△ サルタナ 09
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ここまで必要なのかと疑問に思うほど、広大すぎるくらいの敷地面積を誇る調査兵団。
在籍する兵士達の為、そしてもちろん作戦成功率の向上の為に、その敷地内にはいくつもの訓練設備が整えられている。
高低差を利用した崖だったり、巨大樹まではいかないまでも比較的大きな木々の森だったり、元々の地形が活かされている部分も大きい。
敷地内に元から点在するいくつかの森はその大きさを調節されたりしてそれぞれの訓練に利用されている。
「あ、」
「あ?」
その後姿がすぐ近くにあったので、つい、声が出てしまった。
間の抜けた私の声に反応して、あの日と同じ鋭い横顔が振り返る。
あの上官室で顔を合わせてからはあの物置、もとい赤いソファの部屋でも彼の姿を見ることは無かった。
意識的に避けているわけではないけれど、どうしても目立つ存在の彼にこんなに近付くまで気付かなかったのは初めてだった。
いつもの森の中での訓練中に、着地した枝のすぐ下。
先客がいたのは見えなかった。
予期せずそのひとの近くに降り立ってしまったので、ひと声かけようと思ったけれど、その黒髪と小柄で均整の取れた背格好には見覚えがあった。
訓練時に一緒になるのは初めてだ。
いくつかの班が入り乱れるこの時間帯。
いつも彼の班のグループが終わる時間と、私の所属するグループの訓練が始まる時間とが微妙に被る。
いつものように、遠目から見て終わりたかったという微かな希望は自分の間抜けな声のせいで叶わなかった。
よく会うな、と思う。
別に会いたくないわけじゃないけれど、それでも色んな意味で特殊なこのひとに進んで会いたいわけじゃなかった。
「あ、…いえ。こんにちは」
発言に困った私はそれだけをどうにか口にする。
彼の方は、その不機嫌そうな眉間を微かにまた寄せて、あの日のようにふと目線を逸らした。
「ああ。
……お前か。無理して声をかけなくていい」
ん?と、思う。
その発言のふたつとも。
「私のこと、わかるんですか?」
「そんなに周りを見てないと思ってるのか」
「あ、あの、そういう意味ではなくて。
周りは全部ジャガイモとか思ってるのかなって」
ジャガイモって。
自分の例えに自分で内心苦笑した。
なんでもっと上手いこと言えないんだろう。
彼はもう一度怪訝そうな顔をしながら、少し上にいる私を嫌そうに見上げた。
「……まぁ、あながち間違ってはいない」
それでもその瞳はしっかりとこちらに応えてくれていた。
答えてくれたことにどこかホッとしつつ、その静かな声に含まれるはずの感情が見えずに落ち着けずにいた。
彼という人が全くといっていいほど、掴めない。
「お前こそ、関わり合いたくないんだろうが」
「え?」
「次からは声を掛けなくていい」
え、ちょっと、まって。
さっきもそんな言い方をしていたけど。
そのまますぐにでも下へ降りていきそうな彼に、迷ってから声を掛けた。
「……あの!」
一瞬しゃがみ込んだ彼は、固定ベルトの位置を直したみたいだった。
まだ何かあるのかと面倒くさそうな気配を隠そうとはせず、それでも一瞬猶予をくれる。
だって彼の言い方だとわたしが彼を避けているから、それを汲んで逆に彼があの部屋に行くのをやめるような意味を含んでいるようにも聞こえて。
ゴロツキと呼んで、遠巻きに彼を蔑む兵士たちもいる。
それを彼が知らないはずもない。
実際に彼は怖いけど。
そうではない。
彼らのようにそう一括りにして避けたいわけではない。
……考えすぎ?
「そんなことないです。
怖いからあまり関わりたくないのは本当ですけど、話したくないとかではないですよ」
言ってからまた少し後悔した。
もう少し良い言い方があったんじゃないのかと。
ジャガイモに引き続き、よりによって本人に。
これじゃあ、関わりあいたいのか避けたいのか分からないじゃないかと自分でも呆れた。
それもそうだ。
自分自身でもよく分からないんだから。
「………」
これでは彼に言いたいことが伝わっていない気がしたので、取り合えず補足をしようとしたけれど、最早何が正解か分からなくなってきた。
不正解だらけで、今更修正が効くとも思えない。
「本当に、話したくないとかじゃないです。
あの部屋……またお邪魔してもいいでしょうか」
私がいるから来ないなんてやめてくださいとか、私がもう行かないですとか。
そういう言葉は感覚的に駄目だと思った。
私は自分勝手なことを承知でこれからもあの部屋に行きたいと思うし、だからといって彼に遠慮してほしいわけでもない。
上手く説明出来ずに、それだけを口にした。
少しでも伝わることを祈って。
たっぷりと間を置いてから、抑揚のない、呆れたような声が聞こえた。
「好きにしろ」
そう言ってやはりまだ調整が必要だったらしい固定ベルトに手を掛けた彼は、さっきのようにすぐに降りようとはしなかった。
私の方も班に合流しようとトリガーに指を掛けてから、目線を下げて彼をもう一度見下ろす。
「あの、もう一ついいですか」
「…なんだ」
彼は自身の装置を調整しながら今度は振り返らずに返事を返した。
「兵団内での階級は、何になられたんですか?」
彼の中でどこか合点がいったのか、調節が終わったらしい彼が不意にこちらを振り返った。
その眉間の皺は、気のせいかほんの少し薄くなっているようにも見えた…ような。
「上官室にいたのは偶然だ。
肩書なんかねぇよ。
…お前も、無理しておかしな敬語を使わなくていい」
そう言い残して、彼は今度こそあの軽い身のこなしで下へと降りて行った。
残された私はトリガーに指をかけたまま、自分と同じ一般兵士だという彼に、それでも気軽に口を利ける気がしなかった。