△ サルタナ 29
その後、彼との訓練は月に一度ということで落ち着いていた。
消灯時間の後、おもむろに固定ベルトを取り出す私を同室の彼女は思い切り訝しんでいた。
「色っぽい…ことをしにいくわけじゃなさそうね、間違いなく」
「…期待に添えなくて申し訳ないけど。」
それはそれは残念そうに呟く彼女に思わず謝ってしまった。
色気がない。
色っぽくない。
彼と友人の両側から私自身のことを言われているような気がして、無性に居心地が悪くなった。
確かに色気のいの字も無いと、自分でも分かってはいる。
ただでさえこんな男勝りの環境で気を張っているのだ。
女らしくなんて今は出来ないけれど、それでもそれに抗おうと髪だけはずっと長く整えている。
戦闘には不向きだと百も承知だけど括ればなんとかなる。
髪だけは短くしないのだと、それは半ば意地にも近かった。
髪が長いのは同じはずなのに、彼女の方が何倍も女性らしく見えるのは何故なんだろう。
同室の彼女───フランカは、知り合った当初から女性らしい雰囲気だった。
相手がいるおかげなのか、兵士としての厳しい環境の中でも見目に気を遣っている。
そんな彼女は、少し前からハンジ分隊長直属の班に所属になっていた。
あの少し個性的な…もとい、なん癖もあるハンジさんが私達の話題に上がるのは至極自然の流れだった。
会話が増える度に、同じ部屋に住む彼女との距離もまた少しずつ縮まっていった。
「ふーん。
ま、いいけど。
紅茶の彼との進展があるかなって思ったのにな。
残念……ってあれ。でももしかして。
今から会いに行くのも同じ人、だったりする?」
───そして、彼女はこういうところで変な鋭さを発揮するのだ。
確かに。
紅茶を渡している相手は彼だし、これから会いに行くのも彼で、同一人物だ。
でも彼女の言うような甘い意味の進展というものは私と彼には皆無であるし、会いに行く、というのも語弊がある。
なんと答えるか迷った挙げ句、たっぷり勿体ぶって答えないことにした。
彼のことを一から説明するのも難しすぎる。
フランカ風に言えば黙秘権の行使である。
あれから私達の関係がより近づいたこともあり、時にはお互いが相談し合うようにもなっていた。
まだ核心的な部分には触れないけれどその適度な距離もまた心地良いのだ。
分からない、言いたくない、言えない場合は先程の黙秘権を使う。
彼女の場合は相手のことについて言えないことが大半だろうけど、私の場合は分からないことの方が多い。
現に、フランカから「紅茶の彼とはどういう関係?」と訊かれると、まず答える事ができない。
まさかハンジさんに答えたように、師弟関係とも言えないし。
「ノーコメント!」
「あっ、ここで?
てことは大体当たりかな」
駆け引き上手のフランカとこうしてやり合うと、どうしてもいつも私の一人負けになってしまう。
今日もまた、がっくりと項垂れる。
(く、悔しい……)
私もわざとらしく拗ねたまま準備を整え、そそくさと扉に手を掛けた。
「行ってきます…」
「エマ、紅茶の彼とゆっくりしておいで」
「本当にそんなんじゃないのに…」
反論してみても、フランカは満足そうに頬を緩めるばかりだ。
いつものように降参して、「じゃあ、すぐ戻るからね」と声を掛ける。
お決まりの挨拶を私が口にするのは久々だ。
最近はずっとフランカの方を見送っていたから。
彼女はにんまりと笑んだまま、小さく手を振ってくれた。