13 影 1


 ある初秋の日曜日、玲奈が在籍するバスケ部は海南に練習試合に来た。玲奈は日曜にも関わらず海南の生徒が多いことに少し違和感を感じたが、気にせず体育館まで歩く。


「なんか私達結構見られてますねえー」

「私達っていうよりも、玲奈を、だと思うけど」

「あ、確かに。玲奈先輩、何かしたんですか?」

「え?別に……」

「女子にばっかり見られてるでしょ。反感かうような事したんじゃないの」

「何で私が……」


 そう言いかけた時、前で玲奈ちゃん、と名前を呼ばれ目を向けると牧がジャージ姿で立っていた。


「――牧さん!」

「久し振り。練習試合頑張ってな」

「あ……ありがとうゴザイマス」


 玲奈は牧に会って鼓動が早くなるのを感じた。
 牧と付き合う事になってから電話で何回か話してはいるものの、直に顔を合わせるのは玲奈が返事をした日以来だった。東京と神奈川の距離だが、2人には勉強も部活もあり頻繁に会うのは難しい。

 彼女という立場になったからなのか、この前初めてキスをしたからなのか。今までとは明らかに違う、この感じ――恥ずかしくて、くすぐったくて、この場から逃げ出したいような――。


 玲奈はそれを悟られたくなくて、下を向いて目をそらした。


「玲奈さーーん!」

「あ、清田くん……だっけ?」

「はい!玲奈さん、牧さんと付き合い始めたんすよね!?俺それ聞いた時嬉しくてもう――」

「「「え――!!玲奈(先輩)付き合ってんの――!?」」」


 清田はまた同じ失敗をやらかしてしまった。玲奈に彼氏が出来た事を知らなかったチームメイトはこの清田の発言で全て知ることとなってしまった。






 海南での練習試合は玲奈のチームの勝利に終わった。玲奈はまだ練習中の牧を待つため、チームメイトと別れあの海岸に向かっていた。


「――あの、兵藤玲奈さんですか?」


 1人で歩き始めて少し経った頃、玲奈は見知らぬ女の人に声を掛けられた。大学生くらいだろうか。化粧をして可愛い服を身に纏い玲奈の前に立っていた。


「はい、そうですけど何か……?」

「私、河北早織っていいます。初対面なのにごめんなさい。今からお時間ありますか?」

「え?ちょっと待ち合わせしてて、そこに行かなきゃならないんですけど……」

「……すぐ行かないと駄目ですか?ちょっとの時間でいいんですけど」


 玲奈は怪訝な顔で女性を見つめた。


「すぐって訳じゃないですけど、私にどういったご用件ですか?」

「あ!別に怪しい人じゃないですよ!勧誘とかでもないし!てゆーかこれじゃ怪しくない訳ないよね!……じゃあはっきり言っちゃうけど……」


 早織は玲奈から目をそらさず言った。


「私、紳一の元カノなの。あなた紳一の彼女なんでしょう?あなたと話してみたくって。こんなチャンス二度とないと思ったから……。そんな時間はかからないから」


 玲奈は目が点になった。普通だったら拒否するんだろうか。でも玲奈は嫌な気はしていなかった。正面から堂々と元カノだと言ってくる事に逆に感心したのもあるし、牧の前の彼女に純粋に興味もあった。この早織さんも同じ気持ちなのかな、と思いながら、2人は近くのカフェに入った。



 お互い飲み物を頼んでしばらくの間沈黙が続いた。そして早織がゆっくりと口を開く。


 「ごめんね、突然……ビックリしたよね?――紳一ってこの辺じゃ有名人だから、噂はすぐ広まっちゃうの。私は紳一の1つ上で、元海南生なの。紳一が1年の時……私から告白して、1年位付き合ったんだ」


 玲奈は黙って早織の話を聞いていた。牧には彼女はいただろうなと思っていたから、さほどショックは受けなかった。
 ただとても綺麗な人だな、と感じていた。堂々としてて、可愛いし、すごく大人っぽい。2歳違うとこうも違うのかと、自分との違いを見せつけられた感じが居心地を悪くした。


「何で……別れたんですか?」

「……紳一は海南のバスケ部だし、忙しすぎて、2人の時間なんてホント取れなくて……。私は紳一を好きすぎて、それが辛くて。寂しすぎて、疲れちゃって、楽になりたくて、私から別れようって言ったの」

「……」

「紳一は私と別れてから、彼女いなかったみたいだけど……。最近、大学の友達から紳一に彼女ができたこと聞いてね。……しかも紳一から告白したって聞いて――それが一番びっくりしたの」


 早織は玲奈を真正面から見つめた。


「……紳一から好きになった子って、どんな子なんだろうって――」


 早織の言葉を聞いた直後、店員が頼んだ飲み物を持ってきた。玲奈は温かい紅茶を飲みながらテーブルを見つめていた。


「正直、紳一に未練がないと言ったら、嘘になる」


 玲奈は顔を上げて早織を見た。先程のはにかんだ笑顔ではなく真剣な表情をしていた。


「兵藤さんに、嫉妬も、してる」

「……」

「こんな事聞くの、なんだと思うけど……私、紳一にまだ好きだって、言ってもいい?」


 玲奈はすぐに返事が出てこなくて、早織を見たまま固まってしまった。玲奈は一体どうしたらいいのか、分からなかった。でも自分の思うままの気持ちは示そうと思った。


「……してもいいと、思います。私に決められる事じゃないし……選ぶのは牧さん、です。牧さんが河北さんを選ぶ、っていうなら私はそれを受け入れます。私が一番したくないのは、牧さんの足を引っ張る事だから。牧さんの気持ちに、私は従います」


 早織は玲奈を見て微笑んだ。


「……ありがとう。紳一が、あなたを選んだ理由が少しだけ分かった気がするな。こんな事元カノに言われたら、怒るのが普通だと思うけど」

「……そうですか?正々堂々としてて、私は逆に好感もてますよ。凄いな、って」


 早織は目を丸くした。そしてくすくすと笑った。玲奈も笑った。


 早織は今日にでも牧に思いを告げると言ったので、玲奈は待ち合わせをしている人は牧だと言い、帰ることにした。心の中は色んな思いが混じり合って、とても複雑だった。




2011.12.8



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