09 呼吸 3


 ――俺は、玲奈ちゃんが、好きだ――


「へ……えぇっ!!?」


 玲奈は今聞こえた言葉に仰天して声を張り上げた。数秒経ってから、頭の中に言葉の意味がじわじわと入り込んでくる。


 牧さんが、私を、好き・・!?


 玲奈は右手を胸の前で握って牧にくってかかった。


「ま、牧さん!私達この前2年振りに再会して、それで今日また会っただけですよ!?」

「ああ」

「それで好きだって……勘違いですって!牧さんは私が聡兄の妹だから、それで気になってるだけですよ!だから、好きとかじゃ……!」


 玲奈は顔を真っ赤にして訴える。とにかく全力で否定したかった。自分のペースを乱しまくっているのも承知の上だ。


「……玲奈ちゃんが高校生になってからは会ってなかったけど、俺は玲奈ちゃんが中3の時から知ってる。でインターハイで再会して、今日……それで十分じゃないか?」

「じゅ、十分って……!!」

「それに俺は玲奈ちゃんがどんな子か、ちゃんと知ってるつもりだよ。どこまでも頑張り屋で、負けず嫌いで、ひたむきで、素直で、―嬉しい時は太陽みたいに笑う子だって」

「……ま、きさん」

「今日もずっと気になってた。笑ってるけど、笑ってない――。玲奈ちゃんはもっと心から、笑う子だから。無理してんじゃないかって」


 そう言うと牧は、玲奈の膝の上で握られている左手に自分の手をそっと重ねる。玲奈は一瞬身体をビクつかせた。


「……さっき同情じゃないか、って言われた時、考えたよ。本当にそうなのか、って。でも俺の中で答えは違った。それで、気付いた。たとえ怪我してなくても、玲奈ちゃんと一緒にいたい。離したくない、って思った。だから――」


 牧は玲奈の肩に手をやり、ゆっくりと自分の方に引き寄せた。とん……と玲奈の額と牧の胸がぶつかる。


「……俺の前で、無理に笑わなくていい。玲奈ちゃんに、一人きりで泣いてほしくないんだ。俺が、受け止めるから……」


 牧の言葉ひとつひとつが、玲奈の心にじわじわと染み込んでいく。さっきまでの興奮状態が嘘のように、トクン、トクンと心が落ち着いて、緊張が解けていく。

 そう感じた途端、玲奈の目から一筋の涙が伝った。泣いたら駄目だと思っていたのに、一旦溢れだしてしまったら、もう止まらない。


「……うー・・っ……」


 玲奈は牧のTシャツを握りしめ、泣きじゃくった。










 どれだけ長いことそうしていただろうか―。玲奈が泣いている間も牧は玲奈の背中を優しくさすっていた。玲奈はこんなに泣いたのは初めてじゃないかという位だった。涙も止まり、落ち着きを取り戻すと、おずおずと牧の胸から抜け出す。


「……すっきりした?」

「……はい。ありがとうございました。あと、ごめんなさい。服、汚しちゃって……」


 牧のTシャツは、胸の辺りが玲奈の涙で濡れていた。


「ああ、いいよ。これくらいすぐ乾く。――そろそろ行こうか?駅まで送るよ。あんまり遅くなると電車混むから」

「……すみません。なんか、何から何まで……」


 牧と玲奈は立ち上がって歩き出す。少し歩いたところで、牧は玲奈の方に向き直った。


「玲奈ちゃん、さっき俺が言った事だけど……」

「さっき?……あ、ハイ……あの……」

「返事は急がないから、考えてみてくれないか……俺との事」

 
 玲奈は牧の顔を見つめてから、静かに頷いた。


「……牧さん、来週は練習あるんですか?」

「来週は今日と同じ時間だけど?」

「じゃあ私、来週またここに来ます。その時牧さんにお返事します。練習終わったら、来てくれませんか……?」

「ああ、分かった」



 ――来週、この場所で――




2011.11.10


 


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