夢小説 | ナノ

Trojandeath



▼ プロシュート夢 泥の世界D 19.10.3

プロシュートが任務中列車に轢かれた。
右半身がメチャメチャになってしまった。目は潰れ、手が取れ、脚もグチャグチャになっていた。
それを見たメンバーは、みんな大変なショックを受けた。酷い死体なら見慣れているが、仲間がそんなことになっては別だ。
うろたえるみんなに、リゾットは「冷静になれ」と言った。彼が一番ショックを受けているだろうに。
私はと言えば、悲しいとかショックを受けてないと言うと嘘になるが、それよりも、正直、いつも私をいじめていた罰が下ったんだ、と考えていた。もちろん黙っていた。

プロシュートは、そんな状態のくせにしぶとく生きていたので、入院させられた。
しかし、彼はじっとさせられるのが大嫌いで、車椅子に乗れるほど回復したとき(実際はまだそこまで良くなっていなかったがムリヤリ乗った)、すぐに病院から逃げ出してきたのだった。
当然のように病院の近くで職員たちに見つかった。だが、彼は、そこで彼らに暴力をはたらいたのだった。

元々病室でも暴れ回るため、相部屋から個室に移され、看護師や医者からはうんざりされていた(ように見えた)。
それぞれ見舞いに行く度、彼に大人しく治療を受けるよう促していたが、全くこちらの言うことを聞かない。病院なんて辛気臭えし嫌いだ、と繰り返した。
本来なら決まりを守れなかったり、暴力を振るう患者はすぐに転院させられるのだが、担当医が温情深い人で、
「突然こんなに大怪我をしてしまったのだからパニックを起こすのは仕方のないことだ、転院させても解決しないだろうから、暫く様子をみよう」
と言ってくださったのだ。
せん妄というのもあるらしく、入院によってパニックのようになる患者はいるらしい。彼がそうかは知らないが。
とにかく、その言葉によってなんとか治療を受けられていたのだが、ここに来てこの裏切りである。流石に庇い切れなくなり、通院することを約束として、家に帰されたのだった。

それからの生活は、私は彼に直接言い付けられて、彼の召使いというか、ドレイのように扱われた。
彼は、私に少し物を取るよう言いつけるのでも、すぐ怒鳴り散らして喚くようになった。
以前はここまでではなかった。暴力を振るうにしても、罵ってくるのでも、「いつも」ではなかった。
眼帯をし、腕を吊り、脚に大きなギプスをはめて一人で立つことも出来ずに喚く彼を見て、「随分惨めになったな」と思ったが口には出さず、全て彼の言う通りにした。
元々彼に殴られたりしていたし、逆らうという気持ちがそもそも潰されていたというのもあるかもしれない。
ただ彼があまりにも憐れなので、言うことを聞いてあげていた。
しかし、言いつけをちゃんと聞いても聞かなくても、彼は私をしょっちゅう罵倒した。

『お前はなんでそんなこともできねえんだ!!』
『モタモタすんな、早くしろ!ぐず!早くしろ!!!ブス!』

ずっとこんな調子だ。
八つ当たりはずっとというか今更だが、以前なら、機嫌のいいときには普通に話したり、時にはお菓子なんか買ってくれたりもした。
仕方のないことだが、彼はスッカリ変貌してしまっていた。

彼は、車椅子に乗ればなんとか一人で移動することも出来たが、その行為は彼にとって屈辱なのであった。
そこで、鬱憤を晴らすため、医者から止めるよう言われたのに、ますます酒を煽り、煙草を吸うようになった。
そして、食事もうまく摂れず、どうやら胃が消化しないみたいで、点滴をしてもやつれていった。
医者によると、「足の骨折や腕の傷が治ってリハビリをしても、もう以前のようには動けないでしょう」とのことだった。
右目は完全に潰れてしまったので、訪問医が義眼を勧めたが、怒鳴りつけて帰してしまった。

そんな生活が何ヶ月か続いた。

〜〜〜

ある日オレは夢を見た。
昔の夢だ。
ババア(つまり母親だ)がガキの頃のオレに馬乗りになって殴りつけ、罵倒している。
よく見た光景だ。今さらなんとも思わねえが、よくよく見るとなんだかおかしい。
怒鳴っているヤツは女にしてはやたらデカくてごついし、下に敷かれてんのもおれじゃねえ。
ハッとした。
拳を振り回しているのは「いまの(怪我をしていない)」おれで、殴られているのは「アイツ」だった。


ハッと汗をかいて目覚めると、胸がドクドクいっている。
母親に殴られる昔の夢なら何度も見ているのに、こんなのは初めてだった。
夢で飛び起きるのもだが、ガキの頃のオレがアイツにすり替わるなんて。
それよりも、あまりハッキリと考えたことはなかった、でも曖昧に気付きかけてはいたが。
俺は、アイツに、あのババアにされたのと「同じこと」を繰り返していたのだった。ずっと。毎日毎日来る日も来る日も。ずっと前から。
殴って、タバコを押し付けて、口汚く罵り、そのくせ愛の言葉を囁くのだ。(母親はごめんと泣きながら縋りついて謝ってきやがったが、俺はそのことについてアイツに謝ったことは一度もなかった。)

それをハッキリと意識した途端、息が上手くできなくなり、ハァハァと犬みてえな呼吸になった。なさけねえ。
あんなに殺してやりたかった母親と自分が似ていくのが(容姿は元々ソックリ瓜二つの生き写しだった、サイアクだ)耐えられず、もうどうにかなりそうで、まだなんとか使える左手で頭を掻きむしった。

そっから、オレは「なにか」がおかしくなって、まだ空が白んでもいねえのに、一睡もしなかった。できなかった。
ただベッドの上で、薄暗いまま、無様な自分の腕だとか、昼間投げつけて壊したままのコップ(アイツが直そうとしたが怒鳴って帰した)だとかを眺めていた。

外から鳥の鳴き声が聞こえてくる頃、アイツが部屋のドアをノックした。
毎朝ぬるま湯とタオルを持って来させて、顔を拭かせていたからだ。

オレは、クソみてえな事実に気付いてから、ずっとコイツと昔の自分について考えていた。
怪我をしたせいとは思いたくねえが、思考まで湿っぽくなっちまってるみてえだ。
あんなに殺してやりたかった、この手で消したかったあのクソ女とおんなじことを、俺はアイツにしていた。
そのことに気付くと、なんつーか、自分でもわからんが、精神から熱とエネルギーがどんどん抜けていく感じがした。
胸んあたりに穴が空いて、そこから空虚になっていってるような。
あの狂うような、耐えられない怒りとか、焦りだとかが。
指先にうまく力が入らねえ。
そのことを気取られないよう、いつも通り顔を拭かせて、アイツを部屋から出した。

〜〜〜

その日の朝はいつもと違った。
彼の部屋に、湯を満たした容器を運び、タオルを絞って、彼の顔を拭こうとした。
いつもなら小言の一つや二つや三つや四つくらいは言うのに、この時は終始無言であった。
長い金の睫毛が隙間なく生えた瞼をだるそうに細め、ただ窓の外なんか見てた。
血の気が失せ、やつれ、何もしなくても白いのにますます青白くなった顔は、なんだか死人のようで、見るのは怖いけど引寄せられた。
元気がないのかな、珍しいこともあるなと思い、気を遣って早めに退散した。
ドアを閉じるとき、なにか気にかかって、彼の顔をチラリと見た。

すると、彼の頬に光るものが見えた。丁度窓が後ろにあり、逆光になってよく見えなかったのだが、涙のように見えた。
私はそれをみないふりをした。

次の日から彼は変わった。
私に怒鳴りつけたり、暴力を振るわなくなったのだ。
彼と出会ってからこんなことは一度もなかったし、たまたま体調がすぐれないのかと考えたが、次の日も次の日もそうだった。
病気の生活が長過ぎて、おかしくなったんだなと思った。

〜〜〜

あれから、おれはスッカリ変わった。
マグマのような狂ったエネルギーがメチャメチャに身体中を駆け巡り大爆発を起こしてたのに、それら全てが抜け出ちまって、あとはなんにもねえみてえだった。カラッポだ。
ただのフヌケだ。
おれは一体どうしちまったんだ、と思った。
TVもつまんねえし、メシも食えねえし、アイツを怒鳴りつける気にもならない。
なんにもなかった。
怒りだけがおれの原動力だったのに。

暫くは何もする気が起きず、ただ黙ってアイツに世話をさせていた。
アイツは、おれが突然おとなしくなったんで、最初こそ馴染まなくてやりにくそうにしてたが、次第に慣れたようだった。

毎日毎日、黙って世話をさせてる間アイツのことを見ていて、気付いたことがある。
アイツは、前のおれと、こんな風になって何も自分で出来なくなっちまった惨めなおれ、こんなに変わったのに、見方が変化しないのだった。
大抵のヤツは、「アイツはもう駄目だな」とか、そうじゃなくても「もう一線には立てねえ」っつー風に考えた。そんで、軽んじた。
そりゃそうだ、こんなんなっちまってんだからな。(車椅子に乗ってやっと動けるというレベルだ。)
だけど、アイツはそんなこと大して気にしねえで、おれ個人として見ているみたいだった。
見下した風がないんだ。
出会ってからさんざ叱り飛ばしたからかもしれないが。
だけど、おれの見た目とか、怪我をしてるとかしてないとか、そういうのはあまり気にしてないように見えた。ただ興味がないのかもしれないが。アイツは変わってるから。

でも、これまでは自分の中の凄まじい怒りで、アイツを正当に見られていなかったんだと思う。
我ながら情けねえ。
アイツは、あんなにおれに罵倒され、ものを投げつけられたりしていたのに、ずっと変わらず面倒をみている。文句ひとつ言わず。
オレなら絶対やらねえ!
母親がおれにしたのと同じように、いやもっと酷いことをし続けてきたおれを、殺そうともせず側にいるなんて、正気じゃないんじゃないか。おれだったらとっくに殺してる。
もっとアイツを評価してやってもいいのかもしれないと考え始めた。

〜〜〜

最近の彼はすっかりおかしくなってしまった。別人のようだ。
先日、彼の髪を結っていたときのこと。
左手で頬杖をついて、窓の外を眺めていた彼が、突然、そちらを見たまま、唇をモゴモゴと動かし、

「いつも悪いな。」

とボソリと言ったのだった。
櫛を取り落としかけたが堪えた。
普段なら、「早くしろ。」とか「お前はどうしてそう不器用なんだ?」とか言ってくるところだ。
彼に何かをしてあげて、お礼を言われたのなんて初めてだった。

怖かった。
本当にどうしたのか。
怪我のせいでおかしくなったんなら、寧ろ早く元に戻って癇癪を起こしてくれた方がまだ安心する。できる。
この間までの『彼』は、私の知る『彼』はどこに行ってしまったのか、そればかり考えた。


夜、眠る前にベッドに横たわり、昔のことを思い出していた。
周りの人間は、家族もみんな頼りにならなかった。全然役にたたない。誰も自らのことで手一杯で、だから私も自分のことは自分でなんとかしなくてはと思った。
学校は嫌いだった。馬鹿ばっかりで。
みんな私を殺そうとした。
みんな私を嫌いだったし、あるいは興味が無くてどうでもよかった。
私は、いない方がいいか、いてもいなくても変わらない存在だった。どこにいても。

だけど、彼は違った。
どういう形であれ、私を見ていてくれた。
殴られるのは痛かったけど、痛みは現実だと分からせてくれたし、悪口を言われると安心した。
自分がダメなことをちゃんと分かってくれている人がいるんだと思えたから。
時々ちゃんとしたことも言ってくれたし、アイスを買ってくれたりもした。
友達もいなくて誰とも上手く出来なくて何にもできなくて、なんの意味もない、それを分かってくれるのは彼だけだった。彼だけ、ちゃんと見て、分かってくれていた、私のことを。
彼だけ。
彼だけだったのだ。
他の人たちは何にも分からなかった。役に立たなかった。頭が悪くて。
なのに。
なのに。
彼まで私のことを忘れてしまうのかと、そう思うと足元がなくなっていく感覚がして、底のない真っ黒い水の上とか、宇宙の無限に放り出された気分になった。
何にも縋れるものがなく、ただ身を硬ばらせるしかない。
昔からずっとこんな風だ。
一人きりで。
彼まで私を見捨てるのか。いなくなってしまう。忘れるのか。
許せない。許せない。
ここがどこなのか、また分からなくなってきた。

ベッドの中で自分の手を眺めた。
開けたり握ったりしてみる。
自分の手だ。
彼のより小さな、変な形の。
彼は指が長かった。
たばこを吸うときの彼の手が好きで、よく眺めていたのを思い出す。
キンという高い音がして、煙が立ち昇ってゆくのを眺めるのが好きだった。
彼は私が黙って見つめていても、何も言わなかった。興味がなかっただけかもしれないけど。
煙草の匂いは安心した、気持ちが休まった。

あの。
あの彼が消えてしまう。
そんなの。

私を悪く言ってくれない彼は、もう殺してしまおうかとこれまで何度も考えたが、その度打ち消した。
彼はまだスタンドが使えるから容易ではなさそうだし、チームからも殺されそうだし、何より私がしたいのはそんなことではない。
ただもう一度。




彼に怒られたかった。


〜〜〜

最近、プロシュートの雰囲気が柔らかくなったとチームで話題になった。
確かに、ピリピリすることもずいぶん減ったようだし、誰かに頼みごとをしたとき、きちんとお礼を言い、冗談を言うことも以前のように増えた。
怪我をしてからずいぶん荒れていたけど、あの子の世話のおかげかな、なんてみんなで言ってた。
いいことだとおれたちは話し合ったが、それとは反対に、あの子はやつれ、疲れ果てているように見えた。
少し気掛かりだったけど、おれたちはプロシュートの分まで増えた仕事に忙殺され、いつの間にか忘れていた。

〜〜〜

包帯を換えようと奮闘する様子をみながら、コイツも最近疲れているようだし、労ってやろうかな。と思えるぐらい、自分にも余裕が出てきた。
おれはババアとは違う。
もうおんなじことはしねえ!
あんなヤツに似るなんてまっぴらだ。クソだ。
右腕のところにいるアイツを引き寄せる。
わかんねえってツラしてやがるから、少し頬をつねってやった。
礼なんてしたことはなかったが、これからは飽きるほど言ってやる。

新しく生まれ変わった心地がしながら、頬に唇を近づけた。


〜〜〜


彼はもう別の人になってしまったようで、誰なのかよくわからない。
綺麗な色の目と柔らかに光る髪。彼と同じ容姿なのに、だけどもう私をぐずとかのろまとか言ったり、はたいたり、無茶ぶりしてきたり、メチャクチャなことを言ったりはしてこない。
アルコールやたばこも以前ほど摂らなくなり、イライラすることもだんだんと減ってきた。
私を見るのも、あのゾッとするような監視の目ではなく、もっと親しげなものになった。
チームのみんなはよかったと言ってよろこんでる。安心したって。
だけど。
私は。
わたしは……………。



彼と同じ顔の『誰か』が頬に唇を寄せる。
今はもうどこにもいなくなってしまった、殴ってくれ、悪口を言ってくれた彼を思い出し、私は目を閉じた。




END




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テーマ「人外ファンタジー」
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