△ ナカロマ 99
陽が傾きだしたその場所にどれくらいいたのか分からないけれど、本部に帰るにも決心がつかずそのまま座り込んでしまった時、ふとオレンジ色の西日が陰った気がした。
それに気付いて膝を抱えるように伏せていた顔を上げると、呆れたようなリヴァイの顔が見えた。
…や、やばい。
この可能性は、考えていなかった…。
少し焦ってその場で立ち上がる。
リヴァイの不満そうな声がした。
「……遅い。」
その雰囲気に圧されて、半ば俯きながらその瞳を見上げる。
「ご、ごめんなさい…」
「…どれだけ待たせるつもりだ、飯が出来るぞ」
え、もうそんな時間?
本部に戻らないと。
折角こうして重要な任務を任されているリヴァイ班の人たちの為に新鮮な食料を持ってきたのに、私がそれを邪魔するわけにはいかない。
「あ、ごめんね、邪魔して…。私、もう戻るから…!」
今日はこれで帰るべきだと思うと、なんだか少し気が楽になった気がして、その場から離れようとした。
そのまま厩舎へ向かおうとしたけど、その方向へ足を踏み出した瞬間にリヴァイも一歩動いて、その前に立ちふさがる。
えっ、と…?
恐る恐る目を合わせると、案の定不服そうな瞳に見下ろされていた。
「…こんな時間にお前を一人で帰すと思うか。」
「…え?大丈夫だよ。この前も夜中だったけど迷わずに帰れたし…」
そう言うと彼の眉間が寄せられる。
あ、あれ…?
もう一度口を開くリヴァイの声が、少し低くなった。
「あの夜もそのまま帰す気はなかったが、あの時はああするしかなかっただろうが」
そうだったの?
…でも、壁の中だし、そんなに道順も難しくない。
あの夜そんな態度も見せなかったので、彼がそう思っていてくれたなんて知らなかった。
心配、してくれてたの…?
そう言ってくれるだけでも、嬉しい。
口元が少しだけ綻ぶ。
リヴァイとどうやって話せばいいかさっきまで杞憂していたのが嘘のようだ。
「…ありがとうリヴァイ。
でも本当に、帰り道を間違えたりしないから心配しないで。
皆とご飯食べなきゃでしょ、また明日−−−」
手伝いに来るから、と言いかけた瞬間にリヴァイの手が腰に回った。
「……っ!」
急に近づいた距離に思わず呼吸が止まる。
「お前はいつまで経っても分からねぇやつだな……
そういう事だけを言ってるんじゃない。…帰るな、と言ってるんだ」
耳の辺りをするりと撫でられて、なんだか身体の中がざわざわと騒ぎ出す感覚がした。
無意識に息を飲みこんでいて、言葉が出ない。
つい、いつものように話してしまうけど。
確実にリヴァイとの距離感が変わっているのを肌で感じた。
…こんな風に、扱われたことがない。
いきなり距離を詰められたり、歯の浮くようなセリフではないものの、それでも胸が高鳴るような言葉を…まさか、彼の口から聞くことになるなんて。
心臓が、こんな風に動くなんて知らなかった。
自分の心臓が不規則にずっと鳴るのが聞こえて……持つ気がしない。
……あ、と思う。
リヴァイの体が、指が動くたびに胸が甘く痛むようにその先を期待する。
耳に触れていた指が顎のラインを通って、彼自身の方へ引き寄せるように軽く力が入った。
顎を上げられて、少しだけ身長が高い彼の顔の角度へと合わせられる。
唇が合わさる前に、大好きなその香りに包まれた。
「……!」
もう何度もしているみたいな自然な動きに、つい私も流されていることに気付いて、一瞬頭が理性的になった。
はっとして、ついその手から逃れるように俯く。
リヴァイの手はまだ顎に添えられたままで、俯いた私を無理矢理には上を向かせようとはしない。
「………なんだ」
リヴァイはそれ以上強引にキスをすることもなく、ただ更に不機嫌になったような声が発せられただけだった。
さっきの、火照った顔、という言葉を思い出す。
そんな顔これ以上見られたくない。
「……さっき、私そんなに顔赤くなってた…?」
そう聞くと、リヴァイの手がぴくりと反応した。
「あの…そんなに可愛くない顔になるなら、あまり…キス、したくない…なって」
な、なんでこんなこと言わなきゃいけないの…!?と、自分で説明しながら悲しくなるくらい内心恥ずかしくて、本音はもうすぐにでも逃げ出したかった。
自分で言った癖に、その言葉の意味を後から考えて真っ赤になった。
こ、こんなこと言ってしまったら。
リヴァイの目にはいつも可愛く映っていたいなんて言っているも同然だ。
おこがましいにも程がある。
いつもあんなに情けないところを見られていたっていうのに。
こういう事って相手に言わない方がいいの?
普通はこんなこと正直に言わないもの?
皆どうやってキスするものなの?
そんなの、全然見当もつかない。
「………お前な、…」
リヴァイが話そうとするけど、さっきの言葉を自分で言い訳したくて…、撤回したくてたまらない。
分からない。
だって……、
「だって、こんなキスするの初めてで……」