△ ナカロマ 83
そんなある日の午後、カリーナ分隊長が病室に顔を出しに来てくれた。
まだ完治とはとても言えないけれど、大分足の痛みも引いてきていた。
彼女の訪問はほんの少しの時間だったけど、去り際になんだか意味ありげに監視が甘い厩舎のことを教えてくれた。
…えーと、これは、親切で教えてくれてるんだろうか。
馬泥棒と間違われないよね?
冗談か本気か分からない彼女の言葉の意味を、夜までなんども考えたりしていた。
半信半疑ながらも、いつかのソニャのようにそっと病室を抜け出して夜の煉瓦道へと出る。
さすがに検査衣では外に出られないので、動きやすいように上は温かいシャツ、下は長い巻きスカート、足元は茶色い紐付きの、ひざ下までのブーツという出で立ちだ。
夜はかなり冷えるようになってきたので、厚手のブランケットをコート代わりに羽織った。
教えられた道を注意深く進むと、彼女の言葉通り、人目につきにくく裏道に直接繋がっている厩舎が見えてきた。
兵士宿舎からも、大通りからも離れている。
確かにこれなら誰にも見つからずに馬を借りられそうだった。
…さすがはカリーナ分隊長、と思わずにはいられない。
暗闇の中、微かに見える月明りを頼りに黒目がちな瞳を潤ませる何頭かの黒馬の中から、目を合わせてきてくれた子を選んで手綱を軽く引き誘導する。
簡易な鞍を馬に固定して、まだ満足に動かない足で多少苦戦しながらその背に登った。
ひと気がない煉瓦道に馬の足音が遠くまで響く。
夜の静まり返った街並みと、夜の冷たい空気。
大通りにだけ設けられた松明のあかりがオレンジ色にぽつぽつと灯っている。
息を吐くと、顔の近くで白く濁ってすぐ消えた。
煉瓦道を抜けた途端に、馬から感じる振動がふんわりとした土の地面に変わった。
そのまま馬を駆けて、目指すのは壁から離れた場所だ。
途中、月明りに照らされた壁内の平地を見渡す。
−−−あ。あそこって…。
無意識に手綱を引く手に力が入ってしまった。
それに反応して馬がくるりとその場で一回転する。
夜の少し湿った風が頬を掠めていく。
向かうのはこっち、だけど。
その反対方向。
グンタさんから聞いた旧調査兵団本部があるという方向。
森の奥に佇むというその建物はもちろんここからは見ることは出来ないけれど、
その様子を頭の中で想像してしまう。
立派な、古城跡。
リヴァイ班の人たちが滞在している場所。
リヴァイが、いるところ。
走り出したい気持ちを抑えて、湖へ続く道の方に馬首を向ける。
まさか、そんなこと出来ない。
分かってる。
そんなことするべきじゃないって分かってる。
大丈夫。
なにか、いつでも彼のもとに会いに行ける口実があればいいのに…。