HLに憧れて@


「はい、確かに。お疲れ様です」

「っはぁー…終わったぁ……今回はほんっとに疲れましたよ…」

「最近益々忙しくなってますもんねえ。今書いてもらってる連載に加えて雑誌のコラムも書いてらっしゃるんでしょう?」

「ええ。まぁそっちは不定期だし自由度も高い雑誌なんで半分趣味でやってるようなものですよ。主に大変なのはこっちの方ですから…」

「まぁこの小説を待ってる人達が日本には沢山居るんですから生き甲斐のある仕事じゃないですか。日本じゃ苗字さんの翻訳は作風の世界を壊すこともなく原作そのものを読んでいるようだって人気なんですよ」

「ははは、そんなに煽てても何も出ませんよー」

「お世辞じゃないですって。じゃあこれで打ち込みしておきますね」

「はーい。お願いしまーす」


異界と現世の交わる超・異常都市、HL。
その42番街にある出版社に翻訳し終わった原稿を届け終わった私は足早にゲートを抜けて夜の風の生ぬるさと霧が立ち込めるHLへと戻った。
この街で翻訳家生活を初めて二年と少し。テレビでその日の生存率がまるで天気予報みたいに流れる異常な光景にもずいぶんと慣れた。
いつ死んでもおかしくない世界一危険な街でも住んでみれば良い所だってたくさんあるもんだ。


「やぁ!名前」

「え……って、スティーブン!?」

「おいおい、そんなに驚かなくたっていいだろう」

「いやいやいきなり後ろから声かけられたら誰だってびっくりするって…。あ、ネクタイって事は仕事帰り?」

「まぁね。君は外に出てきている所を見ると仕事がひと段落ついたようだな」

「やーっと書き終わってね〜。原稿スキャンして本社に送って原本もさっき支社に出してきたとこ」

「お疲れ様。どう?脱稿祝いに一杯」

「飲む飲む!!っしゃー久しぶりのお酒だ〜〜!!」

「今日は前回みたいに飲み潰れないでくれよ〜?君は極限に酔っぱらうと他人に絡む癖があるからなぁ」

「まぁそこもご愛嬌ってことで」

「じゃあ行こうか。向こうに車停めてあるから」

「はーい」


異界人か行き交う道の隅に停められている黒塗りの車の助手席に乗り込めば上質なシーツに体が沈む。
私の友人であるスティーブンとはこうして頻繁に顔を合わせては食事をしたりだらだらとくだらない話を楽しんでいる。
自称サラリーマンだとか言ってるけどどう見たってカタギの人間じゃないんだよねえ。
色男だし何度か綺麗な女性を連れて歩いてるのを見た事があるし、いったいどんな危ない仕事してんの〜?と茶化しても笑って誤魔化すので本当のところは謎のままだ。
一見何を考えているか分からないような人だけど一度腰を据えて話をすれば案外分かりやすい性格をしているし、冷たいように見えて情に熱い良い友人なのだ。


「っあ〜〜美味しい…このために生きてると言っても過言じゃない…」

「大げさだな〜君は。それにしても今回の仕事は偉く時間がかかったな。スランプってわけでもなかったんだろ?」

「作者が逃亡しちゃってしばらくやり取りができなかったんだよね…そのせいで発売日も遅れるわでてんやわんやだったよ」

「そいつはご愁傷様だな。でもしばらくはゆっくりしてられるんだろう?」

「うん。荒れ放題の部屋の片づけしないとな〜。あー、あと買い物にも行かないと冷蔵庫も空っぽだった…」

「仕事に集中すると生活が疎かにになるのは君のダメな所だよな〜。そんなんじゃ身が持たないぞ」

「スティーブンだって忙しい時は何徹もするんでしょうが〜。スティーブンにはヴェデットがいるから良いけど私にはそんなお手伝いさんも居ないから仕方ないんですぅー」

「ははは…返す言葉もないな。仕方ない、明日の夕飯くらいは作ってやろう!」

「ほんとに!?やったぁーー!!スティーブンの料理久しぶりぃー!」

「20時には君の部屋に行くからそれまでに荒れた部屋を片づけておいてくれよ?あの狭い部屋が更に狭くなってるだなんて料理どころじゃないからな」

「片づける片づける!!お待ちしておりますよスティーブン先生!」

「美味しすぎて腰を抜かすようなのを作ってやるよ」


にやりと不敵に笑う彼の表情に私も負けじと笑う。
紳士ぶってるくせにまるで生意気な少年のような顔をするのがおもしろくてたまらない。


「むふっ。やっぱりスティーブンと一緒は楽しいな〜。現時点で私の一番幸せな時間だよ」

「……」

「あれ、何その顔」

「…君ってやつは…。誰にでもそんな事言ってるんじゃないよな…?」

「そりゃそうだよ!私の親友はスティーブンただ一人!」

「おいおい、それはそれで寂しすぎるだろ。でもそうだな、俺だって君と同じように思ってるかもな」

「かもって何なの」

「かもはかも」




2015.10.21
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