二人の裏側


合宿であんな事があって以来、妙に気になる人が出来た。

今までだって確かに思春期特有のそういう意味で気にならなかった訳ではないのだが、それはあくまでも二の次であって……………。

……いや、これまでだって機会があれば一度くらいはとか思ったり思わなかったりって待て待てオレ!


それ以前に玲奈さんは牧さんの彼女なんだからオレが出る幕なんてないっつーの。
しかも下手に手を出そうものならば、牧さんだけじゃなく神さんにも何されるかわからないし。


ふと合宿の肝試しの事を思い出すとぞっと鳥肌が立った。
やっぱり二度とあんな怖い思いはしたくないし、あの二人に関わるのは金輪際やめよう。


そう思っていたのに、そう上手くいかないのは運命の悪戯か…。



「ちょっ……。玲奈さん大丈夫っなんスか?」

「ああ、ちょっと目眩がしただけ」

「目眩って顔色悪いっスよ!」

「平気平気!練習に戻って」


明らかに様子のおかしい玲奈さん。
今だってせっかく拾い集めたボールを盛大にぶちまけてしまった所だ。
しかもこれが一度目じゃないから普通じゃないのは一目瞭然。


「何か玲奈さん調子悪そうじゃないっスか?」


念のために牧さんにも伝えてみたのに、牧さんは特に関心もなさそうな感じで「お前はそんな事気にせずに練習に集中しろ」なんて言う始末。


バスケが絡むと恋愛を後回しにするのは牧さんらしいと言えばそうかもしれない。
おまけに全国大会が近いんじゃ当然そうなっても仕方がない。
でもどう見たってやっぱり顔色が悪い。


「武藤さん、玲奈さん体調悪そうなんですけど…」

「ああ、そうだな」

「そうだなって…帰らせた方がいいとか思わないんですか!?」

「本人がやるって言うんだから仕方ないだろ?」

「そうですけど…」


武藤さんの言う事には一理ある。
本人が大丈夫と言っている以上、オレに止める権利はない。
でもだからといって、このまま体調の悪そうな玲奈さんを放っておけるオレでもない。

しかも玲奈さんはマネージャーだし選手と違って無理してまで部活に来る必要もない訳だ。
よく見ると心なしか足取りもフラフラしてる気がするし……。

「あ〜、もう!」

オレはガシガシと頭を掻くと、覚束ない足取りで体育館を出ていく玲奈さんの後を追いかけた。


「玲奈さん!」


慌てて駆け寄ると玲奈さんは水呑場に手をついて身体を支えている所だった。


「大丈夫っスか!?」

「ノブ?練習は??」

「玲奈さんがフラフラしてんのが気になって練習どころじゃ無いですよ!」

「ああ、ゴメンね。ちょっと寝不足で…」


玲奈さんは笑顔を浮かべているが、その笑顔が作りモノだという事くらい鈍いオレでもよく分かる。


「もう帰った方がいいですよ?」


これ以上は見てられなくてそう言ったのに玲奈さんは相変わらず「大丈夫」と同じ台詞を繰り返すばかりだ。


「何ならオレ、送りますから」

「本当に大丈夫!」

「でも…そんな身体じゃ」

「大丈夫だってば」


そんな押し問答を続けていると、背後から野太い声が響いた。


「清田」

「牧さん!」

「こんな所で何をしている?」


牧さんは極めて静かな口調だったが、その硬い表情や腰に片手をかけた姿勢からは怒っているのだと見てとれる。


「玲奈さんが具合悪そうだから…」

「だからと言って練習を抜けていいのか?」

「いや…それは……」


畳み掛けるような牧さんの口調にオレは口篭ってしまった。

どんな理由であれ練習中に抜けるのは良い事とは言えない。
それは分かっているつもりだが、ケースバイケースって時もあると思う。

口にはしないながらも悶々としていると、注意の矛先がオレではない所に向けられた。


「玲奈も玲奈だ。選手の気を散らせるのなら帰ってくれ」


そんな……。


「牧さん、そんな言い方は無いでしょ!」


咄嗟に玲奈さんを庇ってしまった。
いつもなら牧さんに逆らうような事はしないのに今回は別だ。
だけどそれは余計に牧さんの神経を逆なでしたようで…。


「やる気がないのならお前も帰れ!」


今度はしっかりと怒鳴られた。
ゲンコツを落とされなかっただけマシかもしれない。


先に体育館へ戻って行く牧さんの背中を見送りながら、オレはどうしようもなくやるせない気持ちになった。


「ひど過ぎますよ…」

「ノブ?」


うなだれて声を落とすオレを玲奈さんが心配そうに覗き込む。


「…玲奈さんは牧さんのどこがいいんスか?」

「何?急に…」

「あんなバスケ馬鹿のどこがいいんですか!」


確かに牧さんはバスケは上手いし言動だって大人だし、オレが見たってカッコイイと思う。
でも……。


「これじゃあ玲奈さんが可哀相過ぎます!!」


急に声を荒げたオレに玲奈さんは何も言わなかった。


「オレなら……」


自分が何を言おうとしているかを分かっていない訳じゃない。

だけど……。


「オレだったら……」


こんな事言ったらたぶん後悔するって事も分かってる。
それでもオレは止まらなかった。


「オレだったら玲奈さんに辛い思いなんかさせません!!」





「元気ないな」

「え……別に……」


あれから練習に戻ってはみたものの気が晴れる訳もなく、むしろ前よりも気分は沈んでいた。

練習が終わってから見兼ねた武藤さんに背中を叩かれたけど、そんなんで元気が出るほどオレも単純ではないらしい。


「玲奈の事か?」

「………」


玲奈さんの名前を出された途端に黙ってしまうのは、質問にイエスと答えたのと同じだ。

すると武藤さんもやっぱりなって顔をしながらため息をついた。


「だっておかしいじゃないですか…」


価値観は人それぞれだが、彼女よりもバスケを優先させるなんてオレには納得出来ない。

それなのに玲奈さんは……。


『ありがとう、ノブ。でもね……』


ふと水呑場で玲奈さんに言われた言葉を思い出してぶんぶんと頭を横に振る。

違う違う!

あんなの玲奈さんが牧さんに気を遣って言ってるだけだ!

そうは思うのにあの時の玲奈さんの顔は穏やかで、嘘を言ってる風ではなかった。


「あ〜もう!!オレにはわかんねーっスよ!」


頭を抱えるオレを見て武藤さんは笑っている。

「何がおかしいんっスか!」


半分八つ当たりに近い状態で睨んだのに武藤さんは気にもとめず、むしろ簡単にオレのモヤモヤを解消してくれた。


「確かにお前からしたら冷たいように見えるかもしれないけどな、あれは牧なりの玲奈に対する配慮なんだよ」

「配慮?」


無理して練習に来た人に冷たくする事のどこが?
まして玲奈さんはマネージャーだし、牧さんの彼女でもあるのに配慮なんて言われても意味がわからない。

だけど武藤さんの言葉はとても簡潔にオレがいかに浅はかだったかを思い知らせた。


「お前はまだ1年だから分からないだろうけどな、玲奈だって3年だぞ?」

「そうですけどマネージャーなんだし体調が悪い時くらい休めばいいじゃないですか」

「それが違うんだよ」

「え?」


思わずポカンと口を開けたオレに武藤さんが続ける。


「玲奈もここまで一緒にやって来たんだ。選手だろうがマネージャーだろうが気持ちは変わらないはずだろ?」

「……あ」

「そう。悔いを残したくないのは玲奈だって同じって事だよ」


そういう事だったのか…。


『ありがとう、ノブ。でもね、これでいいの』

『そんな…これじゃ玲奈さんが……』

『大丈夫、紳一は私の事ちゃんと考えてくれてるから』

『考えてるなら余計あんなひどい言い方はないじゃないですか!』

『そうかな?ほら、叱咤激励って言葉もあるじゃない』

あれはこういう意味だったんだ。


「ああ見えて牧はちゃんと玲奈の事考えてるよ。ほら…」


武藤さんに促されて視線を追えば、そこに玲奈さんの隣に並ぶ牧さんの姿があった。


「体調はどうだ?」

「うん、大丈夫」

「送るから着替えたら待ってろ」

「でも自主トレは…」

「一日くらい構わんさ。オレもたまには身体を休めないとな」


練習中には心配している素振りなんて全くなかったのに…。
それが玲奈さんの為だなんて。


よくよく考えてみれば二人はいつもそうだった。
玲奈さんは牧さんの負担にならないように配慮しているし、牧さんはそんな玲奈さんの事をよく理解している。
それはたぶん逆の場合も同じ事なのだろう。
体調が悪くても部活に出たいっていう玲奈さんの気持ちを理解して、それで止めようとしなかったんだ。


やっぱり敵わないな…。

二人の関係は隙もなく築き上げられていて、オレなんかが心配しなくても壊れる事なんてないんだ。

そんな関係を羨ましいと思う反面少し悔しくもあるが、少なくともオレじゃ牧さんに勝てる気なんてしないから、この気持ちは気の迷いって事にしておこう。


寄り添う二人に背中を向けて少しセンチメンタルな気分のオレ。

でもこれで良かったんだと改めて思って帰ろうとしていると、再び二人の会話が耳に入ってきた。



「昨日は無理をさせて悪かったな」

「本当、試合前なのに張り切り過ぎるから…。おかげで寝不足でフラフラする」


ん?何の事だ?


「仕方ないだろう。広島に行けば何も出来ないんだから」


……………まさか。


「紳一のエッチ…」


やっぱり…。
心配してたオレって何………?


………もうやめよう。
今度こそこの二人に関わるのは絶対にやめよう。


そう決意して荷物をまとめていると、途端に背筋が凍りつきそうになった。


「ノブ…」


まさか……この声は……。


「玲奈さんに告白したんだって?」

「…神さん……」

「まだ懲りてないみたいだね?」


笑顔が超怖いんですけど……。


どす黒いオーラを放つ神さんを前に、明日からの地獄の日々を考えると途方に暮れるしかないオレだった。



『やっぱりあんな事言うんじゃなかった…』



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