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 サルタナ 34

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「…───?ねぇ、エマ」


机の上に無造作に置いていた手を軽く小突かれて、はっと顔を上げる。

見上げた先。
テーブルの向かい側にはフランカがいて、いつも通りの茶目っ気あふれる瞳がこちらを伺っていた。


「あ…っ、ごめん、なに?」


焦って声を出すも、どこか現実味が無くて辺りを見渡した。


こちらが現実だと何度も確かめてしまう。

慣れよう慣れようと思ううちに、どうしてもこうしてぼんやりしてしまうことが増えた。

これが訓練中にも度々起こるわけだから、本当に気をつけなければいけない。
分かってはいる。


向こうの食堂には少なからず喧騒が響いているし、兵士たちは笑ったり話したり、食事を取ったりしている。
なんら代わり映えのしない通常通りの風景だ。


気付けばまた一つ壁外調査を終えてまたこの現実に戻ってきている。



「遠征の後もずっと疲れてるみたいだけど、大丈夫?
班長ってそんなに忙しいの?」


そんなこともないんだけど。
と少し濁して返事をした。

気持ちを切り替えなければと、無理矢理にでも明るい声を出しながら。

何度もそうして来たのだから、問題ない。
胸の底まで冷え切るようなあの感覚は、今は感じる必要もない。


目の前の友人が話す他愛ない内容を聞く内に段々と意識が明瞭になって行き、それと共に呼吸も落ち着いていくのが分かった。


フランカはハンジ分隊長直属の班の中で、基本的に雑務をこなしているようなので班長業はとてつもなく大変なものなのだと思い込んでいるようだった。

私自身、忙しなく働くのは嫌いではない。
好きで本部中を駆け回っているわけだが、それを見て彼女は「班長にはなりたくない」と零していた。


昼食後の休憩時間に回廊に設けられたテーブルでフランカと談笑していると、食堂から出てきた一つの人影が私達に気付いて声を上げた。


「やぁ、フランカにエマじゃないか。」


特徴的な眼鏡に、一本に束ねた焦げ茶色の髪。
ハンジさんだ。

彼女は部下の男性と軽く二言三言交わしてから、私達の座る席へと歩み寄って来る。


「君たち二人の仲が良いなんて知らなかったよ。
意外なところで皆知り合いなんだね」


「分隊長、お疲れ様です。
エマとは同期で同室なんですよ、言ってませんでしたっけ」

「ハンジ分隊長、お久しぶりです」


私達がそう声を掛けると、ハンジさんはいつもの様に明るい笑顔を見せた。


「そうかそうか。
フランカとはよく顔を合わすけど、エマとは久々になるね。
ああ、邪魔じゃなかったら私も座ってもいいかな?」


もちろんです、と答えるとハンジさんはフランカの隣に腰掛けた。

快活そうな雰囲気もいつも通りだ。

この人にとっては、団長のあの時の話なんて悩む程のことじゃないんだろうか。


「どうかな、調子は」


その瞳が真っ直ぐに私を捉える。
笑みを返しながら、丁度フランカと話していた内容に触れてみた。


「元気です。
ハンジ分隊長も、またすぐに王都に行かれるとか。皆さんお忙しそうですね」

「あ、聞いた?
そうなんだよ。やっと壁外調査が終わったと思ったら、ね。
今回もまた少し長丁場になるかもなぁ」


あまり宜しくないようなその答えに、私とフランカは顔を見合わせた。


「長丁場ですか?
エルヴィン団長の作戦のおかげで、なんとか兵站拠点を作ることが出来たのに…」


今回の壁外調査はいつにも増して厳しいものだった。

犠牲者や被害損失の総合を考えると頭痛しかしない。
けれどそれでも目標として掲げた兵站拠点を作ることに成功したのだ。

それでも王政や民衆は納得しないんだろうかと、不安な思いが過る。


「ああ、それ以外にも課題が山積みなんだ。
あまり詳しくは言えないけど医療班の深刻な人手不足もその一つかな。
あとは、何度か問題に上がった娼館絡みだとかね」


娼館絡み。

確かにその話題は今年に入ってから何度も耳にした。

王政は一般的に娼館の運営自体は黙認している。各兵団も当然それに倣って、という具合だ。
大っぴらに歓楽街への訪問を推奨しているわけではないが、かといって足繁く通う兵士を罰する規則も無い。
そういった娯楽施設も裏では王政と繋がっているわけだから、運営規制が掛かるはずもない。


私達女性兵士は男性兵士と面と向かってそういう話をするわけにも行かないから、ひそひそと主に女性同士で情報交換する程度だ。

何班の誰々がどこの娼館に行ったのを見たとか、酔に任せて娼婦相手に事件を起こし憲兵団に捕まっただとか、それ関係の話題にはそれなりに事欠かない。

とは言えそういう問題が出ても、兵士といえどもそれ以前に男性なわけで、更にそれ以前に人間なわけでと、この少なからず男尊女卑な世界では各兵団内で穏便に済まされることが多い。

それを飛び越えて王都の審議場まで持っていかれるなんて、余程のことがあったのかも知れない。

なんとなく女性として詳細を知りたくないような気もする。


「た、大変そうですね…」


漸くあちらが片付いたかと思えば今度は向こうが傾く。

兵団ばかりでなく王政や民衆との間にも立ち問題解決に奔走しなければならない団長達を思っては、フランカも私もそう答えるのが精一杯だった。



  


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