「これ、落としたよ」

背後から掛けられた声に反射的に立ち止まる。とても聞き覚えのある耳に心地いいテノールは私の憧れの上司の声で、それを脳が理解した瞬間心臓がどくりと大きくはねた。とても綺麗な顔立ちで仕事も出来て優しくて若いのに部長という地位にまで上り詰めて、本当に何もかもが完璧で、当然会社の女子に騒がれている。騒ぐなんてことはしてないけれど、やっぱり私も憧れてて………好きで、ほんと声を掛けられただけでこんなに心臓ドキドキするなんてこれじゃあこの先どうしたらいいんだろう。そんなことを考えながら後ろを振り返る。顔を直視しないように目線は相手の胸元を見て、少しでも心臓を落ち着かせようとした。どうか顔が赤くなってませんように。
すっと手を前に出されたので足早に近付いた。開かれた手には小さなピアス。

「あっ、ありがとう…ございます」

どもりながらもお礼を言い、控えめに手を差し出した。手に置かれるのを待っていたけど、彼が動く気配がない。どうかしたのかな、と不思議に思い顔を上げると黒い瞳と目があった。どこまでも深く澄んでいてのみ込まれる。目が、離せない。その黒曜石のような瞳が細められた。口許にも笑みが浮かんでいる。私は、視線を外せずにいる。

「どういたしまして…そうだ、俺がつけてあげるよ」
「………え、っあ、いやそこまでしていただくわけにはっ」
「いいから、動かないで」

表情は変わらない。一瞬何を言われたのか解らなかったけど、遅れて脳に届いた情報に慌てて否定をした。そんなことをして貰ったら今日は仕事どころじゃなくなってしまう。そんな私の気持ちに気付いているのか気付いていないのか、私の言葉を意にも介さなかった。顔立ちは中性的で綺麗だけど意外と男らしい彼の節だった指が頬をかすめ、私の髪を優しく耳に掛ける。それが恥ずかしくてくすぐったくて、思わず吐息が漏れた。いつもよりうんと近い距離に彼がいることが耐えきれなくてぎゅうっと目を瞑る。カチリと金属がぶつかる音がして、ピアスがつけられた。名残惜しげに最後、するりと耳を撫でられ髪を元に戻された。心臓が壊れそうなくらいに激しく動いている。もう何も考えられない。

「うん、綺麗だ。とても似合ってる」

そう言いながらにこりと更に微笑んだ。彼は善意でつけてくださったのだ、わかっている。お礼を言わなければならないこともわかっている。だけど、体が上手く動かせない。別人の身体みたいだ。彼の顔から笑みが消えて一歩、私の方に近寄った。肩に手の重み、耳に吐息、いつもより低いテノール。




「このまま、奪ってしまいたいよ」


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テーマ「人外ファンタジー」
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