夢小説 | ナノ

Trojandeath



▼ チョコラータ夢「Maria」 20.7.26

彼が死んだと聞いたとき、とても嬉しかった。嫌いだったからではない。
これで、やっと『自分と同じ世界に住んでたんだ』と実感できたからだ。
だけども彼はまだ生きていたのだった。
閉鎖病棟の中で。

前のボスが行方不明になり、新しく若干15歳というメッチャ年下の少年がその座に就いた……というのは記憶に新しい。といっても、私は入団したばかりだったから、人づてに噂程度で聞いただけなんだけど。
以前からいた者たちは新しいボスに従うか、そうでないなら消されたようだ。数年前に争いがあり、その辺でボスがどうかしたらしいが、興味が無く覚えてない。結構な数の人が犠牲になったらしい。
彼、チョコラータもその内の一人だ。
以前の首領を巡る争い(そういうのどうでもいい〜)に関わった者の殆どが死んだ中、ごく僅か生き延びた珍種だ。(新少年ボスに殺す気でメタメタにされたのにそれでもなお死に損なったようだ)
ただ流石にダメージは半端じゃないらしく、介護を受けないと生活できない状態だ。

自動ドアをくぐり、1階受付で面会票を書く。もう何度もやっているから、おぼえてしまった。それからエレベーターに乗りこみ、4を押す。重力を感じると、非常灯に照らされた錠のかかった重い扉が見えた。
面会票を見せると、看護師さんが扉を開け、案内してくれる。
こうして月に一度か二度、様子を見に来た。
病院の中はいつ来ても独特の、外と違う感じがする。(ここが閉鎖病棟だからとかではなく)大体どこの病院でも看護師さんが忙しく働き、患者が横たわったり椅子に腰かけてたり点滴をガラガラしつつ歩いてたりする。異常な活気、エネルギー忙しさと、なんとなく疲れ果てた雰囲気という相反するものが混在するからヘンに思うのかもしれない。

開けられた引き戸の向こう、白く死の匂いのする病室にどこか異質な、点滴を繋がれ、包帯とギプスまみれで、筋肉が多少落ちてもまだ体格の良い男性が仰向けに目を瞑っている。強化ガラスの窓から入る陽が、部屋を非現実なものにみせる。
2週間ぶりに見る彼は、まああまり変わらないけど、やつれて、でも腫れている感じもした。
看護師さんは、何かあったら呼んでくださいと言い、早足で業務に戻る。
椅子を引き寄せ、しばらく寝顔を見ていると、ムズムズと顔が動き、目を開く。間があって、こちらに気付いたようだ。
「おはよ」
「誰だ」
これもいつものことだ。誰が誰なのか、時折曖昧になるらしい。
「夢主だよ」
と言ったのを聞いたのかいないのか、ムニャムニャとしている。随分変わったなあ、といつも思う。
私はこいつの元患者のようなもので、以前からそこそこ関わりをもってはいた。

「電話を掛けたいんだが、掛け方が分からない、なんとかしてくれ」というようなことをなんとか伝えてくる。小さい携帯機を持つのを許されており、ワンタッチで電話を掛けられるのだが、時間を問わず掛け続けるから、うっとうしくなった私は、前回来たとき登録を消去してしまったのだった。
携帯を手に取り、
「誰にかけるの」と問うと、
「家」と言う。
『家』?これまで一度もそんなの言ったことなかった。こいつの家って、誰の居る家のこと?まさか実家ではあるまい、彼の両親は既に墓の中だし(以前ビデオも見せて貰った)。
面倒なので、あーうん今度ねと言って取り上げることにした。
彼はまた太っていた。どうやら菓子を売りに来る業者?なんかがいるのらしい。病院には、入院費とは別に、生活費として定期的に彼の口座から引き落としたお金を預けるのだが、そいつらがそれを勝手に取っていき、代わりに欲しくもない菓子を置いていくというシステムのようだ。暇なので、怪我をしてる割に元気な彼は1日中それを食べてしまい、それで肥えているのだった。
その業者、潰そうかなあ、とフッと思うのだが、面倒なので止めた。あとまた他の業者が来てイタチゴッコ請け合いだし。
ところでクソサイコ連続殺人犯の彼がどーして組織に生かされてるかというと、前ボスがこいつを生かしておいたのにはなにか理由があるハズだ。自分の利益でしか動かないから寧ろ使いやすかったとか?ならもしかすると、ボスの隠し財産の在処も彼は何らかの方法で知っているのでは、という意味不なウワサが組織内で回っているらしく、現ボスはさっさと始末しちゃいたいのだが、周りの欲ぶかい人間たちが阻むため、折衷案としてここに収容されているのだそうだ。アホくせー。

いまは大人しくしているようだが、先日病院から慌てた様子で電話があり、ついに死んだかと思ったら、彼が屋根に登っていた、と告げられた。他にも私がしばらく忙しく面会に来れなかったときも、ちゃんとその旨説明したのに、あいつは死んだのかと何度も看護師さんに聞いたと言うし、こんな惨めになってしまって、プライドのクソ高い彼のことだきっとこんな自分許さないだろうし、もう殺してやった方がいいんじゃないかなといつも思う。
少ししか開かないはずの窓からどうしてか屋根に出ていたと報告を受けたとき、そのまま落ちればよかったのに、としか思えなかった。

数年前私は一瞬精神科に通っていて、病院を出てすぐの狭―い廊下で(ビル内の立地だった)彼と会ったときのことは、今でもよく覚えてる。
『トンデモナクヘンな髪のひとだな』と思ったのを。
人を救う医者を目指すという彼を信用はしないまでも色々話し、医者的な立場からアドバイスなど貰ううちに、なんとなく一緒に居るようになった。そこの医者は信用出来なかったからしばらくしてやめた。まだ彼の実用性のある助言の方が聴く気になった。
あとから聞くと、彼はああして色んなクリニックを回って弱ってる人達に目星をつけ取り入り、自殺させまくってルンルンしてたのらしい。(クソだ)
だけど私は偶然殺されなかった。妙にボンヤリし過ぎてるせいか、殺し甲斐がないと判断されたのか、誰も大して興味ないせいかなんなのか、今は知ることもないだろう(もうまともに話すのは難しそうだ)。男の子も女の子も頭が悪過ぎるしおかしいし言ってること分からなくて大体好きじゃないし、他人(身内含)は役に立たないし自分のことはすべて自分でなんとかしなきゃなんない、と言うと、決まって彼はニヤついてたように思う。
騙されるのは馬鹿だからだ、何でも鵜呑みにして頭の弱いせいだとかそういうのも機嫌良く聞いていた気がする。
私のことなどはどうでも良い。
初めて彼がビデオをみせてきた日、こう言った。
「弱者は常に搾取され、強者は常に『する』側だ、そして私は『強者』なのだ。だからそれをしなければならない」
と。
彼はしょっちゅう「弱者」、「強者」、「支配」、といった言葉を好んで使った。助け合いの精神とか、まともに生きるためにはある程度必要だとは思うけどそれは自らの利益のためであり、他人は割とどうでも良い親しくもなりたくないという思想の人間にとっては、皆なかよく〜とかよりはまだ聞き馴染みがよかった。
だから、言ってることよく分からんかったけど、うん、と頷いてみせた。

ハッキリものを言い、何でも自分で決めて選び取る、それだけの実力を彼は持っていたし、行使できた。
ある時は突然夜中に叩き起こされてビデオを観せてきたり、美味い飯が食いたいと急に旅行に連れ出されたり、旅行先で置き去りにされかけたりもしたが、自信満々な彼は私の理想でもあった。
言ってることはおかしくて偏っていて、それに基いた行動を取るから社会規範にも全く沿わないエイリアンのようであったが、それでも自分を少しも疑わないとこ、迷わない行動力は羨ましい。
支え合いだとか愛だとか汚い嘘を吐いたりもしないし、だから………… 一緒にいて楽しかった。

だけど、今のコレは、ただ肌が赤く腫れたようになっていて、全身治療跡まみれで、ブクブク太って肉になって、………………………………………………。
目の前のそれをネツのない目で捉えると、私はいつここから出られるんだ、出たい出たいと喚きだしたため、退散する。
看護師さんにアイサツをし、病棟を立ち去る。
次にしよう。
彼を殺すのは、また今度来たときにする。

そう決めて、清々しい街路樹の通りを後にした。

〜〜〜

失敗だ。
再び面会に来た私は後悔をした。
目を瞑ったままの彼。
私は遂に彼に手をかけ………………………………ちゃいなかった。
じつは今日、そのつもりで、彼の家にあった注射器を持ち、置いてあったなにやら危険そうな薬も持ってきて、点滴に混ぜれば多分死ぬだろうと踏んだのだが、甘かった。
「………ん。夢主…?」
今日は私を認識できたらしい彼が、病気の子猫のような目やにのついたフニャついたツラでこちらを見やる。
「ほんとに信じらんないわあ」
「なーんであんなことすっかね、ウチで、ほんとめーわくよ!!」
と、看護師さんズの控えめな憤った声が鼓膜を揺する。
…………………………。

先日、この病院で、男性看護師が入院患者を階段から突き落として大怪我を負わせたのだった。
イライラしていたとか何とかほざいてたが、よくこのタイミングでやったな!!!と殴り飛ばしたくなった。
そのせいで監視がますますキビシクなり、いつも数人の看護師が廊下をウロついた。
こんなんで成功するはずがないし、すぐ見つかって蘇生されてしまいそう。
……………………………………………………………………………………………………………。これが日頃の行いってヤツか。
何も知らんチョコラータは、ベッド脇に置いてある例のクソ業者まじ殺すクッキー(最低)をむさぼろうと手を伸ばす。それを制し、
「なんか食べたいならもっとヘルシーなの買ってきてやるから、これは没収」
と言って取り上げた。
返せ返せと繰り返し喚いたが、フと思い付き頭を撫でてやると、案外効き猫のように目を細めた。
以前の彼も、時々こうしてくれた。完全にペット扱いだったけど、それが良かった。他人にヘンに気を遣ってやさしくするような人、とてもキライだったから。人間同士本当に情があるだとかも。
向こうはどうか知らないが、自分のことしか考えられない彼のことを、私はとても気に入っていた。

仕方ないから、今度はおからクッキーでも買ってこないとなあ……と思いつつ、白い四角い箱を出、緑の世界に消えていった。


END



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