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 サルタナ 14

彼と夜の訓練場で会う日というのは全く決まりがなくて、昼間に彼と顔を合わせた時だけだった。


調査兵団の広い敷地内で、ふと顔を上げるとあの瞳と目が合うのだった。

特にあちらからも私を探しに来る素振りもなく、目が合えば彼は『ああ、そういえばいたな、お前』みたいな表情をする。

そこで、たった何秒かではあるけれど必要以上に強い目線がこちらへ向けられるのだ。

『今夜来い』という、強い意志がこもったそれが。

情熱的なそれであったならどんなによかったか。
悲しいけれど、それはどんなに美化してみても色気のない方の呼び出しにしか見えない。

あの三白眼で鋭く睨まれてしまったら、非力な蛙は何度も小さく頷いて見せるしかない。


こうしてみると彼と私との接点はなさそうでいて、ほんの少しだけあった。

彼と目が合うのは食堂の端と端同士だったり、廊下の端と端にいたりするときだったりと簡単に見逃しそうな場面も多いので、普通に過ごしていれば気付かない存在同士だったのだろうと思う。


あの訓練の交代の時間もそのうちの一場面となっていた。
彼の方は私の班のグループといつも微妙に時間が被ることに気付いていなかったようだけど、気付いてからもそれに驚く素振りも見せなかった。

眉間を寄せながら『最近よくその間抜けな顔を見てる気がするな』なんて真顔で呟いていた。


もう少し、何というか人間的な仕草をしないものなのかと思ってしまう。
極端に笑ったり泣いたりすることはなくても、世間話をしたり表情を変えたり、おどけてみたり冗談を言ったり、そんなことはしないんだろうか。

いや、実際に突然彼がそんなことをしたら逆に心配になってしまうけど…。


彼は自分の班員とも必要最低限の会話しかしていないようだった。
見る限り、何人かの男性兵士が彼に歩み寄ろうとしている感じも見受けられたのに。

彼の方はそれを知ってか知らずか、当たり障りのない対応を返している。

その誰にも興味のなさそうな素振りに少し胸の中が波立つ。
私の方も彼の物言いに慣れてきて、『間抜けな顔』だなんて、なんだかやっぱり嫌な言い方だなと思いつつも。


こちらも頻繁にその無愛想な顔を見れて嬉しいです、なんて思いこそすれ、さすがに言い返せずにいた。

誰にも懐かない彼と悪態をつけるような間柄にはなってきたのか、取り合えずはそれだけでも大きな進歩なのかもしれないと感じていた。






「───どうした、いつもの喧しさがないようだが」



はっとして顔を上げると、とっぷりと日が暮れた森の中で、彼がいかにも面倒臭そうにこちらを見下ろしている。

今日は壁外調査前の最後の訓練だ。

ぼんやりしてしまうのはいけないと思うのに、いつもこの時期になると気持ちがどこに行くのか自分でもわからなくなる。

今は何を考えていたんだっけ。


突然現実に引き戻されるとパンクしそうだったはずの思考も、今は跡形も無く消えていた。

壁外で遭遇した巨人の顔なんかを思い出していたような気もする…けど。



「あ…ごめんなさい、壁外のことを考えていて」

「………」



訓練の合間合間で、彼の注意力に感心してしまうことが多々あった。
物理的な障害物だけじゃなく些細な変化にもよく気が付くし、私が躊躇するときなんかも分かるようだった。

興味は無さそうなのに注意は怠らない。よく見ているなと驚くばかりだ。



「余計な事は考えるんじゃねぇ。
自分の能力以上の事はしなくていい」

「……は、い」



ときどき、ほんの少しだけ。
彼の優しさのようなものまでも垣間見えるようになっていた。
まだ外に出てもいないのに緊張しかけていた胸の中が、その落ち着いた声を聞いて少しだけ平静を取り戻していく。



こうしていると彼の新しい面ばかり見えてくる。
悪い人じゃないんだよな…と思いかけて。


だけど、いつも。


「後先考えずに突っ走るやつがいると周りが迷惑だ」


見直す先からこう悪態をつくのが残念だ。
見直した分だけ、彼の一言一言に更に過敏に反応してしまう。

それが毎度正論すぎることもあって、私は全く主導権を握れないままでいた。


「…はい。気をつけます…」


彼に訓練をつけてもらったのだから今度こそ自分の思い描くような戦いが出来るかも、と密かに過信しかけていた気持ちが急速にしぼんでいった。

いや、これでいいのだ。
自己過信ほど恐ろしいものはないと何度も思ったじゃないか。

いつも通りの訓練を終えて、地面へ降りていく彼を追うようにしながら声をかけてみた。


「巨人が怖いと、思ったことありますか?」

「…ねぇな」

「大きくて怖くないですか?」

「図体だけだろ。幸いあいつらには知性もないようだしな」

「でも、束になってきたら大変ですよ」



そう呟くと彼はこちらを振り返った。


素直に驚いてしまう。
言葉は交わしても、帰り道で彼がこちらを振り返るのは初めてだったから。



「束、な。その訓練はしていなかったか。
なぜもっと早く言わない」

「え…と。ごめんなさい」



さらりとその黒髪が夜風に揺れて、彼は目線を少し遠くに投げた。

思わずそれに釣られて先程までいた場所を振り返る。
真下から見上げる森はいつもより黒く、巨大だ。


「確かにそういう場面もよくある。
バカはバカでもお前は巨人の群れに突っ込むほどではないとは思うが、万が一そんな場面に遭遇したら仕留めることよりも動きを把握することに努めろ」

「動き、ですか」


もう馬鹿だとか阿呆だとか、グズだとか言われることに慣れてきた自分を少し恨めしく思う。
けれど彼の実力と、その頭の回転の速さについていけないのも事実なのだ。

いまいちピンと来ていない私をいつも通り一瞥してから、彼はくるりと帰路に向き直った。


「具体的な話は帰ってきてからしてやる。」

「えっ、これってまだ続けるんですか?」


彼とのこの訓練がごく普通に続けられることに私が素っ頓狂な声を上げても、前を歩き出した彼はもう振り返ることはなかった。

なんなら露骨に嫌そうにしながら、面倒臭そうに短い息を吐いている。


(えー!嫌なのは私も同じなのに!)
とは、言えず。


「…近すぎる場合は離れて把握しろ。
距離を取れば味方も動きやすい。個体で見ずに固まりで見ろ」


静かな中庭に、彼の落ち着いた、抑揚のない声が響いた。


「数が増えても怖がって目を背けるなよ。
人間の恐怖心てのは厄介だからな」



  


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