△ サルタナ 46
「それは正しい情報じゃない」
「え、…?」
どこからどこまでのことを言ってるんだろうか。
鋭く目を光らせるような彼とは対照的に、私はあまりピンと来ていなかった。
「どこであっても周りを警戒しろ。
立体機動での対処許可は出してある」
彼の物言いには含みがあった。
言わずもがな、立体機動とブレードを対人間に使うのは危険すぎる。
それを許可するほどだなんて。
それほど、危険だということか。
一から十までは説明してくれるわけではない。
底抜けに優しいわけでもない。
けれど、優しくないわけでもない。
均整が取れたようでいてアンバランスにも見えて。
ある意味分かりやすくて、とてもややこしい人なのかもしれない。
「ああ、それから」
気怠そうに続けるトーンは変わらないままだ。
「お前は他人のいらん仕事までもらうのが趣味だそうだが」
一瞬、思考が止まった。
なんで、知って…?
いやどういう経路で。
やることなす事全てが筒抜けなことに少し戸惑ってしまう。
「……さすがにそんな趣味はないです」
「物好きなやつめ。
そんなに仕事が好きなら、遠慮せずに俺の仕事も取りに来い。
お前を喜ばすくらいには溜めておいてやる」
皆も他の仕事で忙しいのだから出来る限り引き受けたいという私の精一杯の言い訳も、「仕事量が足りてないってことだな」と纏められたので必死で否定した。
私は自分がやれる範囲でやっていたと思っただけだ。
けれどそれが自分の為になるのか他人の為になるのか、深く考えるほど答えは出なくなる。
実はそのどちらでもなく、自分の為はおろか誰の為にもなっていなかったのかもしれなくて…。
言葉に詰まる。
ふと落ちた沈黙を、彼が静かに破った。
今夜の彼は、よく、喋る。
「俺が言ったことを覚えているか?」
「えっと…。
どの話か教えていただければ思い出せるかと…」
「基本的なことをしっかりしろと言ったはずだな」
食うとか寝るとか、という彼の台詞が鮮やかに脳内によみがえった。
大袈裟に言ってもそれをしっかり守れているとは言えない。
特に寝ることに関しては。
「お、覚えてます。
そろそろ戻ろうかと思ってたところです。
本当に。
それじゃあ、あの。
失礼しますね。おやすみなさい!」
彼が私に何を言わせたいのか肌でビシビシと感じ取れたので、慌てて数枚の書類を握りしめたままその場で立ち上がった。
部屋から出ていこうとする私を、彼は肘掛けに頬杖を付きながら優雅に眺めていた。
薄暗闇の中。
あの赤いソファの上で。
そんな中では、彼の確かな顔色までは分からない。
人間離れした彼の視力ではどうだか分からないけれど、少なくとも、私には。
彼の顔色が少しでも良いことを祈りつつ。
「兵長も早く休んでくださいね」
小さく掛けた声には、すぐに返事があった。
「夜にあまりウロチョロするなよ」
「……気を付けます」