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「#総受け」のBL小説を読む
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 シダレヤナギ

ぬかるんだ泥が馬の足に跳ね上がる。

厩舎に馬を繋いで、今朝までとはまるきり雰囲気の違うその建物を見上げた。

建物自体が少し暗く陰って見えるのは、
きっと急に降り出した雨だけのせいでは、ない。




大がかりな扉を両手で押し開けた。




旧本部は、静まり返っていた。


雨に濡れたフードを扉を入ったところで顔から外す。

旧本部へ向かうというエルヴィン達を追ってここまで来たけど。


何の音も、
誰の気配もしない。

私が探しているその姿もここには無さそうだった。

もうエレンと王都へ移動したのだろうか。
移動は明後日だと聞いていたのに。

それとももしかして、エルヴィンたちと一緒に本部に戻ったのかな。
本部へ向かう道はいくつかあるから、行き違いになってしまったのかも。

今朝の空はいつものように青く晴れていて、私は数少ない壁外調査の待機組として皆が出払った静かな本部で書類整理をしていた。


自分の仕事を終わらせて、昼過ぎに本部を出たというエルヴィン達を追って来た。

はあ、と暗い建物内で息を吐く。
その息が少し白くなるくらい冷えて来た。

…追うには遅すぎたんだろうか。


人の気配もしない古城跡は、少しだけ怖い。

朝から壁外へ出発した調査兵団は午後には帰ってきた。

その、報告を聞いて。

居ても立っても居られなくてここまで来てしまったけど。

リヴァイが皆と一緒に帰ったのならそれはそれでよかった。
彼が一人でいるわけじゃないと分かってホッとした。

濡れた外套を脱いで、入り口横のコート掛けに掛ける。

ぽたり、とそこから雫が滴った。

雨も本降りになって来たし、濡れた指先が冷えていた。
少し温まってから帰ろうと食堂に向かって奥の廊下を進んでいく。


カタン、と微かな物音が聞こえたのは通路横の階段を通り過ぎたときだった。


煉瓦造りの古城は静まり返っていて、小さな音もよく響く。

今の音、上の階から…?


まさか。


「……リヴァイ……?」



ザア、と雨の音が外から響く。

その音が自分の足音に重なるのを聞きながら、階段を上っていった。



あの夜。

皆がいた、あの夜に。

この階段をリヴァイの後ろについてこうして登った。



二階の静まり返った部屋の中で、一室の扉が少しだけ開いたままになっていた。



その扉が開いていなかったとしても、
私はきっと真っ直ぐそこへ向かっていたと思う。


続き部屋のある、その部屋。


その扉をゆっくりと押し開ける。

きい、と少しだけ甲高い木の音がした。

雨に打たれる窓の側で、頬杖をつきいつもの様に足を組んで座るその姿が、少し驚いた様にこちらに目を向けた。

その手には報告書なのか紙が握られている。


「エマ…?」


それに答えずに近寄る私に、リヴァイは書類を机の上に戻して座ったまま片手を広げる。

私を、受け入れるように。


「…よくここにいると分かったな」


促されるように彼の横に立つと、その腕が腰に回された。


「リヴァイは、大丈夫…?」


その冷んやりとした頬に、手を添える。
この人は他人の心配はするくせに、自分のことになると物凄く疎い。


私の言ったその意味が分かったのか、もう片方の手も私を抱きかかえるように背中に回った。


「なんだ、心配だったのか?」


そう言って少しだけ目元を柔らかくしてくれるけど。
いつも通り過ぎるくらいのその仕草が、今はなんだか気になった。

思わず胸元で彼を抱き締めていた。

ぎゅう、とその体温を抱きしめると、その体から少し力が抜けた気がした。


なんだか。
気のせいかもしれないけど。
ほんの少しだけど。
いつもと、違う…?


リヴァイは泣いたことなんてないんじゃないかと思った。

…泣き方を知らない?
こんなこと泣くほどじゃない?

じゃあ、どの辺りから泣くべきなんだろう。
それは誰が決めるの?

物心ついた時から、
思い切り泣いたことなんてあるんだろうか。



リヴァイはふと顔を上げて、少し濡れてしまった私の髪を指で弾いてからぽつりと呟く。



「雨はまだ止まねぇようだな」



何でもないみたいに言うけど

その心の中は。

一体何を思ってるの?

なんて声をかければいいんだろう。
なんて言えば、その心を癒してあげられるんだろう。

抱き合って、唇を重ねて、
いくらでも体温を分け合うことは出来るのに。

どんなに近くまで行ってもその心の中までは計り知れない。

その瞳がいつもと違うような気はするのに
彼が背負うものはきっと大きすぎて…。

それを私が聞いてはいけない気がした。


リヴァイはそんな気持ちを決して言葉にはしないんだろう。

…きっとそれは、どんな言葉でも言い表せられない。



気付けばそのまま立ち上がったリヴァイに抱きかかえられ、さほど遠くなかったベッドの上にどさりと落とされた。

間髪入れず、その体重がいつもより私の体に倒れ掛かる。

体に彼の腕が巻き付いて、私の首元に頭を埋める。


その髪を思わず指に絡めて撫でた。
その表情は、見えないままだ。

少し重たいくらいの体重さえも愛しくて、
泣きたいくらい大切に感じる。





「後悔はしてない。
…お前もいるからな」




何を考えているのか分からない。

どう声を掛ければいいのかも分からない、けど。

それはあまり大事じゃない気がした。

一番大切なのは彼の傍にいることなんじゃないかと思った。


何が起きても後悔しないように。
何が起きても後悔、したくないから。


その部屋に一つだけある大きな窓を雨が容赦なく叩いて、その音が辺りの音を遮断する。


何の音もしない、
誰の気配もしないお城の中。


外の世界から切り取られた室内で、お互いの体温だけを感じて目を閉じた。


ふと気づくとさっきまで冷えていたはずの指先も、いつの間にか温まっていた。









シダレヤナギ
おわり



      


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