△ イベリス
『リヴァイ…!』
リヴァイを見つけると、エマは花が咲いた様にぱっと華やかな笑顔を見せるようになった。
当のリヴァイ本人は不愛想なのでエルヴィンはその事実を不思議に思っていたが
彼の人間性が懐かせるのだろう、と思う。
いつもは表情を出さないわけではないが、
それでも思い切り感情表現をする子ではなかった。
10歳そこらの子供が急に遠い親戚の家に引き取られ、
初日からニコニコと愛想を良くしろというのも無理な話だろう。
とても優しいエルヴィンの両親はエマが不自由な思いをしないように部屋や洋服に使う金に糸目は着けなかったが、その分年齢の割に大人びたエマは気を遣ってしまうようだった。
当たり障りのない会話はいつもするが深い話には触れられない。
一緒に住んでいるものの、どうしても親戚という関係を崩すことは出来なかった。
これって、自分のせいなのかなとエマは何度か考えたりした。
同じ年齢の女の子と話していると、無邪気で考え無しに行動するので面を食らったことも多々あった。
間違ったことを言ったりするのを怖がり、言動には気を付けていたエマにはしろと言っても出来ないことだった。
ああやって素直に自分を曝け出せれば、きっとエルヴィンのご両親も可愛がってくれるに違いない。
わたしがもっと天真爛漫で、甘え上手だったら彼らもきっと嬉しかっただろうにと悲しくなる。
父親が亡くなってからは母親と二人で質素な暮らしをしていたこともあって、エルヴィンの家での生活は何不自由なく贅沢で幸せだけれどもどこか心の隅で寂しいと感じていた。
そんなある日、エルヴィンが家にリヴァイという名の男を連れてくる。
二人の関係は仲が良い友人ではない、というのは初対面からなんとなく思ったけれどそれでも信頼関係は築かれているのが分かった。
リヴァイが家に来るのはほとんどが暗くなってからで、何やらエルヴィンと難しい話をしては夜の間に帰っていくようだった。
エマはあまり夜更かしするのを許されていなかった。
女の子なのだから、まだ幼いから、と何かにつけて心配をしてくれるのはとても有難かったけれど、その分心配を掛けてはいけないと更に気負ってしまうのだった。
移動してきたばかりの頃。
夜になると色んなことが頭を巡る。
寂しさも、恋しさも、全部。
その気持ちに飲み込まれてしまうとどうしても泣いてしまう。
そんな日々が続いていた。
一度だけ、目が覚めてしまった夜に一階に降りて窓から月明りを眺めているところをエルヴィンの母親に見つかって、怒られはしなかったものの、そんな時間に起きていることをものすごく心配されてしまったことがあった。
とっくに成人していたエルヴィンとは勝手が違い特に心配だったのかもしれない。
いくら大丈夫だと説明しても彼女の心配は晴れずに、子供は早く寝なくてはいけないという思いに駆られた彼女に従うしかなかった。
…でも、リヴァイは違った。
いつも寝ている時間になっても彼だけは何も咎めない。
眠くなったら寝ればいい、と一言零すだけだった。
不愛想で、笑わない。
いつも睨んでるみたい。
…でも、誰よりも居心地がいい。
本を読んでいる彼の隣に座っても、少しじろりと睨まれるけれど座るなとは言わない。
彼の読んでいる本を覗き込んで時々何か他愛もない質問をすると、短い言葉だけど必ず返事をしてくれる。
邪魔かなと気を遣って離れようとすると、わたしの分の飲み物まで用意してくれたりする。
本を読むときにわたしが座りやすいように、隣にわざわざスペースを開けてくれてたりする。
エルヴィンの家に来るのはきっとお仕事のはずで。
わたしの存在なんて煩わしいだけのはずなのに。
…それが、ものすごくうれしかった。
滅多にない彼の来訪を待って、会えたときには嬉しくて傍についてまわってしまった。
自分よりリヴァイに懐くわたしに、エルヴィンは時々冗談で自分の隣には座らないのかと言ったりした。
エルヴィンは優しい。
彼の両親も暖かくて、どこまでも優しい。
でも、リヴァイは。
少し違う。
リヴァイの傍は、息が出来る。
彼の傍ではわたしでいられる。
良いのか悪いのか分からないけど彼の前では考え無しに行動してしまう。
夜、眠れないなら無理して寝なくていいと言ってくれたり。
髪を撫でてくれたり。
読んでいる本の内容を少しだけだけど教えてくれたり。
他の人が気付かないような変化を見つけて、ぶっきらぼうな言葉だけど心配してくれたり。
優しい言葉なんて言わないけど、リヴァイは優しい。
それは一番最初に会ったときから変わらない。
彼を見つけて玄関先で思わず抱き着いてしまった。
『おかえりなさい!無事でよかった…』
一拍置いてから、抱きしめ返してくれるその腕。
熱い手の平。
優しい香り。
心配するなと小さく呟く彼の声。
それは昔からずっと変わらない。
もう幼くなんてないのに彼を想うと泣きそうになる。
わたしのこの、特別な想い。
少しでも伝わってくれてるといいな…。
イベリス
おわり