08 呼吸 2
――泣いてるんじゃないかと思って。
そう言った牧の顔は、いたって真剣だった。
「……泣いてないですよ?」
玲奈はきょとんとした様子で、首を少し傾けて言った。
「足の事で心配かけてしまってるみたいで、すみません。でも本当に大丈夫ですから。ある程度は覚悟してましたし。優しすぎますよー。牧さん」
玲奈がどんなに笑顔で言っても、牧の表情は先程と変わらない。
「――海も見れたし、そろそろ帰ろっかな!牧さんの彼女が誤解しても困るし」
「……俺、彼女いないよ」
「――彼女いなくても、牧さんに思いを寄せてる子は沢山いると思いますよ。そういう子達がショック受けても可哀想だし。こんなトコで2人でいたらすぐ噂になっちゃいますよ。牧さんに迷惑かかっちゃいます」
玲奈は杖をついて立ち上がった。しかし牧は一向にその場を動く気配がない。玲奈は少し困惑した。
「――牧さん?……帰らないんですか?失礼ですけど、電車の時間もあるんで私先に帰りますね?」
玲奈は心配して来てくれた牧を置いていくのは申し訳ない気持ちで一杯だったが、一刻も早くこの場を立ち去りたかった。
――自分が自分じゃ無くなる――。ギリギリのところで踏み留まっている自分が壊れそうな気がしてならなかった。
杖を一歩前に出して、海岸の出口まで歩いていこうとした、その時。
玲奈は左手首をぐっと掴まれ、歩く方向とは反対に引っ張られた。牧に。
バランスを崩した玲奈は、杖を落としその場に倒れこんだ。倒れこむ直前、牧が玲奈の身体を支えた。―牧の腕が玲奈の背中に回り、抱き締める格好で――。
これには玲奈もびっくりして「牧さんすみません!」と言うと同時に、牧の身体から逃れようと腕を突っ張った。
が、牧から強い力で抱き締められる。突っ張った腕も牧の胸の中で小さく曲げられ、玲奈の目の前は牧のTシャツ一色になった。
残暑の暑さなのか、密着からくる熱さなのか。玲奈は体温がどんどん上昇していくのを感じていた。
何故自分が抱き締められているのか分からない。どうして牧さんが私を抱き締めているのか――。
「……こうすれば誰にも顔見られないだろう?」
「え……?」
「泣いてる顔を、俺に見られることもないから」
玲奈はようやく理解した。ああ、この人は私に泣き場所を提供しようとしてくれてるんだ。
でも、駄目だ。私自身が、駄目になってしまう。――だ、め、だ――
玲奈は牧が油断している隙をついて、力いっぱいに牧の胸を押し返した。
牧は少し驚いたが、黙って玲奈を見つめる。玲奈は腕もそのままに、頭を下げたまま声を絞り出す。
「……牧さんは、私が可哀想だから、ほっとけない、んでしょう?前から知ってる子が弱ってて、仲良い先輩の妹で、だから―。目の前に弱っている子がいたら、誰だって慰めないと、って思うし。でも私、同情なら、要らないから……」
玲奈は顔を上げたら今にも涙が零れそうで、泣くまいと必死だった。
「……同情、か……」
牧がポツリと呟く。
「……そうですよ。もう、こういう事、しないで下さいね……?」
玲奈は腕をゆっくりと下ろし、顔を上げようとした。
「……同情じゃあ、ないよ」
「え……?」
「……今玲奈ちゃんに言われて、分かった。今、自覚した―」
「?何を……?」
「俺は、玲奈ちゃんが、好きだ」
思わず顔を上げた玲奈と、牧の視線がぶつかった。
2011.11.7