夢小説 | ナノ

Trojandeath



▼ チョコラータ夢「赤い帽子」 21.6.18

 油を注していない扉を開閉するような音が公園内に響く。
ぶらんこってもっとハバが狭いもんだと思ってたけど、案外嵌るもんだと謎に感心する。結構腰幅あるし脚も太いんだけど……。
夢主はブランコの揺れに合わせ足を振り、大きな弧を描き規則的に動く。
時折、横の歩道を人や自転車、車が過ぎる。住宅地の小さい公園のため、丸見えなのだが、やめられない。おかしい奴だと思われてるんだろうかと自意識しつつ、等速運動を無心で繰り返す。
全身を使い風を感じ、結構な高さまで漕ぐと現実が少し近付く気がして好きだ。気分がましになる。
辺りは既に薄い黒のオーガンジーで幕をされ、上に振り上がる度前のマンションの窓から鈍い光が見える。

世界が張り詰めて砕けそうになると夢主は決まってこの公園でブランコをする。外出中、帰宅時に来ることが多く、夕方にはもう子供も居なくなるため、丁度良かった。
 CD等の梱包の面接に行ったら慣れない土地でシヌホド迷いまくり、20分近くも遅刻した。
ああまた落ちるんだろうな。これが無くとも、私が採用者ならこんな鈍臭よりもっとテキパキした明るくて社会に適応出来てる奴を選ぶね。かーす!!!もっと履歴書安くしてくんねえかなあ。

永遠に何処にも辿り着かない日々を繰り返していた。

☆☆☆

 一般的な学校の教室を一回り広くしたほどの空き部屋に、彼は居た。
ガランとしてやや薄汚れた白い四角の中に、教卓のような茶色い横長の、会議室にありそうな机にだるそうに頬杖をつき、ドレッドの少年がこちらを見やる。
その目は授業中の居眠りと居眠りの間、ほんの一瞬意識のあるときのようながらんどうで、自分が物になったような気がした。

***

 ネットでとある求人を見つけた。
無職である不安がダムのように部屋を埋め、溺れきった私はパソコンにしがみつき、なんとか息しようと検索バーに打ち込みまくった。
週1〜で良いところに惹かれ、ネットから応募してみた。履歴書も必要だし、ある程度ちゃんとしたとこだろう(実体験的に履歴書不要なとこは郵便局の短期とか以外大抵やばい気がする。)
面接地は私の住む土地と結構離れたところだ。電車から地下鉄に乗り換え、更に別の線へ乗り継ぎがある。
遠いのは構わないが、また遅刻するのはイヤだから、迷わないよう今度はちゃんと場所を確認した。

 盲点というか失念。
場所は確認したが、地図をぐるぐる回しても、自分が何処に居るか分からない。ここに来てやっと自分は方向音痴だったと気付くのだった。予め下見をすれば良かった。近くまで来てるハズなのに番地が一つズレている、さっきよりも遠くなっている。
人に尋ねたが、ここは全然番地が書いてない。道路上の標識にも建物にも。何で住所書いてないのと小声でキレつつ探し回り、焦燥で顔皮と髪が引き攣れたよう。駅から5分の場所なのに、腕時計は既に15時を30分も回っていた。マズイマズイもっと早く出れば良かった!
 やっと見つけた横長の3階建て、入り口が左右に二つ。しばし見回すと「左からお入りください」の文字。導かれたガラス扉の奥は階段で、迷い疲れたのに今度は上がるのかとうんざりする太腿とふくらはぎを激励し、半ば駆け足で廊下の一番奥の「面接会場」と手書きの張り紙のある扉に手を掛ける。
金属製のそれは、戦隊ロボが歩き出すときの音を出し、ゆっくり動いた。

***

「面接の方ですね、お掛けください」
姿勢を正し、先程より少し意思の篭る目でこちらを見据える。
思ったより声が低い、いくつなのだろうと思案しつつハンカチで汗を拭きパイプ椅子に腰掛ける。リュックは見回してから床に置いた。日差しと緊張と焦ったせいでやたら暑い。
「……面接は15時からですよね。」
うっ。
「は、はぁ、ハイあの、ちょっと迷ってしまって、そのすみません」
余りの申し訳なさでいたたまれなくなった。ゴミクソですみません!!!!!!!!
それにしても何故こんな少年が面接官なのだろう。代理とか?ふざけてるのか、騙されたかなと思いつつ一応封筒から履歴書を差し出す。
「ああ、この辺りの方じゃ無いんですね。」
「はあ………。」
それから暫く、最寄駅はどこだとか、他に仕事はやっているか、これまではどんなバイトをしてた、いつ入れるかなどを問答する。まるきり、普通の面接である。
 少し、彼の背側にある窓の方へ意識を向けていたが、彼の顔へ戻す。突然無音になったためだ。私の思考が自分に向いたことを確認してから、彼は口を動かす。

「あなたは、他人と自分、どちらが大事ですか?」

………これは…………………。
アレか。こんな面接に30分も遅刻かましやがってブスのくせに調子乗ってんじゃねえクソが早く消えろ死ねという意図だろうか。おれを馬鹿にしてんのか軽く見て自分の方が優先されるべきとか考えてんのか殺すってことか。
考え過ぎて頭の外側が石になり脳がin冷凍庫な感じ。
私が固まり、何も答えないでいると、彼はフフッと停滞を吹き飛ばす。
「そんな顔しないで。
別にヘンな意味じゃないですよ。ただスナオに答えてほしいだけなんです。これが一番重要なんです」
これからするバイトにはね、と。
彼からはこちらを見下したり馬鹿にするような雰囲気は感じられない。学校で、机に腰掛けつつ友人とだべるようなフランクさ、でも真摯で真面目に、嘘ではないと感じる。
分からないが恐らく本当に必要な設問なのだろう。
なら、正直に答えないと、遅刻した私を責めず一応きちんと面接してくれている彼に失礼になる。

「…うーん。やっぱり……良くないでしょうけど………自分ですね。本当を言うなら。」
そうですか、と少年はマリアのように微笑み、そこで面接が終わった。

***

 耳に違和感を覚え、見回すと携帯が喚いてる。滅多に鳴らないから手が滑りそうになりつつ慌てて耳に押し当てると、あの少年からだった。
 次の土曜日、私はドーナツのように穴の空いたでかい白い彫刻の前に突っ立っていた。休日の駅はまるでふぐの養殖のように人が溢れ、頭がジーンとし、ちょっとズレたところに意識がありそこから見ていた。
腕時計はまだ11時50分ほど。今日は慣れた場所で迷うこともなく、少し早めに着けた。エライヨォ!(?)
RPGのモンスターのように立ち止まったりこちらをチラ見したり歩き回る他人に石化しつつ、辺りを目立たないように少し見渡す。まだ彼は来てないみたいだ。
「おい!」
乱暴に腕を引かれ、体勢を崩しかける。踏み止まり振り向くと、尻尾を掴み上げられた猫のように眉間に皺を寄せた彼が立っている。
「お前、アホなのか?!こないだは遅刻しやがって今度は場所!脳ミソ入ってないだろ!!!!!!!!!!!!!!」
少し高い場所から怒鳴り下ろされ、スッカリ混乱してしまった。今度はちゃんと間に合ったと思ったのに?それに前はあんなにこやかだったのに…。何か嫌なことあったんだろか、お腹壊したとか。

聞くと、私は入り口を間違えたのらしい。東西南と3つあるうち、彼が示したのは南、裏の方。ここは表の東。らしかったがサッパリ分からん。
昔から何処がどこだか分からず、住所も何で皆分かるんだろうと子供の時から思ってた。
まだブツブツ言いながら彼はスケート選手のように人混みを滑り出し、私は取り残されないよう、コバンザメよろしく小走りで追った。



「あのう、すみません。」
 道端に座り込んだ薄汚い土と汚れと悪臭の煮凝りのような何かに声を掛けると、泥のような白く濁った目とかち合う。水族館の病気の魚もこんな眼をしていた。
似たようなのを数人集めると、少年は面接地とは別の、寂れた方面のビルへ彼らを連れて行き、仕事を斡旋する説明などをしていた。後は彼が書類など整えるから私はもう帰って良いらしい。
茶封筒を手渡され開けると、お札が5枚も入っていた。まだ3時間しか働いてない。
彼を見たが何ともなさそうに早く帰れとジェスチャーするから、軽くびびりつつすぐ仕舞い、見なかったことにした。

☆☆☆

 夕方の地下鉄、特に乗り換え駅は有象無象が坂でブチ撒いた飴玉のように流れ行く。
梱包バイトの面接の帰り道は途中で学校からのそれと同じで、視界はいつもと同じゲームの画面のようになる。
この時間帯は学生服の軍隊が戦場より帰還するためデンジャータイムなのだったと、久し振り過ぎて忘れていた。
 遅刻したことにガッカリしつつ、自分の内側から見ているような、同時に身体から抜け出しどこまでも私が広がって行くような感覚がし、あの頃みたく歩けなくなったらヤだなと思う。
意識を構内の天井にやり、そこを歩いていると空想すると、少しマシになった。
このままだとおかしくなりそうで、帰る前に家の近くの公園に立ち寄ることにした。

 夜の公園で金属音を立てつつ規則的に揺れながらぼうっと、でもギリギリと引き攣れるような感覚がする。
面接の人は優しそうだったしあそこで働けたらきっと良いけど、きっとちゃんとした人が選ばれる。
私の存在が正当で無いことを皆が知っている気がする、「正しい」とされる人達だけが選ばれて生きていけるでも甘ったれた奴らも甘ったれたこと言う奴も結局死ぬしか無い自分のことは自分で何とか出来なきゃ死ぬしか無いから、一体何処へ行こうとしてたのか、進んでたつもりがそもそも始まってすらいなくて思い出せない。どうして何処かへ辿り着けるなんて思ったんだろう、今どこに居て何処なら居て良いのか何一つ明瞭でない、常に何も訳が分からないのが私の人生であり、そしてそれは自分のせいでしか無い。

☆☆☆

 この間の人達にどんな仕事をさせてるか彼に尋ねると、「まあものを運ばせたり、処理させたりだな」と答えた。
ナントナク、核や放射能ナントカの清掃を何も知らんホームレスに無説明でやらしているというのを思い起こしたが、この場合関係ない。
少年はいつも彼らへ敬意を示し、少しもみみずを見るような、嘔吐する酔っぱらいを大回りに迂回するサラリーマンのようなツラはしなかった。
以前、介護施設でお手伝いの経験もあるらしく、お年寄りや病人の扱いも卓越し、気難しそうな人やなんかも彼の共感や気遣いにほぐされていた。

 集めた人達は、格安のお金が無い人用のアパートがあるらしく、そこへ突っ込んでいるようだ。どんなとこなのと聞くと、お前は行かなくて良いと言う。
親が言った「今度ね」がいつまで経っても来ないときのガキに近い顔をしていると、緑の目がこちらを覗き込み「虫の湧いたシーツなんか見たく無いだろ」といたずらっぽく言った。
まあそりゃそうか、住む家を貰っただけでも凍死しない分有難いよな多分と納得した。というか住所が無いと働けないしね。

 彼は、ホームレスや病人、仕事を持たず行く宛もない人を保護するシステムを作りたいのだという。
行政の支援は縦割り過ぎて実状に即していない、だけど自分だけでは手が回らず、また少年だから信用されにくかったり、警戒されると困るから私に手伝って欲しいと。
私も別にしっかり頼れるようには見えないけど…と言うと、スーツを着て髪を束ねればそれらしく見えると言う。
聞くとまだ16だというのにメチャメチャ偉い。すごいねと言うと、彼はフンと笑う。
どうやら私は秒で猫を被らなくても構わない(大したことない) 認定されたようで、素が出ているようだ。面接では抑えていただけ。こっちのが可愛いなと思った。

 今日も別の場所で半日ほどこの間と同じことをし、同じ給料を貰った。
子どもから金銭を得るのに罪悪感と謎もあり、これはどこから手に入れたのか尋ねると、
「家族が自分のことを応援してくれており、そこから出して貰っている」
のだと説明した。この子がこの子なら親も親で、一家揃って立派なのらしい。うちというかそこらの家とは大違い。この子なら総理大臣にでもなれそう。いやなってくれ。
スッカリこの少年を尊敬し、何でもやってあげたいと思い始めた。

***

 いつもより物音が大きく聞こえ、皆自分を悪く言ってる気がする。睡眠不足のせいかもしれない、何もしてない不安で寝るのが遅くなったから。
週1だったバイトは3回に増えた。だから今日も彼の元へ向かう。

 私達がサービスを与えるホームレスや職にあぶれた人達というのは、案外若かった。老人が多いように思っていたが、実際は2〜40代の男性が主だった。
清潔でないこと、栄養の足りないせいで老けて見えただけだ。
前声を掛けた人達はどうしてるだろうと聞いても「元気でやってるしおれ達に感謝してる」としか彼は話さない。
役に立ってるなら良かったが余り実感が無い。
でも仕事中は彼の言う事に従うだけでいいから楽だった。他は何も考えなくて良い。彼はいつも正しいし輝くようで、完璧な人っているんだなあ、あんな風になれたら、といつも思う。

「……きみって障害のある人とかに詳しいんだね。」
まあな、と意識遠そうな声が返る。
「どうしてバイト続けられないのかな、いっつも上手くいかなくて」
珍しく仕事に関係の無い雑談を溢す。
「どうせ甘えてるだけだろ、効率いいやり方を見つけようとしないからだ」
薬なんかも結局補助だし、あとは自分でやるしかないとバッサリ切り捨てる。
やっぱり。いつだって彼は正しいことしか言わない。
私がそんな事出来ないのも分かった上で。

 帰宅後すぐベッドに吸い込まれる。
疲れてて寝たいのに不安でじっとしてらんない。すぐさま飛び起き、何かしなきゃと汚い部屋を見回すも、すべき事も出来ることも何も無い。
前まではしたいことも好きな事もやりたい事もあった筈だったのに何ももう思い出せなくなって来ていた、ゲームしててもどこか不安で、価値のあることをしなきゃと思うのにそんなことはこの世に一つも無い。
 脳の奥で小さく火花が散り、咄嗟にティッシュの箱を掴み、ベッドに投げ付ける。部屋に積まれた本の山を蹴り倒し崩し、落ちた本を床に投げ付ける。結構な音がした。ベッドに倒れ込み顔を枕に押し付け頭を抱える。
行かないでいて、どうせまたスグ気がおかしくなって私が逃げ出すから近寄らないでいて。誰が安全なのかどこなら良いのかここに居ちゃ駄目な気がする、どこに居てもいつでも駄目な気がする、何処かへ行かなくてはどこへ行けば何処に行こうとして何をしてたのか何も掴んで無い思い出せない、どうせ皆私を忘れるんだろう誰も覚えてなどない覚えられたくない知られたくない必要ない上手くいかない居なくなるならもう二度と近付かないでいて。
 リビングへ行き、暫くして部屋に戻ると何故か荒れ果てた部屋に疑問を覚えるが、さっきやったような気もする。明日もこうだったらどうしよう……。
自信に満ちた彼を思い出し、なんとか気を保った。

***

「もう来なくて良い。」

何も言わず黙って彼を凝視していると、再度繰り返す。
「クビだ、クビ。もう仕事は大体終わったしおれだけでやれる」
今日でクビ。
面接から3ヶ月ほど経ち、また何も無い日々に戻る。
「そう……なんだ、わかった。今迄ありがとう」

 どうせならと、帰宅する前に、一度だけ例のアパートを見学しようとコッソリ一人で訪ねた。
「!アンタ…監視に来たのか!」
は?
「俺たちをダマしやがって………何がホームレスに職の斡旋だよ!支援だよ!!嘘吐き………………………」
玄関入った途端おっさんに罵られたと思うと、それきり黙ってしまう。男性の少しも動かない視線を辿ると私の後ろ。
振り向くとあの子がいた。
いつもの笑顔で。
再度男性を見るとやつれた顔がますます蒼白になり、酷く震えている。
「あっ……違………………スイマセンッちがァブ」
彼は廊下の奥へ吹っ飛んだ。びびって壁に背を寄せ手をつく。
視線を回し、あの子が蹴り飛ばしたのだとやっと理解する。彼はそのままドスドス進み、顔を押さえうずくまる男性の髪を高く掴み上げ、すぐ離す。男性の呻きが廊下に響く。
この光景をただ見ているだけで全く脳が処理していないのが分かった。

「あのね、……さん、カン違いなさってるんですよ。家も差し上げたし、いろいろお仕事もご紹介したじゃないですか、………や……も。ぼくはアナタたちのお役に立ちたいんです。だって………ですからね。それだけです」
よく聞き取れないが、さっきの今とは思えぬ穏やかで柔らかい声色が却って不気味だ。帰らないと………
「もっもうッ嫌なんです!ごめんなさいッッ帰してください!帰して!でなきゃ………ケーサツに言ってやるからな!死ぬぐらいならゴメンだ!仲間に俺と連絡取れなくなったら警察に連絡しろって言ってあるんだからな!俺を殺したって捕まるぞ!ッハハざまあみろ!!」
あの子は黙っている。ここからは屈めた背しか見えない。
「仲間って………『これ』のことか?」
彼は携帯をかざす。
その時の男性の顔は、引き攣った、何か理解出来ないものを見たような。
そのまま男性は何処かへ引き摺られていったが、大人しく人形みたいだった。
今のうちに逃げようとよろけて玄関を出ると既に彼が待ち伏せている。きっと裏口とかから出たのだ。
私もどこか連れてかれて殺されると確信した。
「おい。お前…」
「自分と他人、どっちが大事だ。」

見上げると、至って平然と、でも瞳孔の開いたあの虚ろな様子でこちらを見据える。
嘘の吐けない目。
「自分に決まってる。みんなもそう。(多分)」
声が変に高く、震えている。
にやりと笑い私の腕を引っ掴み、アパートの裏口へ連れて行かれる。
そこには地下への階段があり、降りて行くとなんだか湿気ぽくてジメジメしているのに寒くていやだ。
 金属の重そうなドアを開けると、壁中に血が飛んだり黒や黄色の何かがこびり付き、異様な匂いで思わずえずく。
部屋の真ん中に置かれた、かつて白かっただろう台の上には先程の男性が縛られている。
幾つも置かれた日曜大工でも始まりそうな工具の中から鋸を握らされ、私の上から彼の手が被さり、解けない。
彼はトン、トンと片方の手で男性の爪先、ふくらはぎ、腹の方へと人差し指で軽く叩く。
「この辺りは切っても即死はしない。数十分は保つ」
先程示した辺りを私の手ごと鋸で引きだす。
鼓膜が破れん程の振動が男性の絶叫と判別するのに時間が掛かった。暑いし臭いし気持ち悪いしうるさくてなんだか分からないし、彼の手はスゴク熱くて荒い息遣いが真後ろからするしくっ付いた背中も汗ばむし多分私もこいつと同じ事になるしでもう帰りたい。
ふと見るとハンディカメラが置いてあり、男性が映る位置にセットしてある。
「よーく見とけよ。」
耳元で声がした。大好きなサッカーでも観るような調子で、こんな時なのになんだかおかしかった。
 割とすぐ鼻が麻痺し、臭いが分からなくなる。吐き気が治まった代わりにガンガン頭痛がした。手も痛い、痺れてくる。
肉を切る感覚は、鶏肉に似ていた。ブヨブヨして歯が滑り、断ちにくい。
骨は硬かったが、固定されてるしずれにくく、思ったよりかは切れた。切れ味が良いのか、それか彼の力が加わってるせいかもしれない。
私が力を込めずとも、彼が一杯に握ってくるし、サボると軽く足を蹴られたから世界がグルグルになって平行がアヤシクなってもやめられない。変に力が入るのか脚も肩も腰も痛かった。
息がかなり荒くなっても酸素を取り込めてる気がしない。疲労と熱気、マッハで迫る死のせいか、横たわる男性が人間なのか人形なのか、叫び散らしてもただの物質のようにしか見えなくなってくる。この人の中にある人格は見えないからどうせ無いだろうし、これからすぐ無くなるから在っても無くても変わらない。私もすぐにそうなると思う。

 いよいよ叫びは呻きに変わり、いたいよーいたいよーとおっさんなのにみっともなく子供のように泣く。
脚二本分切るのもえらい苦労だ、ドラマで死体をバラバラに…とかよく見るがモノスゴイ重労働。真後ろからは高揚した歓声が聞こえるし………。
男性の輪切りが脚の付け根くらいまで完成した辺りでびくんと跳ね、それから動かなくなった。
「なんだ、こんなモンか。時間的に結構保ったがもうちょっと出血を抑えないと難しいか……」
彼はカメラを止めてから、何やらブツブツ呟きノートを記している。
私もあれと同じ「物」になるのか。実感が湧かぬまま身体の内側だけ時が止まったようになり固まっていると、にわかに声が上がる。
「まあ合格だな。雇用延長してやるぞ、喜べ。」
は。





 結局バイトは続けられることになったようだ。でも、口外、辞めるなど「裏切る」と即消される。
警察に言ったらどうするの、言っちゃうかもよと聞くと、「どうせ言える訳ない」と何か策が講じてあるようでニヤニヤされたから後は黙った。
支援すると称し集めた彼らは、仲間同士で殺し合わせたり『実験』に使ったりしていたらしい。私が面接に受かったのは、
「クソ遅刻かますようなアホなら何も気付かないまま利用できるから」
だった。

**

 先程ケーキ入刀のようにして二人で切り分けた薄汚く臭い浮浪者の死体を更に小さくし、黒い厚手のジッパー付ビニール製袋に入れてからトランクに詰め、近くの森に運ぶ。
元々栄えてない辺りのアパートだ、少し行けばすぐ山で、人の来ない池があった。
 頷く彼に合わせ、重石をつけた袋をボチャンボチャン沈めていく。トランクごと沈めればいいのにと言うと、この池は長く水草が茂り、絡み付いて決して何も上がって来ないのだそうだ。
彼は愉快そうに曇った水鏡を覗き込んでいる。
「………ねえ、名前……………なんていうの?」
チョコラータ。
一度だけ視線をこちらへ流し、またすぐ下に戻す。
どっかから漏れたのか、赤色がぼんやり浮かび上がる。それはクワガタを捕まえた夏休みのガキみたいな様子で水に映る彼と重なり、まるで赤い帽子を被ったように見えた。



☆☆☆

「いちいち電車乗り継いだりなんだり面倒だ、お前免許取れ」
「無理!事故る!事故るよ!!!!!!!!!!!泣」
「成人したいいトシの奴が甘ったれんな、取れ!!」
何処へ行くべきかまだ分からないが、暫くはチョコラータくんの奴隷でいようと思う。





END



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