△ ナカロマ 92
話し声はそのまま近づいてくる。
この湖に向かってきているようだ。
不意にリヴァイが振り向き、どきっとした私に小さく囁く。
「お前はその岩場に隠れてろ。…いいな、動くなよ」
頷く間もなく近くの木々ががさがさと音を立て、どこかで聞いた声がした。
「おー、ここだよ」
「焦らすなよ、また迷ったかと思ったじゃねぇか」
この声…グンタさんとオルオさんだ。
焦って岩場に移動したので、水音を立ててしまった。
パシャ、というその音は当然彼等にも聞こえていたようだ。
「なんだ?誰かいるのか!?」
声が聞こえなかっただけで、そこにはエルドさんもいるようだ。
気付かれちゃった…!
どうしよう、と身を固くしていると、すぐにリヴァイが声を出した。
「…俺だ。騒がしいぞ、お前ら」
一瞬静かになったかと思うと、三人が同時に声を上げた。
「「へ、兵長!!???」」
「兵長がなんでここに…!」
「すいません、俺たち許可なく外出してしまって…」
「…あいつらに見つからないように戻っておけ」
小声で私にそう告げると、リヴァイは岩場から離れていった。
ぱしゃ、と私の足音を消すように大きめに水しぶきを上げながらエルドさんたちがいる岸辺へと向かっていく。
「…お互い様だな。
お前達、明日の訓練には遅れるなよ」
「は、はい!!!」
お咎めもなさそうでほっと三人は息を吐いた。
彼らとリヴァイが話しているうちに、岩場の影からぱっと重ねておいた服とブーツを抱きかかえた。
素肌にとりあえずブランケットだけ巻いて、ある程度離れた場所でブーツと下着を身に着ける。
シャツと巻きスカートを手早く着るとようやく人心地着いた。
馬を迎えに行かなきゃ、と思ったけど、馬はリヴァイ達がのすぐ目の前に繋いでいた。
今からそちらに出てしまうとどうしても見られてしまう位置だ。
どうしよう、と戸惑ったけど、斜面を上がってすぐの森の中にもう一頭馬が繋がれているのが見えた。
湖からは見えない位置に繋がれているその馬は、きっとリヴァイが乗ってきた子だろう。
一瞬迷ったけど、どう考えてもそれしかここから帰る方法が浮かばなかった。
音を立てないように湖から森までのゆるやかな坂を上がり、木に軽く結ばれた手綱を解く。
リヴァイごめんなさい
馬を借りるしかないみたい。
私の連れてきた馬に乗って帰ってね、
そう小さく思いながら木々の間から見える湖のリヴァイを振り返る。
腰に軽く手を当ててエルドさんたちと岸辺で話す姿が見えた。
その姿に胸が切なくなって、締め付けられる。
心臓が掴まれたみたいにぎゅっとなる。
痛くて切ないのに、甘い。
リヴァイのあのキスみたいに。
さっきまであの体に抱きしめられていたのが嘘みたい。
私より体温が熱い、がっしりとした肉体。
直に触れ合うとその体温がものすごく気持ちいい、なんて。
先程までの熱に浮かされたみたいな感覚を思い出して身体が熱くなった。
盗み見ていたリヴァイが不意にこちらの方に目線を上げて、どきっと心臓が大きく震えた。
向こうからこちらは木々に隠れて見えるわけないのに、その視線から逃げるように慌てて馬を引っ張った。
馬に乗るにも私の左足ではまた手こずることは目に見えていたので、馬を引きながら森の中に十分に入ってからもう一度だけ湖の方を振り返る。
斜面を足をかばいながら上がったので息が上がっていた。
木々の間からは、もうオレンジ色の水面さえ見えなくなっていた。
それを確認してから岩を踏み台にして馬の背へ上がる。
鬱蒼とした森の中を、月明りを頼りにして元来た道を駆けていく。
もう、大丈夫だよね…。
何だか、一度にたくさんのことが起こったのでまだ頭が混乱していた。
