06 海南
「……玲奈ちゃん、どうして此処に?」
驚きと、身体から汗が吹き出るのをおさえられずに牧が尋ねる。
「女子バスケ部監督の安藤先生に用があって来たんですけど、この体育館にいるって聞いて」
「――ちょっと待ってて。呼んでくるから」
そう言うと、牧は体育教官室に向かった。
「え、牧さん私が行きますから!練習中……」
牧は体育教官室の扉をノックし中に入ると、しばらくして出てきた。牧の後ろから若い男が姿を見せる。30代後半位で背が高く、女子生徒に人気がありそうな二枚目だ。
「お〜兵藤さん、待ってたよー」
玲奈はその男の方に寄って行くと、肩に掛けていたバックからA4サイズの封筒を取り出し、ずいと安藤の目の前に突きだした。
「うちの監督、成ちゃんからのお届け物です」
少し怒気を含んだ声で玲奈が言う。
「遠い所わざわざどーもね。成宮に返さなきゃいけない書類があるから、ちょっと待っててくれる?教官室は男臭いから、男子の練習でも見ながらでいーから」
安藤は封筒を受けとると、教官室の扉を開けながら玲奈に向かって言った。
「教官室が臭いのなんて全校共通だから別にいいんですけど」
「……なんか怒ってる?文句は俺じゃなくて成宮に言えよ?病院帰りで暇な部員を派遣する、って聞いてたんだから、こっちは」
「……気にしないで下さい。海南の練習見させてもらいます」
安藤が教官室に消えると、玲奈は牧の練習を中断させていた事を思いだし、隣にいた牧に頭を下げた。
「牧さん、練習の邪魔してすみません」
牧は玲奈に笑いかける。
「いいよ。俺は練習戻るけど、ボールが来ない所で待ってた方がいいな。何処がいいかな」
キョロキョロと辺りを見回すと、男子バスケ部監督の高頭が玲奈に向かって手招きしていた。
「……じゃあ監督の側に行くといいよ。……足、大丈夫?」
牧は玲奈の左足と、杖をついている姿を見て問いかけた。
「大丈夫です」
その言葉を聞いてから、牧はコートに戻っていった。
玲奈と高頭監督が隣に座って談笑しているのを見て、海南男子バスケ部員は何となく落ち着かない気分になった。程なくして監督から休憩が告げられる。
その場に倒れ伏す者、水分補給する者といたが、ひとりもの凄い勢いで玲奈に向かって走ってくる。
「玲奈さんっ、はじめまして!!俺1年の清田信長っていいますっ!」
嬉々として玲奈に話しかけるが、玲奈はあ、はいとしか言いようがなかった。はじめましてってことは初対面だよな、でも私の名前を知っている?あ、牧さんに聞いたのか、と色々考えていると、がしっと左手を握られて清田の両手で包まれた。
「玲奈さん、インターハイの決勝見ました!マジ凄くて、俺感動しました!」
手を強く握られる。なんか純粋な子だなあーと思いながら聞いていると、
「……清田、手を離せ。玲奈ちゃんびっくりしてるだろう」
いつの間にか牧が玲奈の近くにいた。清田はすっすみません!と慌てて手を離す。
「玲奈ちゃん、今日何でここに来たの?」
清田に言った口調とは一転して、優しい口調で玲奈に尋ねる。
「なんか成ちゃん―うちの監督と、安藤先生って大学の先輩後輩らしくて。インターハイ決勝のテレビ放映見た安藤先生が成ちゃんに連絡して、今度練習試合する事になったんです。今日はその関係書類を渡しに来たんです」
牧と清田はへえ、と頷くと、高頭から集合の合図が聞こえた。2人は玲奈に声をかけてから急いでコートに戻る。
その直後に安藤が玲奈の元に近寄り、海南ロゴが入った封筒を差し出す。
「おーい。待たせたな。兵藤さん、はい、これ。成宮に渡しといて」
「……はーい。臨時便はもうこれっきりにして下さいね」
「へいへい。成宮にも同じ事言っとけよ」
2人して苦笑しながら言葉を交わすと、ふいに玲奈が真面目な顔をして安藤に尋ねた。
「……先生、この後海見て帰ろうかなって思ってるんですけど、簡単に道教えてくれませんか」
安藤としばらく話した後、玲奈は海南を後にした。
2011.10.28