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 サルタナ 10

それからまた季節が変わっていった。


その間に調査兵団が行った壁外調査は二度だった。
多いのか少ないのか。
総合的に見れば少ないのかもしれないけど、損失は大きい。

失う人の数が増えて行く度に、頭の中のどこかの感覚も死んで行く気がした。


ふと気付けば。
流されないよう躍起になる自分の足下に誰かの手が絡んでいくのを感じる。

力尽きて沈んでいく兵士達。
彼等の手が少しだけ絡みつき、だけどすぐに強い流れに飲み込まれて見えなくなっていく。


尊い命が次々と、いとも簡単に目の前で奪われていく。


死線というのをすれすれのところで感じた。何度も、強く。
あとほんの少し、向こう側に身を出していれば。
腕を出していれば。
間違いなくそれは私を飲み込んでいたんだろう。

だけど私はまだその線を越えることはなくて、代わりにそれは、一瞬出遅れた班員や先輩を連れて行ってしまうのだった。
その瞬間も、壁内へ戻ってからも。
今もずっと。
それが果たして正解だったのか、分からなくて不安になる。


ひとつだけ分かるのは、壁外調査へ行くという事が自分の中で事実として落ち着いてきたということだった。
怖いし、まだ手も脚も震える。
出来れば二度と行きたくない。

そう思うのに。
同時に、それでも行かなくてはいけないと強く思うようになった。

死にたくないし誰も失いたくない。
こんなことを繰り返しても意味がないのではといつも不安に思う。
だけど、また調査の日が決められ調整が進み外へ向かうことになれば…。
今度こそ死ぬことになったとしても私は間違いなくまた外の世界へ行く。それだけは自分の中で揺るぎないものになっていた。


壁外に向かう度、どうにかして生き延びるという本能とそれを支えるための技術とが否応無しに積み上がっていた。

ただし、それは私の自分を生かすことと極力周りの人が死なないように尽くす為だけのものであって、私一人で巨人を倒せるなんてことはもちろん無い。

生まれて初めての壁外調査からこの三度目の調査まで私は討伐補佐ばかりで、チャンスがあっても自分から巨人の頸を切り取るということはまだ無かった。



遮るものがなにもない平地。
壁も建造物も、見渡す限りおよそ人工的なものはひとつも見えない。


ふと目を凝らすと、草原に飛び交ういくつかの影の中に一際自由に躍動する姿がある。
彼のケープがふわりと綺麗に舞う。

軽々とした身のこなしに、独特な剣の持ち方。

彼には壁の中は狭すぎるのではないかと思った。


三度の壁外調査に参加していると、以前までは見えなかったことが少しずつ見えてくるようになっていた。


毎回必ず帰還する兵士達の顔触れ。
分隊長クラスに班長クラス。
指折りの実力者たちに混じる、彼の後ろ姿。


その姿は、いまはまだ相容れないようにも見えるけれど彼の実力は目に見えて桁外れだった。

どんな兵士にも運というものはある。
何年も活躍してきたベテラン勢でさえ運が悪ければ命を落とすという壁外であっても、彼だけは例外だった。
その噂の彼ならば、どんな状況でも切り抜け生き延びられるのではというある種の確信めいた期待が周りの目に映る。


彼一人で何人分もの働きをこなしてしまうわけだから、文句を言う兵士なんていないに等しい。
壁外調査中存分に披露された彼の並外れた戦闘能力には、誰しもがその類稀なる技量と存在を認める他なかった。


周りからポツポツと、その才能を認め羨む声が出始める。
決して悪い意味ではない、ゴロツキとしての彼の噂はどこかに吹き飛んでしまうほどの評判が兵団内で聞こえ出していた。

それでもまだ彼自身に踏み込もうとする兵士は少ない。


ただ遠目から見ている。
私を含めて、そんな兵士が大勢いた。







壁外調査から戻り、直後の休息日を何日か過ごしたあと。


眩しいほどの西日も空に溶けて、辺りは絵画みたいな青とも紫ともつかない幻想的な色に包まれていた。


濃い藍色は段々とその色味を増していき、どこからが夜なのかどこまでが夕暮れだったのか見分けがつかないほど。
それはあっという間に狭い壁内の空を塗りつぶしていく。



私はと言えば、体調面ではゆっくりと休養を取りながらも頭の中まではそうはいかなかった。
自分の非力さと何度も噂になる彼との違いを何度も考えては撃沈していた。


手の中の立体機動装置を見つめてみる。
何度も調整や修理をしている内に、いつの間にか自分の手にしっくりと馴染むようになっていた。
その感触を確かめるように何度か握ってみたあと、顔を上げて目の前の訓練用の森に目を凝らす。


自分が夜目の利くほうなのだと気付いたのは、ここからも見えるあのソファの部屋から夜の訓練場を眺めていた時だった。


灯りもつけずにぼんやりと見ていると、木々にざわめく葉の一枚一枚さえも見て取れるようだ。
事故を避ける為に、夜間はもちろん昼間でも個人訓練は禁止されているけれど。


訓練場なんて灯りも無ければ見回りもない。
どうせこんな夜に森に入る兵士などいないのだ。

トリガーに指を掛け、ワイヤーを巻き取りながら軽く地面を蹴った。
耳元では少し冷えた風が音を立てて、シャツの襟元をぱたぱたと揺らしていく。

静まり返る森の中の更に奥へとアンカーを進めていった。







ぱしゅっ


発射の際も、アンカーの打ち直しの時も。
小気味良い音はするんだけれど。

なにせ私が求めているのは音じゃない。


(うーーーん、難しい…)


ワイヤーの巻き取りも、ガスの噴射も。
どうしても無駄が出来てしまう。
これでは駄目だと頭では分かるのに、その微妙な操作に指が追い付かない。


理想は頭の中にしっかりとあるのだ。
それがどうして体現できないんだろう。


かなり上部の木にアンカーを刺したまま、その惰性でゆらゆらと揺られながら手元のトリガーを見つめた。


自分の理想とするその姿は、記憶の中で綺麗にひらりとケープを揺らし鮮やかに回って見せる。

その手元には逆手に握られた剣があって。




少し考えたあと、何の気なしに手にしたブレードと操作装置を逆手持ちにしてみる。

持ち替えはそれなりに上手くいったけれど。

持ち方と力のかかる位置が変わるので、上手く力が入らない。
長いブレードを待つことが途端に窮屈にも感じられた。
持ち慣れたはずの自分の操作装置が、面白いくらいに手に馴染まなくなる。
なんだか初めて立体機動装置を手にした時の様だった。

このまま斬り付けるなんてとてもじゃないけど出来ない。


(こんな状態であの人戦ってたの?む、無理…!)


何度か試行錯誤してみたけれど、無理だと分かって練習することも諦めた。


(分かってたけど…だめだこれは)


けれどすぐに気付く。

彼の独特な身のこなしと、持ち方。
回転しながら切りつけるような剣さばきは、もしかしたらこう持っているからこそ出来るんじゃないだろうか。
この持ち方が彼の目にも留まらぬ速さを実現させているのもしれなかった。


その強さの秘密。

彼にも、強くない時期があったんだろうか。
ちょっと想像できないけれど。


そうして何度かブレードを逆手持ちにしてみたり元に戻してみたりしてから。やっぱり自分の手に馴染む持ち方でと握り締めたあと、アンカーを打ち直し、もう一度一通りの動きを練習してみることにした。

もうすっかり暗くなった森の中で木々の間を進んでいると、自分のワイヤーに別の巻き取り音が被ることに気が付いた。


(……!?)


咄嗟に巻取りを止めて、その場の幹と葉の間に身を寄せる。


ギュィィィイと、少し向こうから、それでも確かに別のワイヤーの音がするのが聞こえた。


(えっ、見回りいないと思ったのに誰か回ってるの…!?
いけない、見つかる前に降りないと…!)


まだ音は近くないので大丈夫だ、と目線を下げた瞬間、自分のすぐ目の前をアンカーが掠めて行き、驚いたついでに手元の操作を誤ってしまった。


「……っ!!」


一本だけ打ち込んでいたアンカーを抜いてしまい、体制を崩すけれど、すぐにもう片方のアンカーをもっと上の木の幹に打ち込んで飛び上がった。



  


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