夢小説 | ナノ

Trojandeath



▼ スマイル夢「u星より愛をこめて」

 最初は何を企んでるんだろうと思った。人の笑顔の裏には必ず何かがあると思っているから。だけど今この目の前にいる彼には、そんなの考えたってムダだと思わされる。

「やっぱりギャンブラーZはここの肩のフォルムがさ…」
「14話の敵のセリフが!」
 ファミレスの横長の窓に熱心に話し合う二人が切り取られる。
「カレーライスのお客様ー。」
「ア、ハイこっちこっち〜。」
 ごゆっくりどうぞと軽く会釈し去る店員。彼の前には既に3皿分のカレー皿が積まれている。胃袋破裂せんのだろか。
「Zさんてさ……いつもカレーばかり食べません?ほんとに好きなんですね。」
「ヒッヒ………カレーは酸素だからネ。」
 何言ってんだコイツと思いつつへぇーと流した。
「ギャンブラーZ大好き」さん、縮めてZさん。
 私は今は暫くSNSから距離を置いてるけど、前にギャンブラーZのファンアートという名の落書きを某サイトにアップしていたところ、彼が私の絵を見て何故か感銘を受けたらしく、それらをブックマーク、フォローしてくれた。そこからメッセージのやり取りに始まり、いつしか実際に会うようになっていった。
 普通ネットの人となんか危ないから絶対会わないけど、彼が限定版超激レアギャンZベースを持ってるというのだから仕方ない。どうしても実際に見たかったのだ。勿論安全の為に人の多い所でだけ会う、ファミレスみたいな。カラオケとかの個室には行かない。まあ彼に限って何もしてこないだろうとは思うが、念のため。自己防衛だ。

「いやぁ、やっぱ趣味の合う人とこうしてオハナシするとイイよねェ…なかなかいないからさ。残念なことに」
「確かに、私の側でもあんまり観てる人いないです。なんでかなー。貴重ですねぇ」
「これからも…末永くヨロシクね?ヒヒッ」
「よろしくです。」
 彼はこうして変な笑い方をする。気にはなるが嫌ではない。気になるけど。
 気になると言えば彼の容姿もなかなかだ。肌を青く塗り、全身包帯塗れで顔の左半分まで隠してしまっている。髪は真っ青、両耳ピアスで穴だらけ。パッと見でやばいと思われるのか、待ち合わせのときとか、彼の周りは余り人が寄り付かないから分かりやすい。別に関係ないからいいけどね。

 彼と別れ帰宅後、スマホを開き、イラスト投稿サイトへログイン。フォロワー欄からZさんのブクマを確認すれば、彼はまた他の人のギャンブラーZの絵をブックマークしていた。
 何で私だけを見ててくれないんだろう。
 いつもこう。別に異性だからではなくて、同性にもそう思って仕方ない。ほんとはこんなの見なければいいんだけど、どうしても気になってしまうのだ。
 皆ではなくて、特にコメントをくれ、私の作るものを好きと言ってくれた人にこうなってしまう。こうやって向いてないから出来るだけSNSから距離を置こうと、前より遠ざけてはいるもののそう思考は変えられない。
 他の人もそうだ。私の絵を好きと言ってもそれは「沢山居るうちの1人」で、他にももっと好きな創作者がいる。私の人生なんか何処にも無いから良いけど、私の作るものだけずっと見てて欲しい。本当に私の作るもの好きなんだろうか?常に不安になってしまう。
 有名で人気な人なんか燃やしてしまえたら、と願うことすらあるが、嫉妬ですら無いから救いようが無い。
 耐えられなくてアカウント見れなくなったり消したりまた復活させたり、そんなのばかり。何でこうなってしまうのだろう…。
 そうしていると、メッセージアプリが通知を告げる。見れば先程の彼から。動画みたいだ。「新しくギャンブラーの歌作ってみたんだ、聴いてくれる?」と。
 再生すれば、いつも通りの歌声とギターの音。適当にやってるようでいて確かな技術を感じる、私の好きな。
 返信する前に一度スマホを置き、ベッドになだれる。何だか…分からないが、なんかうやうやする。頭が霧がかったような、でも胸がどんどんするような感じ、なんか上手く言えないけど。落ち着かすため、目を閉じる。
 暫くそうしてると少しスゥッとして、再び起き上がり返信する。
「いつも通り、すごいです!素敵です。楽器演奏出来るのってやっぱり良いですね、羨ましいです」
「アリガト。嬉しいね……ヒヒッ(ギャンZの絵文字)」
 スマホを消し、またベッドにバタンする。何なんだろう。なんか変な感じ、人と関わるせいかな?モヤモヤというか不安なような、そんな風。なんか嫌だ。
 彼にはいつ嫌われるのかなあ。
 
 以前、ある人とネットで知り合った。彼女は少し歳下で、そして数年前から私の絵の熱心なファンだったと言う。私は飛び跳ねた。だが、いつしか些細なことで擦れ違い、彼女は私のことを憎むようになったらしい。そんなような絵や文をSNSに頻繁に上げるようになり、もう離れていたがそれをコッソリ見ていた私は酷くショックだった。
 それから暫くは、ネット上で誰とも関わりたくないししたくとも出来なかったし、絵も描けなくなった。
 その頃、ギャンブラーZのことを知り、観ていくうちに段々と楽しさを思い出し、また絵を描きたいと思えるようになった。チマチマネットにこっそりと流しているとき、彼、Zさんと出会ったのだった。

 駅構内の白い石の像の見える位置、壁際に立つ。彼はまだ来ないようだ。
「ポン。」
 唐突に肩を叩かれ、軽く跳ねつつその方向を見やってもそこはただ白い壁が見えるだけ。
「〜〜〜Zさん……!!」
「ヒッヒ〜。待った?」
「待ってませんけどやめてください!死ぬかと思った」
 ゴメンねえ、と言いつつ姿を現す彼は全く悪びれていない。
「あとそうだ、今日あんまり近寄らないでください。苛々してて…嫌なこと言いそうだから」
「えーー…怒ったの?」
「いえ、朝からちょっとイマイチで…。怒ってはないです」
「……ボク、キミのそーいうトコスキなんだよねえ。」
「そういうところ?」
「んーん。」

 よく彼はこうして意味の分からないことを言っては私を困らせた。ただでさえ他人の考えがよく掴めないのに、曖昧なことを言わないで欲しい。
 今日は朝起きてから朝食を食べても何だかムカムカしていた。気が晴れない。またスマホを見てしまい、更に苛々した。本当は日にちをズラしたかったのだが、予め今日行こうと二人で前々から決めていたし、こんなつまらないことで予定を変えて彼に迷惑を掛けたくなくて、そのまま来てしまったのだった。

 映画に集中したいから、私はカップ入りの烏龍茶だけ買ったが、彼は当然のようにポップコーンも購入した。キャラメル味。映画館なのに食べる時音の出るものを売るなよと思ってしまうのは自分だけなのか。と見ていると、既に食べ始めており、空腹だったのだろうか?見ていると勧めてくれるから、少しだけ口にした。甘さが舌に広がり、心地良い。
「オイシイねえ……ヒッヒッ」
「はい。甘い」
「あ、入場始まった。行こうか」
 映画が始まっても彼は平気でポップコーンを食べていた。まあ暫くは何も起こらないだろうし、既にかなり減っているし。相変わらず食べんの早いな…私にも取りやすいよう真ん中に持っていてくれるから、時々摘んだ。音がしたらどうしようと思って気が気じゃなかったけど。ドリンクを飲むのも正直怖かった。途中でトイレに行きたくなったらどうしようとか。まあ行くしかないけど。
 私たちの観たかったホラー映画の初日は空席ばかりで、居るのはあと数人程。何で?そんなにつまらないかなあ。
 ふと横の彼を盗み見ると、もの凄く真剣な眼差しでスクリーンを見つめており、知らない人のようだった。またすぐ戻そうとしたが視線がぶつかり、私に微笑む。
 とても怖かった。

「やーー、面白かったネェ!首が吹っ飛ぶトコなんてもーサイコ〜〜!」
「私は日焼けマシーンのところが好きだったなあ。怖くて…閉じ込められる系はホントに無理」
「ねーあんなの絶対入れないヨ……あ、パンフ買ってかないと」
「そうだったそうだった!」
 開始前の機嫌の悪さは、あの映画の首のように血飛沫を放ちながら彼方へすっ飛んでってしまったらしい。今は、蜂蜜とバターを沢山のせたホットケーキの最後の一口を頬張ったときのような気持ち。胸焼けではないよ。素敵!やっぱりホラーは健康に良い。TVでも言ってた気がする!(諸説あり)
「あ、そうだ。この後うち来ないかい?新しいフィギュアが届いたんだヨ〜〜!!ギャンブラーの最新!早く見せたいナァ」
「……。」
「どうしたの?」
 どうしよう。もうかなり仲が良いとはいえ、ネットで知り合った男性の家に行くなんて危険過ぎると思うのは自意識か?だけどもそんなので殺されてる女の人、よくTVで見るし……。Zさんがきっと、いや絶対良い人で、そんなことはしてこなくて、ニュースになるのが凶悪犯罪ばかりだから私の思考も歪んでるのだという気はするが、何というか私は絶望的に融通がきかなかった。
「ど、どうしよう?」
「どうしようって……来ない?」
「行きたいけど、行っていいのか…」
「えー!全然ダイジョブだヨ〜、来て欲しいナァ。カレーもご馳走するヨ!」
 うーん。

「おじゃましまーす。」
「ハイいらっしゃーい」
 結局来てしまった。融通きかなくて頭カタいわりに衝動的なのは私の意味不なところ。
「手洗っていいですか?」
「あ、ボクも」
 二人で並んで初めて来る家で手を洗うのはなかなか不思議だ。フカフカしたタオルで手を拭き、リビングへ通される。
「見て〜〜〜〜〜〜〜〜新!フィギュアだヨ〜〜〜塗装もネ自分でやってネ?」
 ギャンブラーは好きだが、フィギュアの良さってイマイチよく分からない。アニメの方が好き。硬いし。
「ポーズも取らせられるんだヨォ〜〜これで5話のあのポーズも18話の神回も再現出来るヨ!!!ハァハァ」
 Zさんがいつもより数倍ヲタヲタしくて、何だか面白い。
「アハハ」
「それで……。?……なんか面白かった?」
「いえなんでも、フフッ」
「エ〜〜〜なに〜?ヒッヒッヒ」
 そのあと、作り置きのカレーまでご馳走になってしまい、私は満足していた。見た目はアレだったが普通に美味しかった。見た目はアレだけど。なんか変な生き物みたいなのも混ざってたような…いや、気のせいにしておこう。
「き、今日来るのか迷ったけど来てよかった。ありがとうございました」
「エー迷ったのー?淋しいなあ」
「すみません、へへ」

 帰宅すると全身がすごく重く、水を吸った布のようだった。特に何もしていないから、精神的な疲労だろうか?
 今日も彼は優しかったが、でもこんなことを考えてしまう。
 自分が男性であって、大抵の場合に於いて加害者側であると自覚しない人生ってどんなものだろう。こんな考えは汚いのだろうか?
 皆ではないけど、男性と話していると時々、この表現が良いとも思えないけど商売女になった気分になることがある。キャバ嬢みたいな。別に彼女らの職業を軽視するつもりはないのだが、何でこんなにご機嫌なんか取ってんだろうって。だけども、男性の方が明らかに力が強いのだから、逆らったら殺されるだけだろう。機嫌を損ねてはならないのだきっと。殺されてしまうから。そういうニュースは沢山あるから。
 でもじゃあ彼はどうなのだろう。別に酷いことなんて一つもしてこないし(意地悪だけど)、だからといって変わらないとも限らない。
 こんなんだから私は……。


 今日はあの子と遊んだ。スッゴク楽しかった!ハナシが合うんだよねえ…珍しいギャン友だし。
 だけど、優しい子だけどイマイチ気の置けない仲になれてない気がする。ボク的にはもっと仲良くなりたいんだけど……。まああの子にはそんなこと言わないけど。
 なんでかなあ、ボクってそんなに怖いかな?時々気を遣いすぎてるなって思う時あるよねえ。やっぱりオンナノコだから男子みたいにはいかないかな?サイバーみたいにさあ。
 でもまあ偶然のこんな出会いもあるなら…やっぱり生きるのって楽しいねえ。


「え!ソレホントなんですか?ウソ!」
「ヒッヒ…ホントだヨ?」
 まさかのカミングアウト。彼はDeuilというバンドでベースをしているのらしい。私は流行に疎いしV系にも興味が余り無かったため、全然知らなかったのだった。というか残りの二人はなんとなく聞いたことあったけど、こんな人いた?こんなこと言うと失礼だけど。皆がキャーキャー言ってたのは他の人だった気がする、よく分からないけど。
「えー……スゴイですね、そんな………プロとか…」
「そんなことないよ?ヒッヒ……」
 凄い。だって自分の技術でお金を貰ってるんでしょ?そんなの……。
 私とは大違いだ。ただ音楽ぽいものや文章やマンガや色々やってみてもどれも偽物というか、どれも大したことはない、殆ど認められない、実を結ばない私なんかとは。
 狡いというのは明らかに愚かだろう。だってきっと自分のせいなのだから。努力を怠る、一歩踏み出さない自分の。
「……どしたの?顔色悪いよ?」

 いつか必ず私は彼の期待を裏切るのに違いない。否、期待ですらない単なる普通なことすら私は満たせない。またおかしな空気読めないことを言って駄目にする、いつもみたく。だから早く見捨てて欲しい気持ちと、でも居なくならないで欲しい、去られたら何をするか分からない殺してしまいたいような気分がグルグルと渦巻く。
 私は本当に病気だから誰も近寄らないで欲しい。あの子の、前私の絵を好きだと言ってきたのにすぐ去って行ったあの子のSNSアカウントを未だにコッソリ監視しているし、上げる絵は悉く私を罵っているように感じてしまう。明らかにおかしい。
 こんなんだから上手くいかないんだ。きっとZさんも私のことなんかすぐキライになる。怖いけど、だからこそ早く居なくなって欲しいとも思う。

「えぇっ………」
 バイト先が急に潰れてしまった。社長はまだ60代とかそこらなのに、突然亡くなり、経営も赤字だったため、後継者もおらず…ということらしい。小さな個人スーパーだったし、近くに大きなスーパーも増えてたからいつかは…と思ってたけど急過ぎるよ。
『バ先が潰れてしまいました……ショックです泣』
 取り敢えず、Zさんにメッセージアプリで報告。今日は暇だったのかすぐ既読がつき、返信が届く。
『あらら…残念だね……(汗をかく絵文字)
これでも見て元気だして(オバケとカボチャの絵文字)』
 送信されたのはギャンブラーのフィギュアが格好良く立つ後ろに爆発の画像を組み合わせたもので、手前には虹色のポップ体で「ギャンブラーZ大好き」の文字。思わず噴き出す。
『ありがとうございます、元気出ました笑』
『いえいえ〜ボクでよければなんでも聞くからねえ…(何か判別できない絵文字)』
 彼と連絡するといつも楽しい。だけども同時にすごく寂しくもなる…何故か怖くて堪らない。
 この気持ちは何なのだろう。

 バイトが無くなってから数日、気持ちが早くも落ち始め、怠い体を何とかしようと散歩に出掛けた。まだ10月なのに、今日は小雨も降り、キャミと長袖と薄手のパーカー、更にやや厚めの上着を羽織ってもまだ寒い。歩けば暖かくなるだろうと無理矢理歩き出す。
 家の近くの道の先に何か白いものが落ちている。そこまで進み、見てみるとそれは白いビニール袋と、そこからはみ出た弁当のカラだった。
 私もきっとこうなんだろう。この世の全ては無価値であるが、それよりも更に価値の無い存在。極悪ではないけど、ただあるだけで邪魔なもの。
 それが私だ。
 帰宅して部屋着に着替える。全身の怠さは何も変わらない。ただ、天気が良くなったせいか、散歩しないよりはややマシかなという結果だ。
 図書館で借りて来た科学の本(素人でも分かるやつ)を手に取る。これ、翻訳のせいなのか、前読んだやつより内容が掴みにくいな……。でも、一番脳みそが酷かった頃は本すら読めなかったから、それに比べたらずっとマシだろう。ページに目を通しても、滑るだけで何一つ頭に入って来なかったあの頃が懐かしい。
 少し疲れ、昼寝をする。起きるとお腹が空いていたからご飯を食べることにした。用意をし、何とはなしにTVを点ける。そこに彼の姿があった。Zさん、或いはスマイルさん。「今人気のバンドを特集」というコーナーらしく、彼らの楽曲や人柄なんかが紹介されている。箸が止まる。まばたきを忘れる。息も一瞬止まった。
 うちのTVのさして大きくない画面の中に、見たことないほど大きなドームを熱狂させる彼らの姿があった。
 いつもの彼とは別人のようで、誰なんだろうとぼんやり思う。
「行かないで………」

 あの後は怖くなり、すぐTVを消したからそれ以上は何も知らない。眠前の薬を3種類飲み、ベッドに横になる。
 そもそもZさんは私のものではないし、私の手元にあるわけでもない。「行かないで」というのは筋違いでしかないだろう。友人だと思うけど、いつかきっとみんなみたく私を忘れる。そういうものだし、それで良いのだと思う。
 ベッドから急に飛び起きる。
 もし彼が私を忘れるのならもう彼が生きていることを許せない。絶対に殺してしまう………本当に怖い。自分がどうにもならなくて怖い。
 無理矢理目を瞑り、薬の効果で何とか眠った。

 次の日の気分は最悪だった。まるで寝てないかのような頭の重たさ、朝イチ考えたことは「今すぐ死にたい」。
 いつもの癖で取り敢えずスマホを開くと、昨日のTVのことが頭を過ぎり、すぐに消してしまった。でもすぐまた不安になって、何か来てないかと通知を探したけど、誰からのメッセージも無いし、イラスト投稿サイトの通知も来てなかった。当然だ、ここのところ絵なんか描けてないし、友達は彼しかいないんだから。
 友達?本当に友達なのか?嫌な私が問いかけてくる。
 彼のことは私が勝手に友達だと思っていただけで、彼にも私の知らない顔が沢山ある。昨日のTVがその一番良い例じゃないか。私の知らない知り合いが沢山いて、ファンも山ほどいて、きっと恋人だっていて、絶対私だけのものにはならないしそれどころか私のことなど今すぐにでも忘れるだろう。
 私だけのものになってほしいなんて思わないけど、でも他の人に視線が向いた瞬間に私はいなくなる。私は自分が不安だから彼が必要だと思っているだけで、きっと本当は誰のことも好きなんかではないし、他人のことを都合良く扱おうとするのだろう。汚い。
 いつか、いつ彼が私から離れてゆくのかなんてもう考えたくも無い。
 私はスマホを手に取り、彼の連絡先をブロックして消した。


「え?聞こえないっス!なんて?」
 皿を洗うため出していた水道を捻って止め、アッシュはスマイルに問いかける。
「だーかーらあー、ネットで出会った子がいてさー、スゴク良い子だからみんなにも会わせたいなって!」
「ネット…またそんなことして、ファンにバレたらどうすんスか!その子酷い目に遭わされちゃうかもしれないんスよ!」
「ボクはうまくやれるもん…ヒッヒ」
「もんじゃないんス!大体ユーリがなんて言うか……」
「良いのではないか」
 綺麗に通る声が鳴り、一瞬二人は黙る。
「出会いは経験になる…それを重ねれば上質な芸術へと昇華できるだろう」
 アッシュはまさかユーリが許すとは思っていなかったらしく多少面食らっているが、スマイルは相変わらずニヤニヤ笑いを浮かべていた。
「じゃあ…今度二人にも紹介するからね?ヒヒッ」

「ありゃ?おかしいなあ…」
「どしたん?スマイル」
 スマイルの横に座る水色の短髪の少年。面妖な服装をしている。本人はカッコイイと思っているようだ。
「サイバー…いやさあ…こないだ言ってた子にメッセージ送ったんだけど全然既読つかないんだよねえ…こんな何日もこんなこと無かったのに」
「はあ?それ知ってるぜ!未読無視ってヤツだろ!なんかしたんじゃねーの?あんた結構無神経だし」
 それを聞きスマイルは口を尖らせる。
「無神経じゃないよ…マイペースって言ってよね」
「変わんねーって。そういや…アプリでスタンプをプレゼントしてみて、できなかったらブロックされてるとか聞いたな。やってみれば」
「ええ〜……ブロックなんてされてないよ〜」
 と言いつつ指を動かし、先日出たばかりの彼女が持ってないであろうスタンプをプレゼントしてみる。すると…。
「プレゼントできませんって出たんだけど」
「マ?ほんとだwwやっぱブロックされてんじゃんw浮気でもしたんじゃん?」
「他のもやってみたけど駄目だった…え………もしかしてボク」
 嫌われてる……………???!!!!!!????


 ズルッ………グス……(鼻をかむ音)………っう…………。
 もう私の人生には二度と光など差さないのだからもう死ぬか!と思ったが涙と鼻水が止まらず、部屋で箱ティッシュを抱えたまま動けなくなっていた。
 自分からZさんをブロックした癖に、しかもあの後イラスト投稿サイトの方もブロックしてしまったのに、もう訳が分からない!取り敢えずカッとなって首吊りの輪っかは作ったけど(ググった)こんな鼻水まみれで死ねるか!!!!!(まじぎれ)

「夢主ちゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 虚空から急に現れた彼に抱き締められる。というより、首吊り縄から距離を取らされる。
「夢主チャン、ダメ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
 ぎゅうぎゅうと熱烈歓迎ハグをされing。というか…くるし……。
「くるしいです……」
 潰れて無くなりそうだ。そんな私を見、ハッとした様子で慌てて力を緩める彼。
「ゴメンゴメン……でも死んじゃダメだよ〜〜〜!!流石のボクもビックリしちゃったヨ……」
「はあ…はい………」
 どうやら鼻水は止まったけどさっきの衝撃で頭はグルグルするし耳元で大声を出され耳もキーンとするしで散々だ。
 ふと彼を見るとじっと私を見つめていた。いつものように口は弧を描いてはおらず、真面目な様子だ。
「………ボクのせい?」
「は?」
「ボクが…なんかした?」
「なんかとは」
「わかんないけど……だって…急にブロックされてるし既読もつかないし…夢主ちゃん死のうとしてるし……」
「あ……それは」
 全て私が一人で気が狂ってたせいでーすペロペロ!★とはメチャクチャ言いにくい雰囲気だがここまで来たら言わざるを得ないんだろうな!遺影!
「なんか…あれで」
 彼は黙って耳を傾けてくれている。
「あの…こないだ…TVにZさんが出て…て」
「うん」
「ほんとはこんなのおかしいんですけど…あなたはすごくて…ベースもギターも上手くてプロだし…人気だし…でも比べるのはおかしいけど、私は何もできない…できなくて…」
「…うん」
「みんな私からいなくなるから絶対…だからZさんもいなくなっちゃうんだろうなって…それで」
 ここまで言うと涙がジワジワと涙腺を伝い染み出してきた。やめろ!来るな!!
「こわ…くなって…ブロックしてしまって………………ごめんなさい」
 スマイルさんはこれまでに見たことないほど淋しそうな顔をしていた。
「ボクはさ…」
「ボクは…別にそんなすごくないヨ……ギターもただ好きでやってるだけだし…仕事になったのだって偶然で…まあ練習はもちろんするケドね……」
「夢主ちゃんだって持ってるものがたくさんあるし…ボクはキミのコトスキだと思ってるよ……キミはボクをキライかもしれないけど」
「嫌いっではない…です……!!いや本当にすみません違うんです……!!!」
「ヒッヒ…冗談」
 少し場が和み、ちょっとだけホッとする。
「あのね…大丈夫だよ」
 彼の顔を見る。
「ボクはずっとキミの側にいるから……大丈夫」
 ぎゅっと両手を彼の大きな手に包み込まれる。すごく淋しいような、苦しいような、むずむずするような感覚になる。いつもの笑みとは違う穏やかな表情に涙を溢しそうになるが、俯き何とか堪えた。本当は泣いても彼なら怒らないけど、やっぱり恥ずかしい。
「あっでも……」
 再度彼を見つめる。
「今度またブロックしたら流石に怒るカモね………ヒッヒッ」
「本当にすみませんでした!!!」


 数年が経ち、結局今でも私と彼は友人のままでいられている。彼は私から今のところいなくなっていないし、私もあれから少し気分が落ち着き、発狂しにくくなった。
 その辺のカフェに向き合う形で座り、それぞれ好きな飲み物を飲んでいる。私は温かい紅茶、彼はソーダ。
「そういえばあの時…どうやって部屋に入ったんですか?」
「んー?聞きたいかい?実はね……」
「あやっぱ怖いんでいいです」
 未来はどうなるかなど誰にも分からないのだから、今のところ取り敢えず死なずに彼を信じてみている。

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