△ サルタナ 41
「───貴族の子?」
「そう。すごい話題になってるみたい」
特に男たちの間でね、とフランカは小さく付け足した。
私の情報源は主に班員かフランカだった。
こうして新しく兵団内の情報をどこかから仕入れてくるので毎回不思議に思う。
しかも、決まってやたら詳しいのだ。
消灯時間が過ぎた自室で、私とフランカはいつも通り二人でひそひそと囁き合っていた。
新しく入団した兵士の中に貴族出身の子がいるというのだ。
それはまた珍しい。
「貴族の子が、なんでわざわざ調査兵団に?」
「理由はさすがに分からないけど。
なんでだろうね。
相当な変わり者なのか、家庭の事情とかかなぁ」
ゴロツキ出身の兵士長がいたり、貴族出身の兵士が入団してきたり。
改めて調査兵団は不思議な集まりだと思わざるを得ない。
「しかもね、エマ」
続けてフランカは身を乗り出しながら更に声を潜め
る。
「なんで男の間で話題かって言うと、
物凄く可愛いんだって、その兵士。」
その情報に、思わず「へえ」と素直な感想を述べた。と同時に、ふとあることに気付く。
「……あれ、その子ってもしかして綺麗な金髪?」
「うん」
「綺麗な碧眼?」
「……そう」
「口紅塗ってたりする?」
つい先日見かけた女性兵士の特徴をいくつか上げてみると、フランカは途端に面白くなさそうに肩を竦めた。
「そうその子だよ。
なんだ、見たことあるのね?」
「うん…、
確かに可愛い子だった…」
あの子だったのか。
本部の廊下でその姿を見かけていた。
綺麗な子だな、と思ったのは嘘じゃないけれど、それ以上に彼の近くにいたので自然と目に入ってしまったのだ。
化粧っ気のない女性兵士ばかりなので、女性らしく唇に彩りを載せるその姿を少しばかり羨ましく思った。
「……リヴァイ兵長の直属の班に配属されたみたいよ?」
「───そっかぁ、やっぱり…」
やっぱりそうなんだ、と気の抜けた返事をした瞬間。
違和感に気づいて即座に顔を上げた。
フランカからこんなにも不自然にその名前が出るなんて。
目線の先には思った通りのしたり顔がある。
更に満足げに微笑む彼女の笑顔に耐えられずに全力で否定した。
「…あっ。
別に、違うの。
今のはつまり───」
「なぁにが違うの?
ハンジ分隊長の話の前からなんか変だなとは思ってたのよね、やけに団長のことを気にするし」
そ、そうだったかなと自分の行動を思い返してみる。
そう言われると、確かに団長の執務室に彼がいるのを見てからはそこを通りがかったりする度に気にしていたような気もする。
団長と兵長がよく一緒にいるのを見たから、団長がいれば近くに彼もいるんじゃないかって……
「そしたら、団長じゃなくて兵長の方だったわけだ」
ずばりと言い当てられ、自分でも分からない気持ちを焦って否定することしか出来ない。
「違う、それは……」
「確かにさ。
可愛い子が好きな人の近くにいたら、少なからず心配になるよ」
心配…?
私は、彼のことが心配だったんだろうか。
彼とその子がどうにかなるような事を、無意識に考えていた?
自分でさえ分からない気持ち。
それがはっきりと見えなくてどうにも歯がゆい。
「違うの。
本当に、好きとかじゃなくて……」
好きじゃない。
それならこの気持ちはなんなんだろう。
あやふやな境界線にはまだ届きそうもない。
……それでも、どうでもいいとは思っていない。
ゆっくりと自分の胸の内を確認すると、それだけは確かな気がした。
彼の言うこともすることも、確かに気になるのだ。
できる事なら、目を離したくないくらいには。
「気には、なるんだけど」
やっと絞り出した私なりの答えを聞いて、フランカは嬉しそうに「そう思えたらそれで十分じゃない?」と笑みを零した。
オレンジ色の灯りが揺らめく中で、彼女の瞳がこちらを覗き込む。
「それに、心配しなくていいよ。
エマだって黙ってればそれなりに綺麗なんだから」
「……ん?」
それってどういう意味なんだろう。
慰められたのか褒められたのか、彼女の言うことはやっぱり私には少し分かりにくかった。
