休日の勝利
今日は日曜日。私は何ヶ月振りだろうか、部活が休みになった健司の家に遊びに来ている。
私と健司――藤真健司は翔陽高校の同級生だ。2年の時に同じクラスになり仲良くなって、3年に進級する前に私から告白した。
翔陽の藤真といえば、「バスケが上手くて並々ならぬ美少年」といって他校の女子でも知っているくらいの有名人だ。彼女になりたい女子はこぞって告白し、玉砕した者は数えきれない。
健司は今まで彼女がいない訳ではなかったが、長続きはしていなかった。彼女が先にリタイアするのだ。デートもできない、会えない―寂しさに耐えかねて別れるといったパターンで。
健司はバスケットの強豪校といわれる翔陽のエースで、監督も兼任している。忙しくない訳がない。
私は同じクラスで健司の忙しい様はいつも見てきていた。なので告白する時も、付き合いたいなんてムシの良いことは思ってなかった。ただ私が貴方を想ってたんだよ、って知ってもらいたかっただけだった。
まさか「好きです」って言ったら、「じゃあ付き合おっか」て言葉が返ってくるとは思わず、固まったのは今でも鮮明に覚えている。
彼女になっても私達の関係は相変わらずだった。3年になってクラスが分かれたので、授業の合間の休み時間にちょこっと話してバイバイの毎日。電話はするようになったが毎日ではない。変わったのは健司のファンの女の子達に後ろ指さされて白い眼でみられる事くらいか。
健司に対して何も期待しない、と思ってたのに、いざ彼女というポジションに収まると欲望が湧き上がってくる。私も他の女の子と何ら変わらなかった。でも別れたいとは思わない。バスケで忙しいのはどうしようもないことだし、健司は悪くない。私を動かしているのは「健司が好き」という気持ちひとつだ。
今健司の部屋にいても、彼は机に向かって練習メニューなどバスケ部関連の書類を作成をしている。いつ終わるんだろう・・と思いながら彼のベッドに横たわって後姿を見た。
彼女になって不満はあっても、同じ部屋にいて健司の後姿をずっと眺めるだけでも良い。同じ空間にいれるだけで幸せ。確かにそう感じる。
私は部屋の本棚からハードカバーの小説本を一冊手に取ると、横になったまま読み始めた。
「―玲奈」
私を呼ぶ声がする。目を開けると健司が私の顔を覗き込んでいた。
「……寝てた?私」
「ああ。ぐっすりと。そんな眠かったか?その本」
「最初の方読んで、それから内容覚えてない……」
「待たせて悪かったな。こっちは終わったから」
寝顔を見られたことに恥ずかしさを覚えつつ、起き上がった。机の書類もすっかり片付いていた。
健司はベッドに腰を下ろし、私の隣に座った。いつもより近すぎるその距離に少し緊張する。
「……いつも悪いな。俺のやる事ばかり優先させて」
「……いいよ。健司が悪いんじゃないし。文句は翔陽の理事にでも言うわ。早く新しい監督就任させろって」
本当に思った事を言うと、健司は軽く笑って私の顔に触れた。びっくりして顔を上げる。
「―玲奈、浮気すんなよ」
「……どうしたの。突然。してないよ?」
いきなり何を言い出すのかと、首を傾げた。
「俺、バスケであんまり構ってやれてないから。前に付き合ってた奴らはそれで別れたけど、玲奈は離したくない。落ち着くんだ、玲奈と居ると」
まさか健司がそんな事を言うとは思わず、嬉しさよりもびっくりが先だった。
「……私に気使わなくていいよ。健司は今のままで良いの。それが健司だから」
自分で吐いた言葉に、改めて納得する。再確認する、自分の気持ち。
「別に気は使ってない。こんなチャンス当分来ないかもなと思って。今度いつゆっくり会えるか分からないからな」
嬉しい気持ちが一気に現実に突き落とされる。そりゃ翔陽の監督が言ってるんだからそーなんでしょうね。
少しガックリしている私を見て、健司は微笑すると、私の右耳辺りに手をやって髪を耳にかけ、私の顔をくいと、持ち上げた。
健司の顔が近付いて、唇と唇が触れ合う。
軽くついばむように、何度もキスをした。健司の唇が私の下唇をそっと包むようにくわえて離したり。
「……何処か行くか?」
私の背中に手を回して、額と額をくっつけあって健司が尋ねる。私は健司の首に抱きついた。
「―嫌。ここがいい。何処にも行きたくない。この部屋がいい」
少しの沈黙の後、健司が耳元で囁く。
「……じゃあ、玲奈を俺の好きにしていいんだな?」
私の答えは当然、決まってる。
「……ん、いいよ……」
こういう時だけは、彼に振り回されるのも悪くない―。健司に押し倒されながら、そう思った。
(相互サイト『夏恋』まり様リク)
2011.10.22