07 呼吸 1
「わー……気持ちいいー……」
玲奈は海南を訪れた後、海に来た。海南から海までの道を安藤先生に聞いたら、人があまり来ない穴場スポットまで教えてもらった。砂浜まで降りるのに階段しか無くて多少難儀したが、階段から少し離れた位置に腰を降ろして足を伸ばす。杖をついて砂浜を歩くのも大変だったため途中で断念した。
夏休みは終わったというのに泳いでる人はちらほらいる。波乗りする人、散歩する人、波打ち際で遊ぶ人……波の音を聞きながら、それらを見ているだけでもリラックスできた。風が潮の香りを運んできて髪を揺らす。
玲奈は近くに落ちていた小石を拾い上げて、左足にコツン、と落とした。
「……覚悟はしてたけど、いざこうなると結構キツいなあー……」
誰に聞いて欲しい訳でもなく、独り呟く。
リハビリのこと、バスケのこと、今後のこと――。頭の中をぐるぐると駆け巡るが、一向に答えは出ない。焦っても仕方ないのは分かっているが、前に進もうと頑張っているのに進まない現状に苛立っているのは確かだった。
「家の近くに海があったらなーいつでも来れるのに……」
後ろ手をついて海を眺める。いくら見ても飽きない。ずっとこのまま見ていたい。帰りたくない――。
そう思った時、左のほっぺたに水分を含んだ冷たい感触がした。
「冷た……!」
驚いて左を向くと、スポーツドリンクが入った500mlペットボトルを持った牧が立っていた。玲奈は呆然と牧を見つめた。
「……牧さん……?何で此処に……」
牧は日差しを背に受けてにっこりと笑っている。
「練習終わった後安藤先生に出くわしてな、玲奈ちゃんに海までの道教えたっていうから、いるんじゃないかと思って来たんだ。……邪魔だったか?」
「いえ……びっくりしただけで」
「じゃあ、隣座ってもいいか?」
「あ……はい、どうぞ」
牧は玲奈の左隣に腰をおろすと、ドリンクを差し出した。
「飲んだ方がいいぞ。あげる」
「……ありがとうございます。私払いますから―」
「いいよ。俺が勝手に買って来ただけだから、もらって」
そう言うと、牧は海を見つめた。それ以上何も言わなかったので、玲奈は貰ったドリンクを開けて飲み、海に目を向ける。
「いいな。海見てるとまた波に乗りたくなる」
「え、牧さんサーフィンするんですか!?」
「あぁ。趣味でな。気分転換にもなるし」
「へぇ……凄い!いいなあー。海が近くにあるって、ホント羨ましい」
「玲奈ちゃんがやる気あるんだったら、教えようか?足治ったら―来年の夏ぐらい?になるかな」
その言葉を聞いた玲奈は一瞬固まった。目線を膝におとして、声色が変わらないように注意して言葉を紡ぐ。
牧さんが変に思わないように。
「……牧さん。私の足、リハビリしても普通に歩けるようになるのがやっと、って言われちゃいました」
牧が目を見開いて玲奈を見つめた。玲奈は牧を見てふふっと笑いながら人差し指を唇にあてる。
「牧さんに特別に教えちゃいました!皆は知らないから内緒にしてて下さいね?」
牧はああ、と言って一瞬海に目をやり、玲奈に視線を戻す。
「でも私諦めてないですよ?バスケまたやりたいから、出来るようになるまで絶対!私が常識を覆してみせる!負けてられないですよ」
玲奈は笑顔で胸の前で握りこぶしをつくった。牧と玲奈の目が合い、牧が口を開く。
「……玲奈ちゃん、俺が此処にきたのは、理由があるんだ。ある事が気になって」
玲奈は首を傾げた。
「――?何ですか?」
「―玲奈ちゃんが、独りで泣いてるんじゃないかと思って」
牧の真剣な眼差しを前に、玲奈は動けなくなって牧を見つめた。
2011.11.2