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「#溺愛」のBL小説を読む
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 サルタナ 43

……あれ?



兵団敷地内を移動中。

本部に程近い屋外ベンチテーブルで、何やら深刻そうな顔をした女性を見つけた。

机の上に置いた紙を何度も小さくペン先で叩き、しかしそのペンが進む様子は無い。


その顔を私は知っていた。


何度もお世話になった医療班の子だ。
救護を担当している子で、私自身も班員の子も怪我の消毒をしてもらったこともあった。


演習場へ向かいかけていた足を思わず止める。

周りを軽く見渡してから、どうにも思い悩んだ様子の彼女に歩み寄っていた。


まだ日も高い時間帯。
テーブルに出来た影に気付き、彼女は顔を上げた。


「……元気?
医療班も大変そうだね」


そう声を掛けた私を見て、彼女はすぐに表情を緩めた。


「元気…じゃないかも。
大変も大変!いつにも増してって感じ。
そっちも色々とありそうだけど、大丈夫なの?」


深刻な人手不足の医療班に、対してこちらは団長不在を初めとしたトラブル続きだ。

お互いの事情を察して見合ったまま苦笑を零した。
ちらりと見えた彼女の手元の紙には、勤務予定表の文字が見て取れた。


「人手が足りないっていうかね、こっちは人材問題だよ…。
特に夜間!
薬品の管理も含まれるから新兵なんか単独で入れられないし、かと言ってベテラン勢は治療室で手一杯だし…」


徹夜で皆に仕事をさせるわけにも行かない、と彼女は頭を抱えた。

治療室という言葉に鋭く胸が痛む。

前回の壁外調査でも更に多くの重傷者が出たのだ。

壁外ではそれぞれが役割を任されるが、先遣班から索敵班、どの部隊に配属されても新兵の生存率は低い。

負傷者全員を連れ帰ることは出来ないし、自力で動ける兵士だけが帰還を許される。

例え意識がはっきりとしている兵士であっても、馬に乗れないと判断されれば置いてくることしか出来ない。



「実は夜間の担当が三人も急に辞めちゃってさ。
三人共腕が良かっただけに…
どうやっても今の状態だと夜が回らないんだよね」

「えっ、三人も?」


初めて耳にする具体的な内容に、思わず驚いた。

壁外調査に行く前に姿を消す兵士なら聞いたことはあるけど、今は壁外調査が終わった後だ。

しかも医療班で?


「そう!
しかも理由は上司に聞いても伏せられたままで。
全員女性だし、恋愛とか家のこととか…きっと無断退団とかだと思うんだけど、こっちは勤務表も出来ないままだよ」


そう嘆いては、止まったままだったペン先を紙の上にやっと走らせるが、それも途中で迷って何度もぐしゃぐしゃと書き直している。

その後も何度か名前を入れ替え、矢印で調整をしていたようだが、その内に漸くペンを置いた。


「やっぱり無理。
どうやったって難しいから、どこかの班から増員を呼べないか上司に掛け合ってもらうしかないかも…」


幾分疲れ切った様子だった彼女は、はっと顔を上げて辺りを見渡した。


「やばい、もう班長に提出しに行かなきゃ。
そっちも大変そうだけど、お互い頑張ろうね!」


彼女は焦って立ち上がり、手元の紙を素早く掻き集めて走り出す。
そんな彼女を、私は見つめることしか出来ずにいた。






治療室には、いまだ前回の壁外調査で負った傷に苦しむ兵士達が大勢いる。

重傷を負って戻ってきた兵士達が、どれだけ元の生活に戻れるようになるのか。
未だ生死の境を行き来している兵士だっている。
恐怖や痛みで満足に眠れない兵士もいるかもしれない。

医療班は昼夜を問わず働いているのに。




わたし。

わたしは?





「───待って!」




そう考えたら、遠くなりかけた彼女の背に向かって、迷わず声を掛けていた。



  


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