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「釣れないねぇ」
「うふふ、釣れないね」
一面銀世界の氷上の上。
硬く凍った湖の氷に穴をあけ小さな釣り糸を垂らしてから、かれこれ30分はたとうとしているが一向に釣れる気配も無い。
「ポイント間違えたかな〜。釣れる時はほんとに入れ食い状態なんだけど」
「早く食べたいなぁ。僕もうお腹ペコペコだよ」
「イヴァン昼ごはん食べてこなかったの?」
「うん…ナターリヤが用意しててくれてたんだけどなんていうか…食欲がわかなくて…」
「折角可愛い妹が作ってくれたのに?」
「実の妹が達筆な時で兄さんラブって書いてあるオムライスを持ってこれを食べて合体しましょうなんて迫って来ても君は食欲沸くの?」
「うんごめん私が悪かった。相変わらずバイオレンスな妹君で…」
「うちは姉さんもあんなだからさ…。でも分かってくれる人が居てくれて嬉しいなぁ」
「お金持ちのお宅も大変だねぇ…」
哀愁漂う背中をポンポンと叩けばイヴァンが嬉しそうにウフフと笑う。
吐いた真っ白な息が青い空に消えて、静まり返った氷の上に響くのは私達の声と時々聞こえる氷の唸るような音だけだ。
「名前君が面白い所に連れてってくれるって言うからどんなところかと思ってたけどまさかワカサギ釣りだったなんてね」
「あはは、ごめんつまんなかったよね〜。全然釣れないし」
「ううん、釣りなんて初めてだからすっごく楽しいよ!氷に自分で穴を開けたり釣り針に餌を付けたりするのも全部初めてなんだぁ。いつも誰かが何もかもをやっててくれたからね。こうやって自分で何かをするって楽しいよ」
「イヴァンが楽しいなら良かった」
「名前君は色んな事を教えてくれるよね。僕が知らない事を沢山知ってる」
「そうでもないよ?生きてる魚は調理できないし、私」
「え…じゃあこれ釣れたらどうするの?この場で食べるんだよね?」
「任せたよイヴァン!!」
「えええ〜!?ぼ、僕自分で包丁も持ったこと無いのに!」
「大丈夫、ワカサギはそのまま揚げて食べられるから!さーっと衣にまぶして油にぶち込んでくれればいいんだよ!」
「ええ…はぁ…この僕にそんな事させられるのは君くらいだよ…」
「何事も経験が大事だよイヴァン君」
拗ねたように私を睨むイヴァンは子供のようだ。
普段は腹黒い雰囲気なんだけど二人きりの時はまるで子犬のように無邪気で可愛い。
「あれ?ね、ねぇ名前、これってもしかして竿引いてる?」
「んー…?おおー!引いてる引いてる!掛かってるよイヴァン!」
「ええー!ど、どうしたらいいの!?」
「そのままゆっくりレール回してー!おっ!私のほうも掛かった!」
「僕初めてなんだから手伝ってよぉ〜!」
「大魚釣ってるわけじゃないんだから一人で大丈夫だって!ほら早く巻かなきゃ!」
「ええー…!」
恐る恐る小さなレールを引けばぽっかり空いた穴から針に掛かった小さな小魚が釣り上げられた。
やったー!ワカサギ、ゲットだぜ!!
「つ、釣れたよ名前!」
「私も釣れた〜!こりゃ大群来てるよイヴァン!じゃんじゃん釣り上げよう!」
「う、うん…!」
また竿を落とせば掛かるのを待つ暇も無く竿が引く。これはまさに入れ食い状態!
さっきまで空っぽだったバケツはあっという間にワカサギでいっぱいになった。
「はぁ〜釣った釣った!」
「こんなに釣れるなんてビックリだよ…」
「じゃあ早速!揚げちゃお〜」
「揚げるのは僕だけどね」
「えへへ、お願いしますイヴァンさん」
「しょうがないなぁ」
嬉しそうに微笑むイヴァンに家から持って来た衣を渡しワカサギに塗してもい、一方で私は簡易コンロに火をつけて油を熱した。
「じゃあ行くよ」
「ひぃいい!おねがいします!」
「えいっ!…うわぁ〜、皆さっきまで元気だったのに一瞬で動かなくなっちゃった…」
「ぎゃあああやめてぇえええ実況やめてぇええ!!」
「うふふ。ねえ、どれくらい揚げればいいの?」
「衣が狐色になるまでだよー」
「これくらい?」
「うんうん、じゃあこれで救ってバットに移して…パラパラ〜っと塩をかければできあがり!」
「これだけだいいの?」
「うん!冷めちゃうから早く食べよう」
「はーい。いただきます」
「いただきまーす」
揚げたてのワカサギを摘み頭から齧り付く。
厚めでサクサクの衣に小さいながらもしっかりとしたワカサギの味がじーんと全身に染み渡った。
「おいしい〜!」
「わぁ、ほんとに美味しい…こんなに小さい子が美味しいなんて…」
「粘った甲斐があったね〜イヴァン。自分で釣ったから余計に美味しく感じるでしょ?」
「そうなのかなぁ。でも本当に美味しい…釣りって楽しいね。自分で釣って料理して食べるなんて想像もつかなかったけど、やてみるとすっごく楽しかったよ」
「うんうん。じゃあ次はサディクさんの漁船にでも乗せてもらおうよ。大きい魚釣ってその場で捌いてお刺身にして食べるのは格別だよ〜」
「でもやっぱり名前は魚捌けないんだよね?ダメな子だね君は」
「グフッ……痛いとこつかれた…」
「うふふ、しょうがないからダメな君の変わりに僕が裁いてあげるよ。包丁使う練習しないとなぁ…前にトーリスに教えてもらおうとしたら彼必死にやめてくださいって泣いて包丁に触らせてくれなかったんだよ。次は姉さんにお願いしてみようかな」
「今トーリス君の気苦労を察した…。指切らないように気をつけてね」
「うん」
嬉しそうに頬を赤く染めたイヴァンが無邪気に笑った。
楽しんでくれてよかったなぁ。
残りのワカサギは半分こして持って帰ろう。今晩のおかずが一品増えて皆も大喜びだろうなぁ。
2014.9.25