△ ナカロマ 76
「あぁ、分かってる」
リヴァイと一緒に部屋を出ようと転がった松葉杖をかがんで取ろうとして、固定されていた左足が突然ズキンと痛んだ。
「……!」
思わずバランスを崩して倒れそうになるのを、間一髪後ろからリヴァイに抱き留められて踏み止まった。
「おい…気を付けろよ」
「ご、ごめんなさい」
腰に手を回された体制のまま、しばし呆然とする。
び、びっくりした。
なんでまた急に痛み出したの…?
そう疑問に思ったけど、すぐにさっきまで足のことをすっかり忘れて思い切り体重を掛けてしまっていたことを思い出した。
「…お前。まさかとは思うが、痛みがぶり返すようなことしたのか?」
背中を向けているリヴァイから、低い声が響く。
声色に静かな怒りが含まれている。
えっと……心配、してくれてるんだよね?
「し、してない」
咄嗟にそう返す。
が、振り返って彼の顔を見ることが出来ない。
これで骨折が長引くことになったら、ものすごく怒られるのは目に見えている。
しどろもどろの私の返事は彼にはお見通しなのか、リヴァイは面白そうに続けた。
「ほぅ…さっき出て行こうとした時は、随分と早く歩けていたのにな」
たらりと頬を冷汗が伝った。
怪我を忘れて乱暴に歩いたのが原因だって、ばれてる…。
自分のせいなのは分かってる。
だけど治りかけていたのに、何日かぶりにまたズキズキと痛み出した左足に脱力した。
はぁ、と耳元でリヴァイが呆れたように小さく息を吐いたのが聞こえて、はっとした。
…ペトラさんとリヴァイはなんでもないって、せっかく分かったのに。
こんなに手が掛かる私じゃリヴァイにはまだまだ釣り合わない。
もっと、しっかりしなきゃ。
「あいつらも待っているだろうが…まずはお前をあの部屋に戻してからだ」
私を、戻してから。
嫌な予感がして今度こそリヴァイを振り返った。
きっと間抜けな顔してたと思う。
振り返って見えたのは、相変わらず感情が読みにくいリヴァイの表情、だけど。
少し意地悪そうな目をしていた。
腰に回された腕に力が込められたのが分かって、反射的にリヴァイから体を少し離すように身構えた。
こう何度も突然持ち上げられたら、いくら私でも学習する。
荷物のように運ばれたことが記憶に新しい。
たじろぐ私に、リヴァイはさっきより柔らかい声で呟いた。
「…今日はどう運んで欲しいんだ、言ってみろ」
「えっ、やだってば、リヴァイ!」
「暴れるな。肩を貸す方が歩きにくい」
この人の前に、抵抗なんて意味があるわけない。
嫌がって暴れるわたしを担ぎ上げることなんて、きっとリヴァイにとっては赤子の手をひねるようなことなんだろう。
結局ろくな抵抗も許されずそのまま病室まで抱えあげられてしまった。
やっぱり私たちって、悲しいくらい色気が無い。
部屋に戻った私たち二人を迎えたソニャの綻んだ顔を見て、ものすごく恥ずかしくなって狼狽した。
それでもリヴァイは気にするそぶりもなく落ち着き払った態度を見せるものだから、後からソニャにあれこれと詮索されて参ってしまった。
「結局のところ、兵長とどうなってんの!?
今日なにがあったの!?」
……そんなの、私の方が聞きたい。
今日の、あの柔らかい感触。
それを思い出しては、ついついふわりと夢心地になる。
あの、感触。
あれは。
間違いなく、キス、だった。
リヴァイのくちびるが、私の目元あたりに触れた。
彼の顔が近づいて。
なんだか色っぽい首筋も、顎から耳にかけての整ったラインも。
コマ送りの様に鮮明に目に焼き付いている。
ふとした瞬間にどうしても思い出してしまう。
両手で頬を抑えては赤面する。
嬉しいのに、恥ずかしいのに。
胸が、苦しい。
そんなエマを見てソニャは絶対今日何かあったな、と思わざるを得なかった。