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 春麗らか

−−−何の花だろう。


手が届きそうで届かないくらいの高さに、綺麗に咲き誇る淡い色のそれが揺れる。

風が吹くたびにふわりと弾んで、強い風が吹けば花びらごと散ってしまいそうだ。


その可愛くも綺麗な花びらに、実は一度手を伸ばしていた。

けれど自分の背では届かないと分かって諦めた。








「エマさん、こんにちは」



春の麗らかな日差しの中で、背後から掛けられた声にエマは大分長くなった栗色の淡い髪を揺らして振り返った。

明るくてはっきりとしたその声は聞き覚えがある。



振り向いた先には訓練を終えた姿のまま、立体機動装置を装備した三人がすぐこちらへ歩いてくる。

声を掛けてくれたのはその中の勝気そうな目をした少年だ。


「あ、こんにちは。エレン、グンタさん、ハンジさんも」


珍しい組み合わせですね、とエマは柔らかく微笑んだ。

暖かな季節の中でその笑顔は更に場を和ませる。

この彼女があの鋭い目付きの男と親しいだなんて未だに信じられない、と言葉にしないまでも心の隅で皆が一様に思う。


石造りの廊下は、本部と他の施設とを繋ぐ通り道だ。

エマはそんな二階の廊下のひんやりとした長椅子に軽く腰かけて、眼下に見える中庭や遠くに見える訓練場なんかを見下ろしていたようだった。


「はは、そうだよねぇ。
最近何かとリヴァイ班とは一緒になるんだよ」


そうハンジが答えると、エレンとグンタもそれに同意するように小さく肩を竦めて目線を合わせた。


「エマは一人?こんなところで休憩中かい?」


その手に何も持っていないことを確認してハンジは緩く目を見開いた。

自分でそう言いつつ、その言葉をもう一度頭の中で繰り返す。

休憩中。

この場所は本部二階の上官室に近い為か人通りが少ないのに加え、一階に降りれば訓練場へも近い。


エマがそれに答えるよりも早く、ぴん、と何かに気付いたようにハンジは唇に弧を描いた。


「ははぁ、彼氏を待っているのかな?」

「え…っ」


口を開く前にずぱりと言われて、エマは少し戸惑ったようにハンジに視線を返した。

その一瞬で色白の肌が少し上気したのを三人は見逃さない。


「…あ、えっと、はい……」

戸惑ったのはその単語になのか、待っているのを当てられたからなのかは定かではない、が。
エマが控えめにも肯定したことにエレンとグンタは面食らった。



(……彼氏。兵長だよな?)

(彼氏なのか?)

(やっぱり既にそういう関係に…?)



「そっかそっかぁ、やっぱりね!
いいじゃないか、リヴァイにもやっと春が来たってことで!」


立ち尽くしたままのエレンとグンタはそのままに、ハンジは構わずエマの隣に腰かけてその物凄く戸惑っている(ことにはハンジは気付いているのかいないのか分からない)表情を覗き込んだ。

何ならその肩に素早く腕を回して囁くように続ける。


「それでね、エマ。
ここからは私の単純な好奇心なんだけど」

「はい…?」

「リヴァイって物凄く淡白そうだけど…君には好きだとか愛してるとか、言ったりするの?」


その質問にエレンとグンタがぎょっと目を瞠る中、言い出した本人はそれを意に介さずといった体だ。
止めた方がいいのか、それすらの判断も後ろの二人には出来ない。


エマの方は、さっきの彼氏という言葉には少し答えを躊躇したものの。
こちらの方は明確に答えられると思って少しほっとした。


好きとか。
愛してる、なんて。

「いえ、リヴァイはそんなこと言わないです」


そのさっぱりとした様子のエマの返答に、真剣に聞くつもりもなかった男性陣は無言のまま狼狽えた。
戸惑っていたはずのエマの表情がまた柔らかいものに戻ったからだ。


(兵長、そう言う事は言わないのか。いや、なんとなく想像つくけど)

(エマちゃんはそれでいいのか…?
というか、それはニコニコしながら答えることじゃないんじゃないか?)


「そうか。やっぱり言わないんだね…。
でも付き合ってくれとかはあったんだろう?安心させることを言ってくれる?」

「うーん…それもなかったですね。
いつも分かりにくいことばっかりです。」

「ええっ、それは駄目じゃないか!?」



「−−−ハンジさん、もうその辺で…」


それでも続けようとするハンジに、さすがにグンタが止めに入った。

全く気にしていないのか、当のエマの方も全く迷惑そうにしないのでハンジが更に畳みかける。


「あんまりいい彼氏には聞こえないけど、それでもリヴァイがいいの?」


グンタに腕を掴まれたハンジを真っ直ぐ見て、エマは花が綻ぶような笑顔を見せた。

はい、と小さく返事をしたその薫るような笑みを見て、ハンジは今度こそその腕を引っ張られ、引きずられるようにしながら取り乱したように声を上げる。



「ああ!!やっぱり信じられない!
リヴァイに君は勿体ないよーーー!」

「ハンジさん、二人のことなんだからいいんですよ。しっかり歩いてください!
行くぞエレン。エマちゃんも、またな」


そのハンジの言動に、エマは多少驚いて肩を揺らしたけれど、すぐに立ち上がって三人を見送った。


「あ、はい、また!」


小さくお辞儀をすると苦笑を浮かべたエレンとグンタが手を上げる。

ハンジの新しい一面を見ながら、やっぱり少し変わった人なのかも、と密かに思ってしまった。







そのとき、カツ、と後ろでもう一人分の靴音が響いた。


「なんだ、随分騒がしかったようだな」

「!」


誰よりも聞きなれた低い声に、胸を躍らせながら振り向いた。

ここで待つように言った本人が、丁度あちらから歩いてきたところだった。
今週は丁度この近くの仕事を頼まれていたので、訓練中の彼の姿も見ることも出来たし大満足だ。


「リヴァイ、お疲れ様…!」


無意識に頬が綻ぶ。
他の人とどんなに楽しいひと時を過ごしても、彼と会う時のこの胸の高鳴りは誰に起こる感情とも違う。
頬が緩みっぱなしになってしまうのを自分でも感じているけれど、どうにも止められない。

そばにいられるだけで、一緒に時間を過ごせるだけでこんなに嬉しく思うなんて、きっとこの人だけ。


「今のはハンジか?」

「うん、あとエレンとグンタさん」



「…そうか」

「ーーー!?」


ふ、とリヴァイの体が一瞬屈んだかと思ったら、すぐにいつもの様に腿の辺りから持ち上げられたので慌ててその肩にしがみついた。


「び、っくりした…リヴァイ…!?」


こうして抱き上げられると、自然と顔が近づいてしまう。
そのまま、二人きりのときのように軽く唇を重ねられて目を白黒させた。

だって、


「降ろして、ハンジさん達がまだ……」


唇が触れたあとに、焦って体を少しでも離そうとする。
彼らがいたのはつい先ほどまでだ。

もしこんなところ見られたら。
恥ずかしいのは勿論、リヴァイの立場が、なんて考えてしまってあまり外ではベタベタしたくない。
リヴァイも今までそうだったはずなのに…。


「もうとっくにいない。それにあれで見えねぇよ」


リヴァイがそう促すように向けた視線の先を辿ると、青々とした木々が廊下の曲がり角に生い茂り、確かにそのおかげでハンジ達が向かった先の建物からは上手く見えなくなっていた。


「ほらな」

「……」


それを確認して、さっきまで離れようとしていた手の力が緩まったことに気付き、リヴァイはもう一度エマを抱き寄せて唇を合わせた。

今度はもう少しだけ長く、深めに。





−−−−−−−−−




「……ん?」

「どうした、エレン」


渡り廊下を先へと進むグンタと(グンタに引きずられている)ハンジの後に続いていたエレンは、徐に先ほどまでエマと話していた曲がり角の奥を振り返った。


「あ、いや、一瞬兵長の声が聞こえた気がして」

「ああ、待ち合わせしてたんだから会えたんだろ」

「そうですよね…」


当たり前か、と思い前を向き直ろうとすると、曲がり角に生い茂った木々の間から、微かにエマを抱き上げる男の姿が見えた気がした。


そして、その二人の影が、こちらからは顔は見えないまでも明らかに重なり。


(・・・!?)


それを目撃してしまったエレンは、思わず動揺して足を止めていた。



「エレン?」


それに気付いたハンジが声を出し、グンタもそれに続いて振り向いた。


「どうした、何見て……」


柔らかな風が吹いて、二人の姿を隠していた木々の葉が揺らめく。

その、微かな間だけ。


「「あ」」


木漏れ日の間から、仲睦まじいその様子が微かに、しかし確かに三人の目に映った。

男の方が彼女を抱き上げたまま何かを話しているようだった。

その後、促されるように上を見上げた彼女が、遠慮がちに頭上に掛かる枝に咲いた花に手を伸ばす。

落ちかけていたそのうちの一つを手に取ると、男がわざと抱えあげていた腕を緩めたようで彼女が小さくその首元に抱き着いた。

くるりと子供をあやすように回って見せた後、男の方がその体を抱き直す。

何かを言い合うような仕草の後には鼻先を寄せて笑い合い、そのまま二人の姿が重なって−−−。





さわさわと柔く木々を揺らしていた風が止んで、三人ははっと我に返った。

二人の姿は元通り木々に隠れてもう見えない。


「い、いやいや!」

「人様のを見るわけにはいかないですからね!」

「今のってリヴァイだよね?
なぁんだ、しっかり普通の恋人同士じゃないか」

「……兵長、だったんですよね、今の」

「…そうだよな、それ以外いないよな」


狐にでもつままれたような気分で、しかし遠目にも見えたあの如何にも溺愛、といった風情がいつもの彼の姿と結びつかない。

そこでグンタだけが何かを思い出したように口を開いた。


「まぁ溺愛っていうのは分からんが、そういえば最初からあんな感じだったかもな」

「えっそうだったんですか?」

「ああ、お前はあの場にいなかったか」

「最初から?そうか、なんだ。心配して損したよ。
リヴァイも隠すのが上手いなあ」


きっとリヴァイの方もエマの方も、相手にしか見せない表情というのがあるんだろう。

他の人の前では見せないようにしているのか無意識なのか、どちらにしても特別な相手がいるというのはいいことだ。


「なんだか私も納得したよ。言葉が無くてもエマは幸せそうだった意味がね」


ハンジがそう零したのを聞いて、エレンもあの時の柔らかな笑顔を思い出していた。

そうか。

あんな風に兵長が態度で表してくれているから、在り来たりの言葉なんてなくても彼女は幸せそうだったのだ。

それぞれの幸せなんて他人のそれと比べる必要はない。

エマの雰囲気がどんどん変わっていくのも兵長のことが関係しているのは明白だった。
あんな兵長も今まで見たことがないが、彼をそうさせるのもきっと彼女だけなんだろう。

二人でお互いの均衡を支え合うことが出来るなら、それが何よりも意味があることに思えた。





−−−−−−−−




「綺麗な色…ありがとう、リヴァイ。
押し花にしようかな」

「ただの花びらがそんなに嬉しいか?」


怪訝そうな顔をする彼に、ふふ、と彼が手助けしてくれたおかげで取ることが出来た甘い香りを鼻先に掠めながら、思わず笑みが零れた。

こういうところは分からないのかな。
何だって彼が与えてくれるものは綺麗に残しておきたい。
出来れば彼と過ごす一日一日、一言一言をどうにかして記録して残しておきたいほど。



「…そういえば、何でこれを取ろうとしてたの分かったの?
私そんなに物欲しそうにあのお花見てた?」


エマが頭上の花びらに手を伸ばしてみたのはたった一度きり、
この場所に着いた時だけだった。

それもリヴァイが来るかなり前のことだ。



そんなに欲しいものを見ていたなんて子供みたいだ、恥ずかしい。


ーーーなんて、エマは思っているんだろうな。



欲しいものを無意識に目で追うのは別に子供だけではない。

気付けばつい。


微かに目に入るその姿を、
追ってしまっている。



遠目に見てもそれが何をしようとしているのか容易に分かってしまう。




「さあ、なんでだろうな」
















ナカロマ特別篇
おわり



      


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