×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


 サルタナ 17

それから何日か経ったある日の夜。

就寝時間が近づいた兵舎で、部屋に戻ると同室の子の姿がなかった。


いくつもベッドが置かれたこの部屋にも今はもう空きが目立つ。
ここに残るのは私と彼女の二人だけになっていた。


私が休憩時間や夜中にふらりといなくなることを彼女に言及されたことはないし、逆に彼女の姿がみえないとき私も彼女を問い詰めることもない。


同室ならではの日常のひとつだった。


彼女と時間を共有することはとても居心地が良い。
ひとりの時間も大切だけれど、こんな環境に身を置いているとだれかと過ごす時間というのがとてつもなくかけがえのないものなのだとお互い分かっていた。

就寝前も、食事時も、休憩時間も。
兵士同士で過ごす時間の尊さを、今はもう痛い程感じていた。


そんなわけで、お互い触れないだけだ。
特に躍起になって隠しあっているわけでもないから、どちらかが聞けばどちらも秘密を言い合うんだろうけど。

ただ何となく。
いつの間にかそれが私たちの日常になっていた。

だからよくよく気にしてみれば、お互いの消える理由というのも察しがつくものなのだ。


例えば私は、初めのころに方向音痴だったのを彼女に(手厳しく)直されている。
兵団敷地内の建物や兵舎の場所なんてのも迷わなくなるまで教えてくれたのだ。
私も彼女に建物の位置関係を何度も聞いていたりした。
なのでそのことから彼女は私を、方向音痴なくせに放浪癖があるとでも思っているんだと思う。

『エマはじっとしていられないんだよね』、といつかの折に言われたこともある。
あながち外れてはいないし、彼女のさっぱりとした物言いはとても心地良い。

反対に彼女の方はというと。
私と違って身なりにとても気を遣っていて、美意識が高い。
彼女は私の身だしなみまでも直してくれることもある。
これには女子として反省しなきゃいけないんだけれど…。
調整日や休息日には街へ出て、流行りものだとか雑貨だとかをよく見ている。

そして彼女はいつも少し年上好きするものをわざと選ぶ。

『これだと子供っぽい』とか、『私はこっちが好きなんだけど、こっちの方が大人っぽいはず』なんて聞くと、嫌でもそれが彼女自身のためだけではないのだと気づく。

私が夜部屋を出るときは色気もなにもない格好に時には固定ベルトを着けていたりするのだけれど、彼女の場合は街で一緒に買った大人びた服装に、時にはとても良い香りのする香水なんてのを着けていたりする。

唯一共通するのは「すぐ戻るね」という言葉だけだ。


きっと綺麗な彼女は、大人っぽい相手と大人っぽいことをしにいくんだろう。
彼女の方もきっと、私が全く色気のないことをしにいってるのも分かっている。

なんて対照的なんだろう、といつもはカジュアルな雰囲気の彼女が大人っぽく変身するのを楽しんで見ている自分もいる。



互いに互いを見送り、そしてときどき土産を交換し合う。



大したものではないけれど、私の方は花や植物が好きな彼女に季節ごとのそれを持って帰ってきたりする。
彼女の机にはもうそれ専用の小さなガラス瓶があって、私はその一輪挿しのような瓶に合うようなものを厳選するのだ。


壁外で一つだけ摘んできた紅い花は、壁内では見かけないものだった。

彼女はそれを枯れてからもずっと飾っていた。



代わりに彼女は私の机にどうでもいいようなものばかり置いて行って、私がそれを見つけては言い合ったりする。
そんな小さなことが心地良くて、楽しくて仕方ない。
それは例えば講義中に彼女が描いた落書きだったり、彼女が割ってしまった香水の瓶だったりする。ときどき、そんなどうでもいいものに混じって私好みの髪留めなんかが置いてあるので本気で怒ることも出来ない。




その日も。

ふと気づくと、また自分の机に何かが置いてあるのが見えた。

今日は何を置いていったのかと灯りを点けてみると、それが久々の彼女の特別な土産であることに気付いた。

時々こうして、一般兵士では手に入らないようなものを彼女は分けてくれる。
だから彼女の大人っぽい相手は、上官の誰かなんじゃないかと思うけれど。
それもただ思うだけで聞いたりはしない。

有り難く、その小さくて赤い紙製の袋を手のひらに載せてみてから。

私もあることを思い付いて、壁外調査からの日にちを素早く頭で数え直してみる。



そろそろだと、思った。

私には野生的な勘も人に自慢出来るような第六感もない。
だけどこの日だけは何故か不思議な確信があった。


そう思ったら、ひとつだけ置いてあったその小さな袋を手に部屋を後にしていた。



  


Main>>home