに牧さんが気になってる自分がいる。私、一目惚れしちゃったのか?そんなこと有り得ないと思ってたのになー。
今度いつ会えるかも分からない。もしかしたら一生会えないかも。
「・・帰ろ・・」
悪いことばかり考えないように、ひたすら歩みを進めた。まだ外は人が多かった。
歩いて暫くすると、男がふたり寄ってきた。
「お姉ちゃん、ひとりー?これから一緒に飲み行かない?」
少し酔っぱらっている。このバイトを始めてからたまに酔っぱらいに声をかけられる事はあったので、またか、という気持ちだった。
無視して早々に立ち去るに限る。早足で歩き始めると、私を挟むように男が両隣に立った。
「いいじゃん。これから用も無いんでしょ?俺らと飲んで帰ろうよ」
「……疲れてるんで、すみません」
「俺らが責任もって送り届けるからさー。ね?」
全くもって信用できない。隙を見て走ろう、と思った時、どこかで聞き覚えのある声が聞こえた。
「悪い、待たせて。――俺の連れに何か用か?」
連れ?って……。その声の方を向くと、今日店で会った牧さんが其処にいた。
私は驚きのあまり声も出ない。
私に声をかけた男2人は、牧さんに上から睨まれた途端にそそくさと退散した。
私は牧さんを呆然と見つめ、その場に立ち尽くしていた。
牧さんは私をじっと見た後、安心したように口を開いた。
「――今日行ったお店の店員さん、だよね?」
「あ、はい!助けて頂いてありがとうございました!」
「良かった。人間違いしてたらどうしようかと思ってたんだ。髪、下ろしてて感じが違うからちょっと不安だった」
「え?髪……。あ、バイト中は髪まとめとかないといけないから……」
また会えるとは思ってなかったから私の頭の中はパニックだった。なんで?同じ日に2回も?これって凄くない?
牧さんが駅まで送ってくれるというので、お客様なのに申し訳ないけどお願いした。内心嬉しいのは内緒だけど。
「2次会の帰りで、偶然君を見つけてさ。絡まれてるっぽいから、なんかほっとけなくて」
「――すみません、ご迷惑かけて……。バイト帰りだと時間も遅いから、たまに絡まれることあるんですよ」
「……いつも、こんな時間に帰るの?」
「いつもって訳じゃないですけど……この時期忙しいから、遅めになることが多いですね」
私がそう言った後、牧さんは暫く黙りこんだ。私、何か厚かましかったかな?気悪くさせちゃった?
「……俺が、いつもこんな事してるとは思わないでもらいたいんだけど」
「え?」
「今日お店で見て、可愛い子だな、って思ったんだ。だからさっきも、助けたんだ。君じゃなかったら……助けてない、かも」
牧さんの言葉が頭の中をグルグル回る。え?つまり……
「……俺のしてる事も、さっきの奴らと変わんないな。カッコ悪いな……」
牧さんはバツが悪そうに口を押さえた。
「そんな事ないです!さっきの男と牧さんは全然!違います」
「え?俺名前言ったっけ?」
「あ、お店で他の部員?の人が呼んでるの聞いて、それで覚えてて……つまり、私も……」
もうこんなチャンス二度とない。これはずっとバイトで頑張ってきた私への、神様からのご褒美なんだ。きっと。勇気を出さないと!
「私も、牧さんの事が気になってて、それで覚えてましたっ!」
顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、牧さんは暫く目を丸くしていたけど、私に向かって微笑んでくれた。
その笑顔を見て私も笑った。
「――じゃあ、名前、教えてくれるかな?」
この出会いが、ずっと続くものでありますように――。いや、続くものにしてみせる!
(2011年末sp)
2011.12.18