12 波紋


「ねえ、知ってる?牧先輩て彼女できたらしいよ」

「ええ?誰よ。3年?」

「いや、駅で偶然見た人の話だと、海南生じゃないらしいんだよね。なんか足怪我してて杖ついてたって。海南に今そんな人いないでしょ?」

「大学行ってる早織先輩とヨリが戻ったとかじゃない?」

「違うみたい。見た人って2年生らしいんだけど、早織先輩じゃなかったって」


 ある朝、海南大付属高校の1年の教室では、女子の間でこんな噂話が持ち上がっていた。
 高校バスケット界でも全国区で有名な牧が、学校内で目立たない筈はない。目をつけている女子はとても多いのだ。


「はよーっす」


 朝練を終えた清田は教室に入る。そんな清田を見つけた女子の1人が、先程の噂の真相を尋ねようと呼び止めた。


「おはよー清田。あのさ、牧先輩に彼女できたってホント?」

「は!?知らねーよ!俺聞いたことねーし」

「なんか杖ついてる女の子と2人で駅にいるの見た人がいて――」

「杖ついた女の子……?――!!」


 そこで清田はピンときた。そして牧がこの前も先週の日曜も練習後にすぐ帰った理由がやっと分かった。
 清田は嬉しい気持ちで一杯だった。玲奈の事は純粋に尊敬しているだけで恋愛感情はない。自分が尊敬している人同士が恋人に――清田のテンションは上がった。


「清田、知ってんの!?誰!?」

「……そうか―牧さんと玲奈さんが……まーお前らには足元にも及ばねー人だよ!かーっかっかっか!」

「はあ?超腹立つんだけど!海南じゃないんだったらすぐ別れんじゃないの?」


 売り言葉に買い言葉―お互いがカチンとくる言葉を言われ、ただならぬ空気が周りを包む。


「おー、じゃあお前らの目で確かめりゃいいじゃねーかよ!今度女バスと試合しに来るって言ってたから、どんだけ牧さんとお似合いか見てみりゃいいじゃねーか!!」


 辺りが一瞬だけ静まりかえった。同時に清田はマズイ、と思った。


「いやー……悪い、言い過ぎた。ハハハハー」


 清田はその場に居づらくなり教室を出たが、時既に遅し。玲奈の事は1年から2年、そして3年へとあっという間に広まってしまった。




「よーっし、昼飯だぁ!」


 午前の授業終了のチャイムが鳴り、清田は弁当を机に広げていた。いただきますと手を合わせた時、聞き覚えのある低い声が聞こえた。


「……おい、清田。」


 周りがざわついている。清田は教室のドアに顔を向けると、今朝の噂の当人のお出ましに凍りついた。
 いつもなら喜んでついていくのだが、声色と雰囲気が怒りを含んでおり、今すぐ逃げよう、と弁当を片付け始める。




「牧さん、すみませーん!!」


 牧がいる別のドアから逃げ出そうとしたが、後ろから首根っこを掴まれ身動きが取れなくなった。


「じ、神さぁん!」

「じゃあ信長、牧さんと俺とお昼食べようか。ね?」


 神の「ね?」に拒否権が無い事を悟った清田は、2人に連行され屋上へ向かった。 



 清田は朝の出来事を包み隠さず全部話した。最後に、そんなつもりはなかった事を強調した。
 牧は大きく溜め息をついた。


「……会う奴会う奴、いつから付き合いだしたのかとか、今度試合しに来るんだろとか聞かれるわ、散々だったんだぞ」

「まあ、遅かれ早かれいつかバレるんだからいいじゃないですか」

「神……お前面白がってるだろ」

「あ!神さんは牧さんと玲奈さんが付き合うの分かってたんすか?」

「分かってた訳じゃないけど・・牧さんが兵藤さんを見る目が優しいのなんのって――」

「……お前ら練習メニューそんなに増やして欲しいのか?」

「「すみませんでした」」

 

 しばらくすると清田と神の話題が別のものに変わって牧は一息ついた。

 牧はこの前の海での事を思い出していた。玲奈と想いが通じ合って直ぐに玲奈にキスをしてしまった事を牧は悔いていた。あまりにも早すぎた、と。
 気付いたら身体が動いて、そうしてしまっていた。玲奈に関する事は全く理性がきいていないなと感じ、自分を戒める牧だった。




2011.11.26



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